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「梨花は圭一の事をかっこいいと思った事はないのですか?」
「……は?突然何?」

夜の月を眺めながら、風が心地よいなんて思ってたら羽入が脈絡もなく聞いてきた。
答えようとしない私に……答えがないのだから仕方ないが、羽入は少し興奮した様子で手を上下に振り回した。

「梨花はヒロインなのですよ?そして圭一はヒーローなのです!あぅあぅ!」
「私を救い出してくれたヒーローと言いたいの?」

あぅあぅと返事をするがだから何なのだというのだろう。

「何か芽生えませんか?圭一が今までと違く見えたりはしませんか?」

段々と羽入の言いたい事がわかってきた。
私は立ち上がり冷蔵庫へ向かう。こんな時間に食べたら太るとかそんな事はどうでもいい。
こいつを黙らせるためにはこれしかない。お仕置も含めたキムチ責め。

「り、梨花!何故そっちに行くのですか!?ボクは梨花のために言ってるのですよ!?」
「ほほう、どこをどうしたら私に圭一への恋心を芽生えさせるのが私のためになるのかしら?」
「古手の血を絶やさないためなのです」

ゆっくりと向かっていたのを速めて俊敏に冷蔵庫からキムチが入っているタッパーを取り出す。

「あぅあぅあぅあぅ!!駄目なのです、梨花!それは嫌なのです!!」
「嫌がるからやってんでしょ」
「う、嘘です!ボクが梨花の子供が見たいのです!」

タッパーを開ける手を止める。しかしまだ手は掛かったままのため羽入は涙目で訴えかけていた。

「どちらも同じじゃない。子供が欲しいから圭一を巻き込むのと」
「この先、きっと圭一以上の男性は現れません。現れても梨花は圭一を思い出します」
「それなら赤坂だって……別に浮気したいとかじゃなくて、一緒に戦ってくれたっていうのなら圭一も赤坂も一緒って意味よ」

とりあえず未だに手にあるタッパーを置かないと涙目の訴えは止めそうにないから冷蔵庫へ戻す。
再び向き直り羽入の言葉を待った。

「それでも梨花は圭一を必要とするのです」

そこまで真面目に言うのだから何か理由があるのだろうか。
黙ったまま勿体振る羽入に唾を飲み込んで続きを待つ。
しかし大真面目な顔は一瞬にして阿呆面とも言えるにへら顔へと変わった。あげくに言ったのがこれだ。

「だって恋に理由なんてないのですから」
「あんた、本とか何かに感化されすぎじゃない?」

呆れてしまってキムチを食べようとも思わなかった。


「梨花ちゃん、俺の顔になんかついてるか?」
「えっ?け、圭一の顔にご飯粒がついてるのですよ、にぱ〜☆」

次の日、いつもの昼時。羽入の言葉なんて気にしてないつもりがしっかり気にしていたらしい。
圭一が訝しげに聞いてきたため誤魔化そうとする。
本当はご飯粒なんてついてないのに手を口元にやって、ないご飯粒を探している。

「もう取れたのですよ」
「あ、そうか?ありがとうな、梨花ちゃん」
「ご飯粒をつけるなんて圭一さんはまだまだ子供ですのね〜」

ほんの少しだけ罪悪感。
これも全て羽入のせいだ。

「あぅあぅ、梨花が圭一の事を意識しているのですよ。頑張ってフラグを立てるのです」
「黙りなさい」

羽入のおかげで一日中圭一を意識してしまった。
気付けば圭一がどうしてるか気になる。そしてチラッと見る度にレナか魅音と話している。
それが何だか面白くないと思ってしまう自分が嫌になる。

「梨花も圭一に近寄るのです!木の陰からそっと見てるなんて今時流行らないのですよ!あぅあぅあぅ!」

こいつは一体何がしたいんだ。それこそ助けたヒーローとくっつくなんて王道もいいところだ。
でも何だろう。違和感を感じる。

「梨花はヒロインの一人なのです」
「それにしても私とは……」
「いい雰囲気になった事はないのです」

レナ、魅音、沙都子は圭一と並んでも何となく違和感はない。
何故私は違和感が?
年の差?じゃあ沙都子は?

「圭一も恋愛フラグが立ちにくいですが、梨花もなのです。両者立ちにくければ、立つ確率も低いのですよ」
「何かあんた嬉しそうね」
「新たな惨劇なのです、あぅあぅ」

それは少し違うような、とは思うが、確かに昭和58年の6月を突破したら私も年はとる。
行く行くは結婚……するはず。
そんないちいち圭一や赤坂を引き合いに出して結婚相手を見定めるなんて…。

「……吊り橋効果よ」
「人は窮地に追いやられて本心をさらけだすのです。そして圭一は危険を顧みず助けてくれたのです」

羽入がこうも圭一に執着するのが不思議で仕方なかったが、いい加減わかってきた。
そろそろ終わりにしよう。というか終わらせる。

「ただ単に羽入が圭一を気に入ってるだけでしょ?」

くだらない。
梨花エンドがないなら、羽入エンドもない。
本当くだらない。

「梨花ちゃん?」
「何ですか、圭一」
「いや、何か楽しそうだなと思って」

私は圭一に笑いかけてやった。私自身の笑顔で。

人に促されるだけで動く気持ちなら最初から動き出してるのよね。
気付かないのも仕方ない。私は子供で、まだまだこれからなんだから。



H18.4.11

これからなんだから。
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