婚約者


人を探して廊下を歩いて行くと先に見慣れた人影が見え近づいていく。

「小夜ちゃん」
「文人さん!」
「文人か……」
「ここにいたんだね、蔵人」

蔵人が屋敷に来たと連絡があり勝手に回っているという伝言を聞き探していた。
できれば小夜と会う前に見つけたかったけれど、すぐに話している二人を見つけてしまった。

「小夜ちゃんは初めて会うよね」
「はい」
「先程自己紹介は済んだ」

蔵人がわざわざここを訪れ、小夜と会話をするとは思わなかった。
蔵人に視線を向けても軽く笑うだけで何も言わない。

「小夜ちゃん、先に僕の私室に行っててもらえるかな?」
「わかりました。では殯さん、また」
「ああ」

ぱたぱたと小走りで小夜は私室に向かって行った。
足音が聞こえなくなるまで廊下の先を見つめ、蔵人に顔を向けた。

「ちゃんと記憶の上書きとやらはできているんだな」
「何度か試してるからね。そろそろもう少し長い実験に入るよ」
「色々な設定を試しているとは聞いていたがまさか婚約者なんて設定にするとは」

どこかこちらを見下すような態度で見上げてくる。

「小夜は自分からそう言った?」
「ああ、知らなければ本当なのではないかと思うほど照れながら言っていたぞ。まだ婚約者を名乗るのに慣れていないとか言っていた」

今度は小夜を卑下にするような物言い。僕に対しての時よりもはっきりとしたものだった。

「紛い物の記憶で化け物をあそこまで人らしく見せるとはな」
「それを確認しに来たの?」
「それもあるが直接見てみたかっただけだ」

そう言って車椅子の方向を変えた。
もう用件は済んだかのようにそのまま進みだし声をかけることも見送ることもせずに小夜の待つ私室に向かった。


「お待たせ、小夜ちゃん」
「お帰りなさい、文人さん!……お帰りなさいだとおかしいでしょうか?」

私室に入ると机の前に佇んでいた小夜が振り返り出迎えてくれた。
一瞬驚くも小夜の言動に可愛らしさに笑みが浮かぶ。

「おかしくないよ、そうやって出迎えてくれて嬉しいしね」

僕の言葉に嬉しそうに笑う小夜に近づく。
目の前までくると綺麗な瞳が僕を見上げた。

「文人さん?」

小夜の身体を持ち上げ机に座らせる。
二段のフリルがついている黒く短いスカートが更に上がり、長い靴下と裾の間から見える太股が露になる。

「ちゃんと自分から僕の婚約者だと言えたんだね」
「は、はい……まだ実感はできていないんですが」

視線を逸らす小夜の頬に唇を寄せる。

「文人、さん?」
「実感ってどうすればできるかな?」

戸惑うのがわかりながら両肩を掴みゆっくりと倒していく。
片方の足から履きなれていないだろうヒールが落ちた。

「私にもわかりません……」

困ったような表情で見上げる小夜の頭を撫でる。
嫌がる素振りもなく身を預けるように目を瞑った。

「っ……」

片方の手を下げスカートの裾を僅かに上げると驚いたように小夜の目が見開く。

「あの……」
「少し触るだけだよ。婚約者っていうのは生涯添い遂げる関係になる手前なんだ」
「……はい」

話しながら片方の長い靴下を脱がしていく。わざとゆっくりと小夜に指先の感触がわかるように。

「小夜ちゃんは生涯添い遂げるなら何を相手に望む?」

脱がしきった靴下を床に落とし、もう片方も脱がせようと手をかけて中途半端に止める。
小夜は僕の問いに考えこむように伏し目がちになった。長い睫毛がよくわかり、手が自然と伸びる。

「何も……何も望みません。ただ」

睫毛に触れる寸前で言葉は止まり、真っ直ぐ見つめられた。

「一緒にいてくださるだけで私は幸せです」

この言葉はどこからくるものなのか。

『紛い物の記憶で化け物をあそこまで人らしく見せるとはな』

蔵人の言葉が過る。
小夜の言葉の真意は僕にはわからない。

「文人さんは相手に何を望まれますか?」
「僕は……」

聞き返されるとは思わず言い澱む。
でもすぐに返した。

「触れたいな」
「触れたい?」
「そう、こうして」

フリルのついた赤いブラウスのボタンに手をかけ外していく。
小夜は抵抗することなくされるがままだった。
スカートのウエスト部分にブラウスの裾は入れ込まれていて胸の下までしか外せなかったけれどそれで十分だった。
素足になった方の足を折り曲げる。どちらの下着も見えた状態でも小夜は恥ずかしがる素振りはなかった。

「文人さんは……私に触れて幸せですか?」

どこか怯えるようにも見える小夜。答えを知りたくも訊くのが怖いように思えた。
安心させるようにまだ靴下を穿いている足に指先を這わせ、靴下と共に膝まで下げる。

「幸せ、って感覚はよくわからないから答えられないけど、ただ小夜ちゃんに触れたいよ」

そう告げると小夜は嬉しそうに控えめに笑んだ。
靴下を下げた指先を上げていき足の付け根をなぞると身体が微かに強張った。
構わずにそのまま下着に触れると小夜は片手を口元にあてる。それだけで気持ちがいいのだとわかった。
下半身から手を離し胸の下着を上げる。形を確かめるように撫でると小さな声が漏れた。
ブラウスを肩から下げ肩から腕、手先へと手を這わせていく。
もう片方の足の膝も折り曲げ、身体を小夜に寄せる。
持ち上げた反動からかもう片方のヒールが落ちた音がした。

「小夜ちゃん」
「っ……ふみ、とさん」

息を乱し頬を朱に染め、僕の名を呼ぶ。この体勢を誰かに見られれば情事にしか見えないだろう。

「……綺麗だね、小夜」

囁くようにいうと小夜の瞳が揺れた。
僕に身を預け、触れられ、息を乱す無防備な小夜。そんな小夜も綺麗だった。

「はっ……ふみ、とさ……」

指は更に小夜の身体に触れ、下半身の下着もずらしていく。
次第に小夜の瞳に赤く染まっていく様を見つめながらも触れ続けた。

「文人」

はっきりと口にされた瞬間小夜から離れ距離を取った。
上半身を起こした小夜が僕を睨み付ける。

「お前はまたっ!」

小夜が床に足をつけ僕に向かうと同時に割れる音が室内に響いた。

「呪、符か」

鏡の形をした呪符を床に落としたあと床に押さえつけられるように小夜は這いつくばった。
歩み寄り膝をつくと赤い瞳と視線が合う。

「僕に乱された姿で睨み付ける君も綺麗だね、小夜」
「文人っ……」

怒りからか先程の行為の余韻がまだ残っているのか息を乱し僕の名を口にする。
小夜が力尽き意識を失うまでその場にいた。
最後まで小夜の赤い瞳を見つめて。



H25.2.19