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名を紡いだ唇


戻りが遅く、早く書類を持ってこさせるために執務室から出るとすぐに姿を見つけた。

「お付き合いとかそういうのは……はい」

どうやら男性衛士に絡まれているらしく会話が微かに聞こえる。

「キサラギ少佐とは絶対に交際はしないです」

近寄るとはっきり聞こえ足が止まる。物好きなのか言い寄っているのがわかるがヴァーミリオン少尉はわかっていなかったようで迫られ慌て出した。
踵を返しかけてやめる。

「ノエル」
「へっ!?」

真後ろまで近寄ると向かいの衛士は気づいたようだが少尉は気づかず、呼ばれ驚いて振り返った。

「遅いから探しに来た。戻るぞ」

腕を掴み歩き出すと衛士に謝り引っ張られるがまま執務室へ戻った。

「書類を出せ」
「はい」

受け取り机に置き判を押した。

「キサラギ少佐……あの」
「何だ」
「ああいうことをすると誤解されてしまいますので」

振り向き視線を向けるとそれ以上は言えずに口ごもった。

「部下の名を呼んだだけだが?」
「以前から噂になってますから」
「男と女が二人で組まされただけで性的関係になっていると噂をするなんて暇な奴等だ」
「せ、せいっ!?」

ファイルを握りしめる手に力が入ったのを見て近寄るとびくつくのがわかった。

「僕とは絶対に交際はしないのだろう?」
「聞いてたんですか……」
「聞こえただけだ」

わざと近寄る歩を緩くする。後ずさろうとしても背にはすぐに扉があり下がれない。
目の前で止まると顔を逸らす。

「それとも交際はせずとも性的関係になるとでも?」
「そ、そういうことは段階をちゃんと踏んで……」

顔を近づけるとファイルに阻まれる。少尉の帽子を掴み床に落とす。まとめられていた髪が降ろされる。

「さっ、さっき何で名前を、呼んで、ひゃっ」

降ろされた髪に触れ、掻き分け首筋に触れただけで声が上がった。

「扉の前だから静かにしないとまた噂とやらをされるぞ」

足の間に膝を割り込ませ体を密着させると縮こまるようにファイルで顔を隠した。

「お前の名前だろう」
「そうですけど……」

なぜ自分があの場で名を口にしたのかわからない。けれどあの状況で名を呼べば親しい仲だと誤解させるだろうと確信してのことではあった。助けたわけではない。ただそうしたかったのだろう。

「僕の名を呼んだら解放してやる」
「き、きさらぎしょうさ」

顔は隠したまま言われわかっていっているのもわかりファイルを奪い床に落とした。

「あ、う……」

拾おうとして身動きが取れないと気づいたのだろう。俯き両手を握りしめ胸の前にあげていた。

「……じ」

小さく一文字口にしてもあと一文字は言えずに目をきつく閉じる。

「ひゃっ」

人差し指の背で軽く頬を撫でると声を上げて目を開けた。

「二文字も言えないのか」

やっと視線が合い握りしめた拳に更に力を入れて口を開いた。

「ジン」

解放する前に名を紡いだ唇に唇を重ねた。


H28.10.3

ジンノエ
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