偶然か、必然か
そこからスーパーまではそんなに時間は掛からず、彼女が迷子になった経緯を説明しただけでついてしまった。
彼はポケットに突っ込んだボールの縫い目を指の腹で撫で、小さく息を吐く。
目の前の男女二人を眺めていると、彼女は少し眉を下げて中に入っていった。心なし満足気な彼を横目見て、また息を吐く。
「何じゃ、原田?」
「……別に、帰らないのかよ」
原田、と呼ばれた彼は帽子の唾の下から覗く双眸を細めると、対して彼はニコと子供みたいな笑みを浮かべた。
「帰りも送っちゃるけん、そう言ったんじゃ」
原田はその言葉に一瞬目を見開き、喉にまででかかった溜め息と苛立ちを隠さずそのまま吐き出した。
「馬鹿だろ、お人好しすぎ」
「しゃあないやろ、このまま帰って迷子になってた言われても後味悪いし」
そんなの、どうなろうが関係ないだろ。言わなくても伝わったのか、彼はむとしかめっ面をする。どちらにせよ事実なのだから、弁解することもなくそのまま視線を落とした。
ただ黙って指先に感じるボールのそれに触れていれば、ふと誰かが声を上げた。
「あ、原田。あれ見てみい」
その言葉につられ顔を上げてみれば、彼は空を指差していた。
濃紺から茜色のグラデーションが鮮やかで、視界を占めた夕日の眩しさに思わず顔を逸らす。
彼は弾んだ声で、子供みたいな言葉を上げた。
「ほら、一番星じゃ!」
「あ、本当だ、綺麗にみえるんですねぇ」
「「っ!?」」
二人はばっと勢い良く振り向くと、そこには先程までいなかったはずの彼女の姿があった。原田は思わずポケットから滑り落ちそうになったボールを握りなおし、数度目を瞬く。
二人とも似たような反応を示したからか、思わず吹き出した彼女は今までで一番楽しそうに笑った。
「っあはは! そ、そんなに驚いてくれるなんて……!」
驚かし甲斐があるなあ、なんて冗談か本当か分からないような声音で笑う。
原田は、見た目とは反した笑い方をする人だと思った。
口元に手を当てて肩を震わせるその姿に暫らく呆気にとられていると、ふいに初めて会ったときと同じように目を細めて微笑んだ。
「すいません、お待たせしました」
片手で持つ買い物袋は見た目も軽そうで、野菜の葉っぱがちらりと顔を出していた。
一人暮らしなのだろうか。
原田はふと頭に浮かんだ考えを、しかし自分には関係のないことだと帽子を被り直すことによって放り投げた。
そして三人はまたゆっくりと帰路につく。
夕方の空を彩るグラデーションは、濃紺の色が強くなっていた。
会話が不自然に途切れることはなかった。それは会話が弾んだから、というよりも彼女が合わせてくれたというべきなのかは分からないが、とにかく他愛無い話ばかりが流れていった。
そんな時だった。
「敬語はやめぇ、同い年くらいなんじゃから」
新田の人たちは地域のつながりが深いからか、彼女のその喋り方はどこか他人行儀な気がしてならないのだろう。
――実際他人同士でお互い初対面というにことかわりないのだが。
見たところ同じ年ごろのようにも見えたというのもある。
それに彼女ははにかんで頷いた。
「うん、分かったよ。そういえば君は中学生?」
「そうじゃ。明後日で中学一年になる。そこの新田東中ってとこなんじゃ――」
はっとした顔をしていた。それは捜し物を見つけた時のような嬉しそうで安堵したもので。
「っわ、私も新田東中!」
「! てことは一年生なんか?」
その言葉に一瞬詰まったが、すぐに笑って頷いた。この近辺には確かに学校は多くはないが、同じ学校のしかも同じ入学生に逢うのも珍しい。
偶然、と一口にいってしまえば簡単だが、何か不思議な縁を彼女は心のどこかで感じた。
「そっかあ、すごい偶然だねえ」
「あ、そういえば名前は何て言うんじゃ? また学校で会うんじゃ、仲良うしてな。おれは永倉豪ってんだ」
「それじゃあ、豪ちゃんだね」
そう呼ばれるのは嫌じゃないようで、彼、永倉は笑顔で頷いた。
「私、名字名前。君は?」
相変わらずポケットに手を突っ込んだまま、視線だけ動かす。
「……何で?」
捻くれもの。そう唇を尖らせたくなるのを我慢して、彼女は首を傾げながら小さく笑う。
「いいけど、それじゃあ私君のことずっと少年って呼ぶね」
他に呼びかたないし、と付け足されれば眉間に微かな皺を寄せ、顔を名前の方へと向けた。
「……原田巧」
「原田くん、宜しく」
ぴくりと、指先が震えた。そんなの、いつもならどうでもいいはずなのに。
その時は何故だか口が勝手に言葉を紡いだ。
「……巧でいい」
永倉が視界の隅で目を見開いたのを、知らないふりをした。
「友達一、二号だ、良かった。中学は安心して入れそう」
その時の名前の複雑な笑顔が、目蓋の裏に焼き付いて離れなかった。
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