あり得ないなんて
有り得ない。
彼女は目の前の光景を全力で否定したくなった。
あの交通事故から三日目。
流石に三日もすればここが厭でも現実なんだと認識せざるをえなかった。
ショックと理解不能な状況とで、昨日まで自分の部屋に引きこもっていた彼女だったが、たまたま窓から見えた少年たちを見つけて考え直した。
折角もらった二度目の人生なのだから、精一杯生きよう、と。
ただ、またあの受験の勉強地獄を味わなければいけないのかと思うと、浮上した気分も沈下する。
――とにもかくにも、今は何より状況を確認しなければ前に進めない。
序でに冷蔵庫の中身も切れそうなので、買い物がてら散歩するのも良いかもしれない。
「……そうと決まれば、さっそく準備!」
階段を降りて洗面所に向かい歯磨きと洗顔をすませ、どちらかといえば茶に近い黒いセミロングの髪を右耳より下で団子に結う。気分を変えるため服装も明るい雰囲気にまとめ、適当なバッグに財布を放り込んで家をあとにした。
財布には樋口が二枚と小銭がいくらか入っていた。
これは事故に遭う前に持っていた金額と同じで、脇ポケットに入っていたポイントカードの類も同じ。
ただ、見慣れないものが一つ。
銀行のカードが手前のポケットを陣取り、異様な存在感を出していた。
「……銀行、かあ。もしかして預金通帳が大変なことになってたりして」
親が子供を置いて海外に行くくらいだ。多少のものは残されているだろう。――というか、されていないと困る、のだが。
現在通帳らしき物は見当たらないので、とりあえず帰ったら確認することにしよう。
しかし、歩いていくうちにだんだんとそんな悠長なことを考えてられない現実を突き付けられた。
「……ここどこ」
見知らぬ坂道。見知らぬ風景。聞きなれない言葉達。
通りすがりの人たちが使う方言らしいその言葉は、彼女の記憶のそのどれにも当てはまらない。
困惑する感情とは裏腹に、頭の中で冷静な答えが顔を出す。
――ここは、今まで住んでいた場所とは離れた地方なのだ。
よくよく考えれば、ただタイムリープしただけとは辻褄が合わないことはたくさんあった。
見たことない制服も、海外旅行中の両親も、新田東中なんていう学校名も。
全て、彼女自身の三年前の記憶とは明らかなズレがあった。
彼女は肩に提げたバッグの紐を握り締め、その場にしゃがみ込んでしまった。
世界が違う。
まるで自分だけ浮いているような感覚と、存在しているのかも怪しい己の身が信じきれなくて。何があっているのか、はたまた自分はあの時死んでいなくて、長い眠りに就いているだけなのかと、最早まともな思考なんて働かない。
視界が情けなくも熱いそれによって歪み、悔しくて下唇を噛み締めた。
「……何しとるんじゃ、気分でも悪いんか!?」
「……っ!?」
いきなり後ろから声を掛けられ、目元をごしごしと擦ってからバッと振り向いた。
見上げた向こうには、野球のグローブと釣り道具を持った体格のいい少年と、同じくグローブを持った痩身の少年がいた。
二人の内の、体格のいい子が心配そうに首を傾げている。
彼女は小さくほほえんで、首を横に振った。
「いえ、少し目眩がしただけです。大丈夫です」
ありがとう、と気遣いに感謝すれば、その子は少し赤面して首を横に振った。
「いや、そんならええんじゃ! 迷子かと思ったんじゃ、だから――」
にこりと人懐こい笑みを浮かべるものだから少しホッとして、ふにゃりと頬が緩んだ。
「……良かった、迷子なのはあってるんです」
「どこに行くつもり何じゃ? 案内しちゃる」
その少年はこの地方のものと思われる方言で、親切にもそう申し出てくれた。しかし相変わらず後ろの男の子は無言を貫いている――しかも少し機嫌悪い――が、これからどこかに行く予定があるなら無理もいえない。
彼女は曖昧に笑って、
「でも、これからどこか行くんじゃ――」
「予定なんて無いし、どうせ迷うんだったら聞けばいいだろ」
「……、えと…?」
いいのだろうか。でも、迷ってる時間がもったいないし、確実に日は落ちつつある。
「……あの、買い物に、行きたくて……」
「なら、こっから近いからすぐいける」
二人は歩きだすと彼女と並び、道案内を始めた。
先程まで震えていた両足は、進むことを躊躇って。動かない彼女を見て不思議に思った二人は振り返った首を傾げた。
――ああ、進まなきゃいけないのに。
俯いて目をぎゅと強く瞑った。
目蓋の裏の暗闇は、夕日に染められ汚れなき赤一色になる。
ゆっくりと見上げた視界の向こうで、二人はただ動くのを待っていた。
ふぅ、と息を吐いてから、強く一歩を踏み出した。
「……お願いします!」
▼