繋がりは必要ない
こうも変わるものかと設置カメラからの映像を眺めながら笑う。
いくつもの小さな画面にはありきたりな学校の風景。だけど彼女にはありえなかった日常。
「小夜」
画面の中で笑う彼女を指先でなぞった。
そろそろ小夜が帰宅する時間。だが神社のカメラの映像を見ても小夜はいない。
滅多にない事だがどこか寄り道でもしてるのかと他の画面を確認しようとしてすぐに見つかった。
「珍しいな」
立ち上がり上着を脱ぎネクタイをはずし、小夜の元へ向かう。
寄り道自体珍しかったが朝以外にカフェギモーブを訪れる事はそれ以上に珍しかった。
「小夜ちゃん?」
「文人さん!」
カフェギモーブの入口に佇む小夜に呼び掛ける。
暗い店内と閉まっているドアにどうしたらいいか戸惑っている小夜を見てるのも良かったけどせっかく来てくれたのならと会いに来た。
「文人さん、どこかへお出かけされてたんですか?」
駆け寄ってくる小夜に不思議な感覚がする。
「ちょっと、ね。この時間あまりお客さん来ないから出ちゃったんだけど小夜ちゃんに悪い事しちゃったな」
「いえ!私が勝手に来てしまいましたから」
「来てくれて嬉しいよ。小夜ちゃんが帰る前に会えて良かった」
カフェの鍵を取りだしドアに近づく。
「何か用事があったんだよね?入って」
「はい!」
鍵を開けながら振り向いて言うと小夜は嬉しそうに頷いた。
僕が帰ってきたとわかった時の反応といい可愛らしい。
「小夜ちゃんお腹減ってる?軽いものなら出せるけど」
キッチンに入りエプロンをつける。我ながら慣れてきたものだと思う。
「あ、文人さん!」
制止させるかのように大きな声で呼び掛けられ振り返ると小夜は鞄の中を探っていた。
すぐに見つかったのか明るい顔を見せて手を取り出す。
「調理実習で作ったんです。文人さんにはいつもお世話になっているのでお渡ししたくて」
透明な袋の中には少し小さめなマフィンが数個入っていた。
そういえば今日の授業に調理実習があった事を思い出す。唯芳にあげるのだろうと思っていただけに意外だった。
「いいの?唯芳さんにあげなくて」
「父様の分は別にしてあるので大丈夫ですっ」
満面な笑みで告げられ苦笑する。
「ありがとう。さっそく食べてもいいかな?よければ小夜ちゃんも一緒に」
カウンター越しに小夜から袋を受け取った。
「うん、凄く美味しい」
「本当ですか!?」
カウンター席に小夜と並んで座り、小夜手作りのマフィンを食べる。
二人のカップには紅茶が注がれていた。
「美味しいよ」
「ありがとうございます!」
「僕がもらったのにお礼を言われるのは変な感じだね」
穏やかな日常会話。
仮初めだとしても小夜との時間は楽しい。
「これなら将来ここで働いたりできるかな」
「え!?」
「いいお嫁さんになる」
「あ、あの……」
ないものを語る口。
ないものだとしてもこの瞬間彼女と僕の想像上ではあるものだろう。
小夜に顔を向けて笑むと照れたのか勢いよく顔を正面に戻して俯いた。
普通の女の子のような反応だ。
「小夜ちゃん」
「は、はい!」
呼び掛けるとこちらに顔を向ける。その頬を指先で軽く撫でた。
触れた瞬間驚いたようだったがじっと僕を見つめてくる。
「嫌?」
「嫌、ですか?」
問いに聞き返される。何の事を指しているのか検討がつかないといった表情だ。
「お嫁さんの話」
「え!?あ、えと……嫌というわけではなく……よくわからなくて」
「わからない?」
「想像がつかなくて」
困ったように笑う小夜。普通の女の子のように過ごしても紛い物ではそこまでなのだろうか。
想像上ですら小夜とは繋がらない。
自分が滑稽で笑ってしまいそうでそれを出さないように話を続けた。
「じゃあこうして触れるのは?」
柔らかく温かで叶えばずっと触れていたい頬を撫でる。
「嫌ではありません。むしろこうしてると安心します」
「……よかった」
頬を片手で包み、親指で軽く唇に触れる。
そして離れた。
繋がりは必要ない。触れているだけで。
それを彼女が受け入れてくれてるのだから。
H24.5.13