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放課後。
日直の仕事を終えて携帯を開くと衛藤くんからメールがきていた。
二通きていて先にきていたほうから開く。
『中庭にいるから終わったら電話して』
このメールの数分後にきているメールも開く。
『和樹さんに捕まった。校庭隅のバスケコートにいるから終わったら来て』
火原先輩は卒業してからもオケ部の様子を見によく学院を訪れる。
衛藤くんがたまに捕まってバスケに付き合わされてると話していたけど実際にその場にいた事はなくてバスケをしているのを見たことはなかった。
携帯を上着のポケットにしまい、見てみたい気持ちに押されて無意識に足が速まる。
ふと思いつきバスケコートに向かう足を購買に向け直して駆け出した。
「あっ!日野ちゃーん!」
バスケコートが見えると火原先輩が手を振っているのが見えた。
「こんにちは、火原先輩」
バスケコートまでたどり着くと二人共休憩してたみたいで衛藤くんはベンチに座っていた。向かいに火原先輩がボールを持って立っている。
「香穂子も来たしそろそろ帰るから」
「もう1回って言ったの衛藤くんのほうなのに?」
「それは……」
衛藤くんは立ち上がってベンチに掛けていた上着をとりかけて迷っているようだった。
「衛藤くんがバスケしてるの見た事ないから見たいな」
「は?」
「ほら、日野ちゃんもこう言ってるし!」
「あ、でもその前に二人共飲み物いりませんか?」
二人に購買で買ってきたお茶のペットボトルを差し出す。
「ありがとう、日野ちゃん!」
「ありがと、香穂子。じゃあ行ってくる」
二人はペットボトルを受け取って軽く飲むとコートに向かって行った。
すぐにバスケをはじめて、私はベンチに座りながら見る。
音楽科の生徒は放課後は練習する時間にあてているのかあまり見かけない。体育祭も自由参加。怪我をして楽器を弾けなくなったら困る。取り戻すのに何日もかかるしあまり運動をしない気持ちもわかる。
だから衛藤くんがボディボードやサイクリングが好きだと知った時少し意外だった。
変わっていて面白いと言ったら人の事言えないだろと返された。
「衛藤くん、往生際悪いよ」
「香穂子が来たから余計負けるわけにいかなくなった、からっ」
衛藤くんが火原先輩が抱えるボールを奪ってゴールに向かって投げる。
リングに触れずに綺麗に入り、思わず拍手をした。
「はぁ、今日は引き分けか」
「次こそ衛藤くんにカツサンドの美味しさを教えてみせるよ!」
こちらに向かいながら聞こえてくる会話に一体何の話だろうと首を傾げた。
会話からだと衛藤くんにカツサンドを食べさせたいみたいに聞こえるけど、勝ったらカツサンドを奢るとかではなく食べさせるなんて勝負をしているのかな。
「日野ちゃん聞いてよ。衛藤くんったらカツサンド美味しいよって言っても反応が薄いんだよ」
「だからカツサンドがよくわからないんだって。購買あまり行かないし」
「購買行かないの!?」
私の目の前まで来ると衛藤くんの言葉に火原先輩が大げさに驚いた。
その様子が面白くて笑ってしまう。
「笑い事じゃないよ、日野ちゃん!?」
「弁当持ってきてるし弁当ないときは外で買ってくるから利用しないだけ。笑い事だろ」
「そうなの?」
「火原先輩カツサンド好きですもんね」
「うん!」
カツサンドを思い浮かべたかのような満面な笑顔。
衛藤くんはよくわかってないようで首を傾げていた。なぜ不思議そうな表情をしているか思い当たる。
「カツをパンで挟んだ物っていえばいいのかな。ここの購買のは分厚くて少し大きめで男子生徒に特に人気みたい」
「サンドイッチみたいなの?」
「そう」
衛藤くんにカツサンドの大きさを手で表しながら説明すると今度は火原先輩が不思議そうな表情をした。
「え、何でカツサンドの説明?」
「だから知らないって言ったじゃん」
「食べた事がないって意味じゃなくて?」
「そのままの意味。“知らない”」
強調して言うと火原先輩はまた大げさに驚いた。でもすぐに思い当たったみたいで落ち着いたようだった。
「そっか、衛藤くん海外にいたんだよね。カツサンドって世界共通じゃないんだ」
「そもそもとんかつ自体ないだろ」
「そうなの!?」
衛藤くんがうるさいというと火原先輩は少し落ち込みながら謝った。
私は二人を見上げたながら不思議な先輩と後輩の関係だなと感じた。
「和樹さんって本当騒がしいよな」
「私は騒がしいとは思わないけど」
火原先輩と別れて学院を出ての帰り道。衛藤くんは少し呆れながら呟いた。
「香穂子って……いや、俺も人の事言えないか。初対面は最悪だったろうし」
「確かに良くはなかったけど衛藤くんに悪気はないってわかったし言われた通りだったから」
「本当あんたって打たれ強いというかへこたれないよね」
「褒められてるのかよくわからなくて複雑」
先程二人のペットボトルを買った時に一緒に買っていた紅茶のペットボトルを揺らす。
「褒めてる」
「本当?」
「俺も和樹さんみたいならもっとうまく言えるのかな」
何だか衛藤くんらしくない言葉に衛藤くんを見上げるとただ前を見ていた。
そんなつもりで言ったわけじゃない。だから早く謝らなきゃと口を開く。
「なんて俺は俺だから憧れたりしないけどさ」
「衛藤くん?」
笑んでくれたのに寂しく感じてしまうのはどうしてだろう。
手を掴もうとして片手には鞄とヴァイオリンケース、片手にはペットボトルを持っていて塞がってる事に気がついた。
「衛藤くん!」
「急に大きな声出してどうしたんだよ」
「ペットボトル、一緒に持たない?」
「は?」
我ながらおかしな提案だと思う。
どうしよう。鞄の中に閉まっておけばよかった。どうせ両手が塞がってたら飲めないんだから。
「少しちょうだい」
「え?」
衛藤くんが立ち止まって私も足を止めると道の脇に来るよう促される。
「だから紅茶」
「うん」
衛藤くんは鞄とヴァイオリンケースを肩に掛けているから両手はあいていた。
出された手にそのままペットボトルを渡す。
蓋をあけて軽く飲むとペットボトルを持ったまま歩き出そうとした。
「衛藤くん!」
慌てて手を掴むと衛藤くんは少し驚きながらもそのままゆっくりと歩き出した。
繋いだ手は握り返してくれた。
「両手塞がってたら繋げないよな」
「うん、ごめんね」
別にいいと小さく呟かれて照れてるのかと思ったけど私も何だか照れていた。
何度も繋いでるはずなのに、繋ぎたくて必死なのが自分でもわかってしまってそれが衛藤くんにもわかってしまったのかと思うと照れてしまう。
「和樹さんがトランペット吹いてたんだ。あの人のまんまな音が聞こえて自分の音ってどうなんだろうって考えてたら捕まった」
「火原先輩も多分自分の音ってどんなですかって聞かれたら答えられないんじゃないかな。私もそう」
「考えて奏でるものじゃないか」
「衛藤くんの音好きだよ」
「っ……あんたはいつも不意打ちで言うから困る」
「いつも?」
「さっきのバスケも俺がやってるところ見たいとか言い出すし」
衛藤くんの顔を覗きこんでみると衛藤くんは顔を逸らした。何だかが可愛く感じてしまう。
「もしかしたら俺が悩んでるのわかっててバスケに誘ったのかな」
「火原先輩優しいから」
「先輩面したいだけだろ」
「火原先輩そのまま受け取るから素直にお礼言ったほうがいいよ」
「香穂子には何だか最近見抜かれてるみたいだよな」
「衛藤くん意外とわかりやすいよ?」
「わかりやすいって……」
衛藤くんがちらりとこちらを見て笑いかけると苦笑した。
「じゃあ和樹さんにカツサンド食べて報告してみようかな」
衛藤くんの言葉に相槌を打って私は繋ぐ手に少しだけ力をこめて握った。
H23.10.26
私は繋ぐ手に少しだけ力をこめて握った
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