novel top

休日。試験を控えているにも関わらず公園で海を見ていた。

「衛藤くん、やっぱり今日は帰ったほうがよくない?」

ヴァイオリンの音が止んで香穂子が心配そうにベンチに座る俺を見てくる。

「弾くのやめるなって」
「でも」
「こんな間際に慌てるほど頭も悪くないし、腕もある」
「でもやっぱり前日はゆっくりしてたほうがいいよ」

心配してくれているのはわかってる。
でも何故俺がここにいるのかがわからないのが笑えてしまう。

「何で笑うの」
「面白い顔だから」
「衛藤くん!」

年上なのについからかってしまうのは反応が面白いからと可愛いから。
タイプというのは嘘じゃなかった。実際好みだし。
今はヴァイオリンを弾く姿もその音も好きだ。

「ゆっくりしてるよ」
「なら家に」
「だからっ、あんたの音聞いてるとゆっくりできるって事。それぐらいわかれよ」
「……衛藤くんって変な所は直球だよね」

だったら何と言うと香穂子はヴァイオリンを構え直し、弾き始めた。
決してうまいとは言えない。でも聞いていたいと思う音色。

「前は弾かないほうがいいなんて言ってたのに」
「前は前。今は聞いていたい、ずっと」

しばらくそうして聞いていた。回りに人だかりができても俺も香穂子も気にする事もない。
音が止むと拍手があり、人だかりは散っていった。

「うまくないのに人は集まるよな」
「衛藤くん、酷い」
「だから俺が指導してやるよ」
「星奏学院の練習室で一緒に弾けるといいね」

香穂子と出会ったのは練習室だった。扉が少し開いていたから入って聞いてみたけど対した事はなくて。
あの時あの扉が少し開いていてよかったと今は思う。

「じゃあ試験終わったらやろうか」
「え?でもいいのかな」
「見学とか言えば大丈夫だって。数ヶ月したらどうせもう生徒になるんだし」
「もう合格は確定なんだね」
「当然。……なんだよ」

くすくすと笑い出す香穂子。
おかしな事は言ったつもりはない。香穂子はヴァイオリンをケースに置くと俺の隣に座った。

「衛藤くんらしいなって。でもそんな衛藤くんが好きだよ」
「なっ……」

平然とそんな事を言い出すもんだから反応に困った。
そんなつもりで言ったわけではなくてもやっぱり照れる。

「そんな衛藤くんの音も好き」

香穂子は空を見上げて目をつむった。
彼女の回りには俺の音が響いているんだろうか。

「衛藤くん?」

俺は立ち上がるとケースに置かれたヴァイオリンを手にした。

「想像するのもいいけど今の俺の音を聞いてよ」

香穂子が見上げる中で弾き始める。
まだ俺は幼いけど伝えたい思いはあるのど知った。
彼女の子供のような無邪気で愛しい人のように包みこむその音に自分の幼さを知らされた。
同じ学院に行けたならまだ知る事がたくさんあるのだろうか。

「どうだった?」
「うん、大好きな音」

俺への最大な賛辞。
不安と期待がある。
彼女の音を聞いていたい。だから俺は明日あの学院に行くんだ。



H21.8.2

俺への最大の賛辞
×Unext