浮島
カフェギモーブのカウンターに並べられた本を見比べながら悩んでいた。
「迷ってる?」
文人さんが食器の後片付けをしながら訊いてくる。
「はい……」
「小夜ちゃんが感想を書けそうな本はどれ?」
学校の課題で本の感想文を提出することになった。
授業時間内に決められずに何冊か持って帰ってこさせてもらい今に至る。
「感想とはどう書けば良いのでしょう?」
「人それぞれだと思うけれど主に共感した部分を書く事が多いんじゃないかな」
文人さんの言葉に端から視線を向けていく。
一通り読みはした。でも共感した部分と言われるとすぐに思い浮かばない。
「竹取物語は?前に読んでたよね」
「はい、ですが今回は指定された本から選ぶようで竹取物語は入ってなくて」
以前ここで文人さんと竹取物語について少し話をした。あれを共感というのだろうか。やはりわからず悩み続ける。
「日本のものから違う国のもあるんだね。でも少し選び方が個人的すぎるかな」
「個人的?」
「本を指定した人の好み、だね」
食器の後片付けが済んだのか布巾で手を拭いて、端の本を手に取った。
「アリスの話は?」
「白兎さんを追いかけるのでしょうか?私にはなぜそこまで追いかけるのか……白兎さんに危険が迫っていて守ろうとしているのでしょうか」
「そういうのでもいいと思うよ」
俯き顎に手をあて考え出してしまい、文人さんの言葉に我に返った。
首を傾げると文人さんは持っていた本を置き、違う本を手にした。
「これは?護衛を使命にしてる人が主人公の本みたいだけど」
「その話は守る事を務めにされているかたの話だったので読みやすかったです。ですが守るかたとの関係性が私にはわかりづらくて……」
「ああ、これ恋愛小説なんだね」
ぱらぱらと文人さんが本を捲っていく。
他に給事に勤しむ話や魔法という未知の力で戦う話、自分がわからずにある一人に囲われて生活する話、婚姻を控える男女の話があった。
文人さんは順に取り捲っていく。最後の一冊を手にして捲っていくと微かに首を傾げた。
「これも指定された本?」
「それは違うんです。私が選んできたので課題には含まれていません」
「そうなんだ」
課題に含まれていない本も並べてしまい紛らわしかっただろうか。
気になってそのままページを捲る文人さんをつい見つめてしまう。
「日常のお話だね」
「はい!」
本が閉じられ笑みを浮かべながら言われ、その笑みに安心して頷いた。
「小夜ちゃんはこのお話が好き?」
「好き、なんでしょうか?読んでいると何だか安心できるような気がして……」
何もない日常でその土地で人々と生活していく話。何も起きはしないし読むかぎり使命や背負うものがあるようには思えない。
でも主人公はその生活が幸せそうだった。
「全部書けばいいんじゃないかな」
「全部ですか?」
文人さんが手にしていた本を置いて、再び端から端に視線を向けていく。
「そのままでいいんだよ。僕に話したように君が感じたままに書いて」
手が伸び指先が頬をそっと撫でた。
文人さんの言葉と感触で悩んでいたものがなくなった気がした。
「指定されていなくても最後に自分の好きなお話の本も書くといいよ。ちゃんと指定された本も書いてるんだから大丈夫」
「はいっ」
返事をすると文人さんの手が離れ、私は鞄の中から筆記用具と用紙を出した。
一文字目を書こうとして紙の上で止まる。
「小夜ちゃん?」
「あの……書き終わったら読んで下さいますか?」
私の問いかけに少しの間があり、見つめ合いながら緊張する。
すぐに笑みを浮かべてくれてその瞬間緊張がほどけた。
「もちろん。小夜ちゃんがいいなら是非読みたいな」
「ありがとうございます!」
そう言って止まった手を動かし書き始めた。
あれだけ悩んでいたのが嘘かのように進み、書き終わる頃に文人さんが珈琲を淹れてくれた。
珈琲の香りに安心する。私の日常を象徴するかのような香りにそっと目を閉じた。
H25.2.23