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高校を卒業して、目まぐるしい生活を送って六年目。真白い地に赤色が鮮やかな結びと花の装飾が施された一通の封筒が届いた。差出人を見れば、懐かしい名前がそこにはあった。懐かしい、とはいうが男の名前はつい先月に面と向かって呼び合ったばかりだが。
結婚という単語に、心なしかむず痒さを覚える。封筒とそのほかの郵便物をまとめて抱えて、静かなリビングのテーブルに重ねて置いた。
その日は彼によく似合う、雲ひとつない快晴だった。
「結婚おめでとー!!」
青い空に映える色とりどりの花が高く舞い上がる。教会の階段からゆっくりと降りてくる彼女の長く裾を引くレースの華やかさが、彼がどれだけ彼女を好いているのかを表しているようで、いかにも彼らしいと思った。隣に一列にA組の最近見たばかりの顔ぶれが並んでいて、上鳴が一向に花を投げる気配のない彼の右手を掴んで花を振り散らさせた。
「っオイてめ」
「爆豪、俺今お前が何考えてるか分かる」
意外と顔に出るよな。
上鳴と共に投げた花が、彼の――切島の目の前に弧を描きながら降って、彼はそれを掴むと学生時代でもそう見たことがないほど嬉しそうに笑って隣に並ぶ彼女に花を手渡していた。
まだ春にもなりきれていないというのに温かな太陽の日差しに照らされて、彼女の髪が夏の青さを彷彿とさせた。
挙式を終え披露宴の開始まで少しばかり時間があり、ロビーのソファに座りながら待っていた。隣には瀬呂が座り、目の前のソファに上鳴がいる。少し離れて麗日や八百万、耳郎などの女子組と飯田や轟などの男子組が点々と座っていた。途中でファットガムや天喰など彼が世話になっていた事務所の先輩などもおり、会場内は現役ヒーローで溢れていた。
「いやーでも切島が先に結婚するとは思わなかったわ」
「俺も爆豪だと思ってた。で、今日来てない名前ちゃんにいつフラれたって?」
「フラれてねーわ! はっ倒すぞ!」
「まじか! 切島のお嫁さんめっちゃ見てたからそういう羨まし目だと思ってたわ!」
げらげらと荘厳な会場やグレーの洒落たスーツに似合わない笑い声を上げた上鳴の頭を引っ叩いたのは言わずもがな耳郎で、瀬呂がそんな二人の様子を眺めながら出久の方を見やった。
「でも、てっきり彼女は来るもんだと思ってた。兄貴の方はいるし」
「…披露宴には間に合わせるつってたな」
「あ、そっから来るのか」
なんか用あったのか。
瀬呂の言葉に、間を開けてさあなと言っておく。
A組と名前との親交は、出久を通して思いの他長く続いていた。爆豪と付き合っているということもあるのだろうが、単純に彼女の選んだ道がそういう道だったということもある。おそらくは、このA組にいる誰もが今後、彼女の世話になるのだろう。良くも悪くも、ヒーローは傷を厭わない。名前は時折そういうところに目を伏せた物憂げな顔をすることもあるが、彼女はよっぽどの無茶をしない限りは笑うことを選んだ。
だからこそ、あの結果は彼女がここに来て自分で伝えたいだろうことは考えるまでもない。誰よりもまず最初に爆豪に結果を報せるメッセージを送ってきているので、それぐらいの譲歩はしてやれる。
含みのある言い方すんな、と瀬呂が首を傾げるがそれ以上言葉は重ねなかった。
そろそろ到着する頃だろう。携帯に何の連絡も入っていないが、駅に着いたら連絡をしろと言ってはおいたところでこうなる。連絡を寄越せと再三告げる意味が彼女にはまだ伝わっていないらしい。散々敵犯罪に巻き込まれておいて、この無頓着さだ。双子ともども、そういうところに腹が立つ。
今何処にいるとメッセージを送信すると、すぐに既読がついた。降りた、とだけ素早く返ってきて、何処にだよと思わず口に出しそうになって飲み込む。大方会場にでもついたのだろう。ため息をこぼしながら立ち上がると、カツンとロビーに響く小気味いいヒールの音が響いた。
「! わあ、久しぶり!!」
モスグリーンのドレスの裾が翻る。重ねられたレースがゆったりと揺れて、勉強で篭りきりだったせいで足の白さが余計に映えている。膝より長い丈にしろと指定した記憶がはっきりとあるのだが、どう足掻いても膝の高さしかない。はっ倒す。溢れた言葉に瀬呂が何でだよと苦笑いをしていた。
「名前ちゃん! 去年ぶりかな、めっちゃ懐かしい感じ!」
お茶子ちゃん、と女子組と戯れ始めた彼女の目は今にも泣きそうで、披露宴で切島の姿を見たら感極まって本当にポロポロと涙でもこぼすのかもしれない。
楽しそうな会話をいくらか織り交ぜた後、耳郎が午前中何かあったのと本題を切り出したことで彼女は息を吸って背筋を伸ばした。
「っ国試、受かったの! 来月から研修医になります!」
ヒーローは気づいたら怪我が増えていくから。傷を厭わないから。だから、治ったって、痛かった傷も、傷が痛いことも、全部、私が代わりに覚えとく。
守るだなんて言わないでと、そう言った彼女が決めた道。ヒーローにはならなくとも、傷を共に背負いたいのだと、どうすればいいのかと、高校生だった彼女が必死に見つけ出そうとした答え。
出久が馬鹿みたいに大粒の雫で床を濡らしていく。
「ヒーローの皆と同じところには立てないけど、同じ景色は見れる。私だって、皆を守れるように、頑張るね」
ヒーローになってほしくないのだという本音を抱えながら、ヒーローになる以外道がない出久や爆豪と、彼女は向き合い続けた。
どんなことがこれから先に起こるかなど誰にも分からない。分からないからと言って進まないこともヒーローを辞めることも選ぶはずがない。ヒーローとして戦い続けて勝ち続けて、それが誰かを守ることに繋がる。そういう道を、爆豪は選んだ。その隣にいることを名前は決めた。だからきっと、これは最善だったのだろうと思う。正しいかどうかなどどうでもいい。ただ、彼女が耐えるために笑っているのではなく、共にいるために笑っているのなら、それがいい。
切島の披露宴も無事終わり、A組で三次会に行こうぜと上鳴が先頭を切って歩き始めた。行く気はなかったのだが、名前の足は完全にそちらに向いていたので仕方なくついていくことになった。
彼女と後ろの方を歩きながら、道ゆく他人の流れを見渡す。
「――勝己君」
彼女の足取りは、固い。ぎこちないという意味ではなく、踏んでいる地面が揺らがないという自信。
名前は高校生の頃などより大人びた顔で、微笑んだ。
「お待たせ」
「…腹ァ括ったかよ」
「うん。これからも、隣にいていい?」
夜の眩しすぎるライトに反射する彼女の瞳は、真っ直ぐに爆豪を見ている。少しも逸らさずに、爆豪の背負う全てを見ている。
その逸らされない碧に、あの日のことを思い出す。
――十四歳の四月。爆豪はずっと、たった一つ、それだけが怖かった。
「今更逃すかよ」
「ふふ、私のヒーローは、物騒だねえ」
ヒーローなんてなれるわけない。
――爆豪勝己は、ずっとヒーローになりたかった。オールマイトのような、どんな巨悪が相手でも勝ち続けることのできるヒーローに。そして、本当は彼女の一番のヒーローになりたかった――いや、なりたいのだ。
そんなことなど露知らず、名前はお腹減ったなあと言って、笑っていた。
(了)
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