震えた声だった

稲荷崎高校には一年の頃から有名な宮兄弟と呼ばれる双子がいた。なんでも中学の頃からバレーが上手で、何度も全国大会出場を果たすバレー部のレギュラーメンバーに一年ながらも選出されるほどの実力の持ち主なのだそうだ。バレー選手ならではの高身長とさらにはその端正な顔立ちも相まって、ファンクラブでもできそうな程女子にも人気なのだという。
二年に進級しても勢いは止まることを知らず、高校バレーの大会が近づくたびに報道陣から最強ツインズと冠されたテロップで推し出されることは日常茶飯事で、練習試合が公開されれば他校からもファンが詰め掛ける騒ぎにもなった。
それら全てが人伝に聞いた話なのは、たかがしがない美術部員の名字名前にとって全く興味を引かれなかったからだ。この二年間同じクラスになったこともなければ合同授業があるわけでもなく、廊下ですれ違うことはあれど基本的には誰かに囲まれているようなカースト上位の生徒。時折動画サイトで大会の中継を友人が観ていることもあってちらと覗き見る程度では、笑顔で手を振るくらいのファンサービス――高校生に必要なのかは置いておいて――はしているので、バレーが上手い次元の違う生徒だろうというくらいの認識だった。
今し方まで、関わることなどないと思っていた。


「ず、ずっと、応援してて、好きです…!」


授業の終わった放課後に、美術室に行く前に体育館につながる外廊下の手前にある自動販売機で飲み物でも買おうと考えたのがいけなかったのかもしれない。何が面白くて見ず知らずの他人の告白現場になど鉢合わせなければならないのだ。しかも、進みたい方向は声のする方で、仕方がなく隠れるように自動販売機に背をもたれながら背後で起こっている事の顛末を見届けるほかなくなった。
女子生徒の声は震えていて、余程緊張でもしているのだろう。もしかしたら涙さえ浮かべているかもしれないと思うほどには張り詰めていた声だった。
こんなにも震えている彼女の告白がどうか実ればいいと祈りながら、紙パックにストローを突き立てる。一口目を口に含もうとして、しかし男からの返答のあんまりの悪質さに紙パックを握りしめた所為で中身が僅かに溢れ出た。


「誰やねんお前。今からバレーすんねんから、しょうもないことで邪魔すんなや」
「っ」


女子生徒の息を呑む音がした。どんな言葉も吐くことができずに走り出した彼女は自動販売機の前を通り過ぎて、本校舎の方へと逃げるように去っていった。
太陽の日差しにまるで光の粒の残像を残していくような、薄い色素の綺麗な長い髪だった。その隙間から赤らんだ目元と、大粒の涙を浮かべた目尻が見えた。
――喉の奥で言葉が燻る。
既に屋根のある廊下を歩き始める横顔は、見覚えがあった。


「何様なん、あんた」


気がついたら声をあげていた。
女子生徒に面識があったわけではない。ただ、泣いている背中を微塵も気にする素振りを見せないどころか、あまつさえ厄介な相手であったとばかりに辟易とした表情を浮かべている彼に腹の奥から苛立ちが募ったのだ。
名前の声に彼はぴたりと足を止めて振り返ると、またしても面倒極まりない顔を浮かべていた。
遠近感が分からなくなるような高身長に目の冴える金髪。短髪の下にある顔面の造形は整っていて、紛うごとなき彼は話題の宮兄弟の片割れだった。


「…誰より努力して強うなって、それは大層なことやと思うけど、にしたって言葉くらい選べるやろ」
「なんやねん、お前」
「通りすがりの稲高生ですけど」
「んなもん聞いてんとちゃうわ。いきなり出てきて説教垂れ腐って――」
「泣いとったの、見た? 気づいてへんやろ。あんたのために勇気振り絞った子に、なんでそんなことできるん?」


彼に詰め寄れば、見た目以上に覆い被さるような威圧感が壁のように立ちはだかっている。告白をした彼女の身長は名前と大して変わりはなさそうだった。背の高い男に見下ろされることも緊張する要因だろうに、それでも彼女はあの小さな身体の全部で宮にぶつかりにいったのだ。それを一体誰が蔑ろにできるというのだ。
彼は眉間に皺を寄せながら、ポケットに手を突っ込んだまま凄んでいた。


「俺がなんで知らん女の知らん気持ちまで背負わんとあかんのや。んなもんそっちの勝手やろ」
「知らん気持ちが無関係なんてことないやろ!」
「んで、全然関係ないあんたも俺が好きやって、勝手に幻滅しよったんか? そらお気の毒にな」
「は!? あんたのその腐った人間性のどこに惹かれる阿呆がおんねん!」


はっと鼻で笑うような素振りに、右手に握っていた紙パックが潰れかかる。親指にかかったミルクティーが今にも胸倉を掴みにかかりたい身体をひやりとさせた。
――無関係だ。告白現場に偶然居合わせただけの無関係の赤の他人で、そんな名前が口を挟んで更にはどうこうできる余地などないことくらい、判断がきないほど馬鹿ではない。


「…最低やわ」


掴みにかかる勢いをたった一言に変えて吐き捨てる。
大股で歩き始めた名前の後ろで宮が何やら喚き散らしているが、一切振り返らずに右手に曲がって美術室の方へと戻っていった。

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