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「……ここはトーマがそばにいる世界か」
『ラッキーだったなぁ。あいつが一番死にやすい世界だ。オレが出向かなくてもな』
「黙れっ……あれ?」
自身の中から聞こえる声を抑えつけると見覚えのある姿を目にして脇に隠れる。
この世界のトーマには敵視される確率が高い。防衛のために殺したくもないし、殺されるつもりもない。
「いつからこんな殺伐とした言葉が日常的になったんだろう……いやいや」
そんな事を言ってる場合ではない。
見覚えのある姿、トーマは何かを探してるように見えた。辺りを見回して走っていく。
「こんな時期にトーマが外を無意味にうろつくはずがない。彼女に何かあった?」
トーマがそばにいる世界では彼女の生存確率は低い。だから極力トーマを刺激しないように彼女に注意するけれど無駄になる。まるで何かの力が働いているかのようにトーマを行動させている。
「このままトーマに見つかったら……」
口にすることはせずに彼女を探すため走り出した。
深夜になり、彼女は見つかった。冥土の羊の近くにある冷凍室で。
裏路地を通りかかりシンの声がして駆け寄るとシンが彼女を路地に横たえていた。
「手伝うよ!」
「え……?あ、お願いします。俺病院に電話します」
不審に思いながらも一刻を争うのかシンは急いで携帯で連絡していた。
横たわる彼女を横目に中に入ると冷気が身を包む。中にはトーマが倒れていた。
「トーマ……?」
状況がわからず混乱するもトーマを冷凍室から路地へと運ぶ。
横たわる二人を見る。トーマは微かにまだ息がある。でも彼女は……。
「……?」
視線を感じて振り返る。視界には人影はない。視線も感じなくなった。でも気になって、二人に上着を被せ走って行く。
程なくして笑い声が聞こえた。
「罰だ!妹の幸せを踏みにじって他の男もたぶらかして罰なんだ!」
「君は、誰?」
見覚えのない姿。でもどこかで似た雰囲気の人を知っている気がするけどわからない。
「僕が誰かなんてどうでもいいだろう?」
「あの冷凍室、使われてないよね」
「なんのことだい?」
男が笑う。
何回この街の8月を過ごしただろう。だからある程度把握もしている。彼女が働く場所の近くなら尚更だ。
「君がスイッチを入れたの?」
「そんなわけないじゃない、かっ」
「わっ」
ナイフで切りかかられ慌てて避ける。
言動から正気とは思えない。何が彼を狂わせたのか。探ったところで人は止められない。トーマでそれはよくわかっている。それでもできることはしなくちゃいけない。彼女を死なせないために。
「彼女に恨みでもあったのかな?恨まれるような子じゃないんだけど」
「妹の恋人に横恋慕したんだ。僕の妹に!妹は幸せにならなくちゃいけない!妹がいるから僕の世界がある!」
「妹?」
誤解をしている事はわかる。トーマのことか?いや、この世界はイッキのFCの子達も危険だ。
「君は」
先ほど感じた似た雰囲気の人物に行き当たり口にしようとした瞬間ナイフが身体に突き刺さる。油断したかな。
最後に見た彼女を思い出す。綺麗な寝顔だった。あの時俺が目覚めるのを待ち続けた彼女のように。
H25.6.3
最後に見た彼女を思い出す
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