静かに瞬く星の海
相互フォロワーの環さんよりイラストを頂きました。
本当に有り難うございます。短いですがお礼夢もイラスト下部に掲載しております。お納めくださいませ…!
※ 夢主のお顔がありますので、苦手な方はご注意ください。
* * *

屋上から見上げた空は、こぼれ落ちそうなほどの星を抱え込んでいた。緑谷の顔の右側にある傷痕さえ柔らかく映し出す淡い光の粒が、あまりに温かくて目を伏せた。両手の中に収まる温度を失ったはずのミルクティーは仄かに異なった熱を帯びていて、ついに堪え切れずに瞼を閉じる。
「…名字さん」
――この世界は優しい人には等しく、安寧と少しの不幸とそれを凌駕する幸福が与えられる。自分だけがいつまで経っても不幸であり続けるのだという呪いのような願いが、少しずつ剥がれていく。彼の声が静かに降り積もるたびに、涙を通して一つ一つ形のないそれらが屋上から落ちていく。
「ここは寒いし、帰ろうか」
立ち上がった彼に左手を引かれて、それからふわりと軽々と名前を抱え上げた。緑谷の肩に手を置くと、空が一段と近づいたような気がした。彼の見る世界はいつもこんな風に柔らかいのだろうか。こんなにも胸が詰まるほどに柔らかくて温かくて、彼はどうして泣いてしまわないのだろうか。名前の目尻を微笑みながら拭った緑谷は、それからちゃんと捕まっていて、とこぼすと屋上から飛び降りた。
遠ざかっていく空。明滅するビルの群れ。家の灯火。夕食の香り。団欒の笑い声。家路を急ぐ背中。
「――もう少しだけ、落ちてもいいですか」
耳元で通り過ぎてく風に声を取りこぼしかけながらも、彼はわかったと眦を細めた。
服の裾を掴みながら、目まぐるしく落ちていく景色に視界が霞んでいく。
もしもいつかに見た夢のように、ビルの屋上から一人で飛び降りていたら。こんなにも過ぎていく世界の一つ一つを目で追いかけることなどもしなかったのだろう。近づいていく地面に目を閉じるばかりで、今までの絶望になりきらない曖昧な不幸を繰り返し、終ぞ生きることを望むこともしなかった自分すら、呪いながら。
彼はしばらく空を跨いでから、事務所の前にまでやってきた。見慣れたドアの前に降り立ってから、はっとした顔を浮かべた彼は思わず、と瞬きを繰り返す。
「ごめん、家にちゃんと、送るから!」
「…あの…話を、」
頭の中で日々敷詰まっていく言葉ともいえない思考の端々がある。
「……聞いて、くれませんか、うまくは、きっと、話せないけど…」
貴方の毒になるためではない話が、したい。詳らかにできるような言葉も多くはなくそれらの悉くが拙いのだろうけれど、こんな星の降る夜に紛れてしまわなければ、また波間で息も忘れて溺れてしまいたくなる。――いや、そうだとしても、彼はきっとこうして隣にいてくれるのだろうけれど。
緑谷は一瞬だけ目を見開いた後、くしゃりと顔を歪めて微笑むというにはどこか涙を湛えた顔をしていた。
「――うん、聞かせて」
彼のポケットから取り出された鍵には、あの日のオールマイトがもう大丈夫だと笑っていた。