エピローグ




 からん、からん。
 人々の生み出す賑わいで満ちたエンジェルズシェアの店内に、来客を伝えるドアベルの音が鳴り響いた。
 カウンターに立った今宵のバーテンダーを務めるディルックの視線が、それに反応するように出入口の方へと向けられる。その頭髪と同じく燃えるような赤を孕んだ丸い虹彩に、ひとりの男の輪郭が描き出された。

「……ようこそ、ガイアさん」
「よう、ディルックの旦那。……今日は旅人たちは来てないんだな」
「ああ。璃月の方で何か用事があるらしい」
「なるほどなぁ」

 いつもに比べて静かなカウンター席の様子にほんの少しだけ眉を下げたガイアは、けれども即座に気を取り直して本日の最初の1杯を注文する。今日は彼が一番好んでいる『午後の死』を飲みたい気分らしい。
 当たり前のようにカウンター席を陣取った彼へ、ディルックは慣れた手つきで調合を終えた『午後の死』をサーブする。酒で満たされたグラスを見てとろりとその目元を綻ばせるガイアの姿に、愛おしいなと、確かにそう思った。

 静かに酒を楽しみ始めたガイアを微笑ましく見つめながら、ディルックはグラスの片付け作業に戻る。乾いたクロスでガラス製のその表面を磨けば、きゅ、きゅ、とあの旅人たちがいたく好んでいる音が、カウンターに軽やかに響き渡る。

 ふと、ディルックは手元に落としていた視線をカウンター席の方へと向けた。
 そして次の瞬間、そこにあったガイアの表情に目を瞬かせることとなる。

「……なんだ、その変な顔は」
「おっと、突然変な顔とはご挨拶だな。別に何でもないさ」
「これぐらいで拗ねないでくれ。それで、一体どうしたんだ」

 変な顔、とは言ってもそれは、先ほどの蕩け方とはまた少し違う温度で和らいだ、酷く幸せそうな表情で。そんな表情初めて見たぞと、ディルックは何とも言えない想いを燻らせながら彼を問い詰める。

 そうすればガイアは少しの躊躇を見せながら、少し気恥ずかしそうに唇を開いた。


「……その音が好きなんだよ。旦那がそうやってグラスを拭く音が」


 お前が傍にいるって感じがするからな。


 ──今が勤務時間中で良かったと、切にそう思った。
 そうでなければきっと、ディルックは今頃ガイアの身体を力いっぱい抱きしめてしまっていただろうから。





fin.


2020/2/6 加筆修正

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