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目が覚めると見た事のない天井があった。
眠る前の記憶を手繰ってもこんな場所にきた記憶なんてない。
かわりに思い出したのは突然口を塞がれて目眩を感じてそのあとの記憶がないという事。

「っ!?」

慌てて起き上がると金属音がした。

「なに……?」

よく見ると私はベッドの上にいて両手両足に枷をつけられ鎖で繋がれていた。
あるとわかると重みや冷たさを感じる。鎖は多少長さがあるけどベッドの端に繋がれていてベッドの上でしか身動きができない長さになっているようだった。

「起きたんだ?」

扉が開く音がして顔を向けるとそこには笑顔で佇む見知った男性がいた。

「ゆ……き、やなぎ、先生?」
「せいかーい!よくわかったね」

私の今の状態など見えていないかのような態度に違和感を感じる。
だって見えてないわけがないのにこんなに普通にいつも通りの笑顔なんておかしい。
私はすぐに助けに来てくれたわけではない事を悟る。

「あれあれぇ?怖がってるの?僕は君の先生なのに何で怖がるのかな」
「……ここはどこですか」

恐る恐る聞いてみた。
すると雪柳先生は何も言わずに近づいてきてベッドに膝を乗せて前のめりに私に顔を近づける。
変わらない笑顔に怖さを後退りしてしまう。

「何で怖がるのかな」
「だっておかしいじゃないですか」

何とか口は動いても目線は逸らしてしまっていた。怖い、笑顔が怖い。

「おかしいかな?生徒である君を監禁しただけだよね」
「監禁って……」
「鎖で繋いで密室に閉じ込める事だよ。レベルとしてはこんなの低いけどね」

言いながら手に繋がれている鎖を持ち上げて手で弄ぶ。不快な金属音が恐怖を煽る。

「あっ……」

気づくと雪柳先生の胸の中にいた。
鎖を引っ張られて腕が痛む。暖かいはずなのに腕の痛みが安心させてくれない。むしろ離れないといけないと思わせる。

「どうしたの?震えてるよ」
「……怖い」
「何が怖いのかな」

こんな異常な状態で何が怖いかなんてない。

「まず何故君をこんな所に閉じ込めたか教えてあげなくちゃね」

やっぱり私を閉じ込めたのは雪柳先生なんだろうか。
でも聞く気になんてなれない。私の身体を抱き締めている腕がただ怖くてじっとしてるしかない。

「動きがないからだよ。せっかく君のお兄さんもいるのに君は誰も選ばない」
「お兄ちゃん?」
「君の事を愛してるお兄さんの事だよ」

お兄ちゃんは確かに過保護だ。でもそれを愛してるとまで言うのは誤解を招きそうな気がしてしまう。

「ああ、回りくどいね。君を女としてみてるお兄さんだよ」

ビクっと身体が震えた。意味がわからなかった。わかりたくなかった。

「そんなわけないじゃないですか」
「でなきゃ君達はここに来てないんだよ」
「やめて下さい!」

はじめて抵抗しようとした。
離れようと腕を突きだそうとしたのに行動を読まれていて強く抱き締められ押さえられてしまった。

「離して!」

腕を振り回して抵抗すると鎖が鳴る。枷と鎖が重くてすぐに腕を下ろしてしまった。
こんな抵抗無意味だとわかっていたから。

「君をクイーンにしてどんな顛末を迎えるか楽しみたかったんだけど粘りすぎたね」
「お兄ちゃんと何の関係があるんですか」
「素質だよ。堕ちる素質。彼はもう堕ちてる側か」

雪柳先生の楽しそうな笑い声が耳元で響く。囁くようにくすくすと。
何がそんなに楽しいのか理解できなかった。

「君はどう堕ちるのか楽しみにしてたのに」
「……用済みって事ですか」
「冷静だね。いいよ、そういう子は堕とした時が楽しいんだ」

腕の力が緩んだかと思ったら顔が目の前にあった。避けたいのに避ける事は許されずに唇を塞がれる。

「っ……」

すぐに痛みを感じると唇が離れた。
唇が熱く痛む。噛まれたんだとわかってもなめたくなくて我慢した。

「嘗めないんだ?僕がキスしたあとじゃ嘗めたくない?」
「やっ……」

再び近づいてきて今度は身体を後ろに倒して避けようとした。それしか避ける方法がなかったから。でもすぐに腕に頭と背中を支えられてしまった。

「逃げちゃだめだよ」
「い、や……」

雪柳先生の舌が唇の傷口をなめた瞬間寒気がした。続く恐怖に不快感しかない。

「大丈夫だよ」

こんなにも普段通りの雪柳先生なのに。

「こんな恐怖、すぐに忘れちゃうから」

こんなにも異常な状況で笑顔で語りかけてくるのに。

「僕自ら堕としてあげるんだから感謝しないとね」

これからどうなってしまうのかわからなくて恐怖しかない。

「やめて下さい……」

舌が触れる唇を震わせながら呟いた。
無駄だとわかってても。

「どれぐらいで堕ちるか楽しみだね」

抵抗する気力もなくて肩を軽く押されただけで身体がベッドに沈んだ。
堕ちるって何だろう。堕ちたらこの恐怖はなくなる?
甘い誘惑。なのに私の中でそれは填まらない。形が違いすぎる。
どうしてだろうと考えながら覆いかぶさる雪柳先生を見つめた。


転校してきて数ヶ月。お兄ちゃんはもうすぐ卒業して学園を離れる。

「おれがいなくなって大丈夫か?」
「大丈夫だよ。永遠に離れるわけじゃないんだから」

放課後。お兄ちゃんと一緒に廊下を歩く。
指先でお兄ちゃんの頬を撫でた。その手をお兄ちゃんは取って掌に唇を押し当てる。
すると携帯の着信音が響いた。私が軽く振り払うようにするとすぐに手は離れた。

「一緒に帰れなくてごめんね」

二人きりになると何度となく携帯の着信音に邪魔された。
はじめは無視すればいいというお兄ちゃんを宥めたり冷たくしたりして電話に出ても何も言わなくなった。
お兄ちゃんはいつものように何も言わずに名残惜しそうにしながらも手を振った。
私は小走りでお兄ちゃんと距離をとり、通話ボタンを押す。

「いつも通り監視されてるみたいなタイミングですね」
「だいたいわかっちゃうなんて僕って凄いよね〜」

電話越しに楽しそうな声が聞こえてくる。きっと私も同じように話してる。

「この間の子だけどもう行かなくていいよ。君にかかると簡単に堕ちちゃうね。怖い怖い」
「全然怖がってないじゃないですか」

この様子だと今回は最短で堕ちたみたいだ。あんなに勉強してたのに、勉強以外興味ないと頑ななふりをしていたのに。

「そんなわけでまだ次の子を決めてないから今日はやる事ないんだよね」
「仕事したらいいじゃないですか、先生なんですし」
「君にそれ言われちゃうのか〜」

そのあと二、三言会話してから電話を切った。
月華繚乱でも覗きに行ってみようか。あのあと借金を返済してから行っていない。鹿野兄弟とはすれ違っても目もあわない。
行っても仕方ないかとおとなしく雪柳先生の所へ行く事にする。

私はこちら側にきた。堕とされるより堕としたい。ある意味堕ちたのかもしれない。でも人を愛する事はない。私を今満たすのはそんなものではない。
あの時から雪柳先生に執着している。あの得体の知れない男に。どうしたら堕とせるのか、支配できるのか。
わからないままが甘美なのに知りたい。でも決して知る事はできない。
恋なんて愛なんていらない。ただあの人の全てを握り潰したい。
永遠に解けない問題のようで楽しい。解ける瞬間を想像するだけで快感に震える。解けてしまえばおしまいだから解ける事がない事に喜ぶ。
あの人の恐怖に当てられておかしくなってしまったのかもしれない。
あのわからない恐怖を感じたい、感じさせたい。

「雪柳先生……」

足を止めて名前を口にしながらあの時つけられた傷はもうないのに傷を探すように唇を指でなぞった。



H23.10.11

Sweet Sacrifice:1
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