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生まれる前からずっと一緒だった。大抵の好きなものや嫌いなものは殆ど同じで、運動神経も勉強も何もかも大きな違いなどなく、周囲からの評価に違いなどなかった。唯一違ったものといえば、性別と――


「超カッコイイオールマイトみたいなヒーローになりたいなああ」
「ええ、いずヒーローなんてなんなくていいよお」


ヒーローに憧れているかどうか、だった。
双子の片割れ――出久はヒーローになりたいと頻りに話していて、ネットに上がっているオールマイトの動画を欠かさずに何度も見ることが日課となっていた。憧れるものはヒーローだというのにてんで器用にこなせない出久を、名前をもじり"デク"と名付けたのが近所に住んでいた派手な個性の爆豪勝己だった。三人で遊んでいた時期も確かにあり、出久は彼をかっちゃんと、名前は勝己くんと呼び合うような仲ではあった。けれど四歳になっても個性が発現しない出久を彼は嘲笑っていとも簡単に傷つけ、それは茶飯事と化してしまったのだ。その頃から、彼女は爆豪勝己という人が好ましいものとは思えず、それでも出久が笑って追いかけている所為で大嫌いにもなりきれずに、中途半端な思いをぶら下げたまま、小学校、中学校と過ぎていった。


「名前ー! まだ起きてないの?」
「起きてるよ、支度終わるから待って!」


気が付けば中学三年生になっていた。相も変わらず名前の隣には出久がおり、大きくなるにつれ双子らしく似通いながらも、彼のそばかすや激しい癖毛が彼女にも発現することはなかった。それだけはよかったなと、今でも彼の顔を見るたびに思う時があることは秘密である。
黒いセーラーのスカートを揺らしながらリビングに向かえば、香ばしい朝食のパンの香りが鼻を抜ける。テーブルには出久と母が腰を落ち着けてテレビを見ていて、出久の隣の定位置に座れば二人もようやく朝食に手をつけていた。待たせてしまうのは申し訳ないなと思いながらも、朝は弱いので気持ちだけの謝罪で終わってしまうのだ。


「そういえば名前、貴女進路どうするの?」
「ん?」


口に入ったパンを噛みこみながら、コーヒーを啜る母の目を見つめた。そういえば今日は学校に進路票を提出する日だったなと思い出す。ちらと一瞥した出久は気まずげで、その理由がわかっているのであえて彼には振らずに名前は最後の一口を放り込んでスープを飲み干してから笑って伝えた。


「雄英の普通科に行く」
「え……ええ!? 名前も雄英受けるの!?」
「…国立だし、受かったらお金楽だしなあとか、いろいろ」
「お母さん、名前が受かるかどうかは信じてるけど、高校位自由に決めていいんだからね」


母の言葉は経済的な面もあれば、恐らく双子らしくしなくていいと暗に告げているような気がした。基本的に大凡の事象が偶発的に重なってしまっているので今回の件もそうなのではあるのだが、出久のこの苦いような何とも言えない表情の理由など、そんなものは疾うに分かり切っていることだった。



朝食を終えた後二人で登校しながら、他愛ない話を繰り返す。さして中学までの距離もなく下駄箱までついてしまえばクラスは別なので、そこで分かれて後は下校の時まで会うこともない。何か言いたげにしていることは分かりつつも、それは帰ってからにしようと思いそこで別れた。
教室に入れば様々な容姿をしたクラスメイトがいて、この中の大半がヒーローに対して好意的あるいはヒーローそのものを目指している。授業が終わった後のホームルームで行うという進路についての話し合いなど、どうせ目に見えているのだ。席に座り、丁度来た担任の話を聞きながら、出久は大丈夫なのかなとぼうとそんなことを考えていた。
なんていっても彼に個性がない。個性がないのに、ヒーローを目指している。そしてなにより、名前自身ヒーローは嫌いだった。彼の夢を素直に応援する気持ちなど、どうしても湧いてこなかったのだ。更に忌むべきことに出久とあの爆豪勝己は同じクラスである。同じヒーローに憧れ、同じくヒーローになりたいと願っているのだ。今日のホームルームが終わった後は早めに出久の教室に行こうと、朝礼を終えた賑やかな教室を横目に意気込んだ。

思った通りに進路の話など大概がヒーロー科に行くということで手短に終わるのだ。それ以外の進路などまるで邪道のような雰囲気はやはり好きではない。ヒーローが絶対の価値観など、分かりあえる気もしない。――それが仮令、双子であったとしても。そこだけはきっと、ずっと分かり合えない。
生徒も疎らになった教室を後に、出久の教室へと向かう。黒板側のドアの窓からちらと覗けば、そこには出久と数人しか残っていなかった。数人の内に見たくない姿を見つけて後ろのドアから入ろうとした時だった。


「そんなにヒーローに就きてんなら効率いい方法あるぜ」


勝己くん、と呼びかけた声が詰まる。


「来世は"個性"が宿ると信じて…屋上からのワンチャンダイヴ!!」
「っ!!?」


窓際で振り返った出久と目が合った。出久を見ていた視線がドア側に戻ってきたとき、爆豪や取り巻きとも目が合った。爆豪は一瞬顔を僅かに歪めた後、なんでもないような顔をして彼女の横を通り過ぎていく。
――出久がかっちゃんと、そう呼んでは彼に憧れていたのを知っている。嫌な奴だけど、凄い人だと思うと素直に話す彼の表情は、その瞬間は本当に爆豪のことを尊敬じみた目で見ていることを、知っている。
だからこそ、許せなかった。自分の中にあった黒い靄には蓋をして、彼の言葉を絶対悪と受け取って、そうやってどんどん出久を踏みにじっていく爆豪勝己など、最早これで大嫌いだった。


パシンッ!


乾いた音が響く。
左手で無理矢理爆豪の腕を引いて立ち止まらせ、振り向き様に右手が頬を叩いた。手のひらが熱い。じんじんと、叩いたのは爆豪の頬なのに、手のひらが、心臓が、ひどく痛かった。


「お、おい爆豪」
「やべえって、絶対」


取り巻き二人がぼそぼそと話す声なんてどうでもいい。叩かれて一瞬、そうして我に返った爆豪が敵も怖気づくような鋭い眼光で名前を見下ろした。そんなもの、怖くもない。痛む右手を握りしめて、喉の奥で燻ぶる言葉を飲みこみ切れずに、かといってどんな言葉を殴りつけていいのか分からなくなって零れてくる涙に、爆豪の瞼が持ち上がった。


「……っなん、か――」
「ああ゛? はっきり言えよクソ無個性共が! っうぜえんだよ!!」


ぱちんと、もう一度何かが弾けた音がした。


「勝己くんなんか大っ嫌い!! ヒーローなんてなれるわけない!!」
「ざけんな! ぶっ殺すぞ!!」


ぼろぼろと自分の意思に反して零れてくる涙を袖口で乱暴に拭いながら、窓際から近づいてきていた出久の手を取って教室を足早に立ち去った。口元に追いやった手が熱い。飲み込んだ唾は甘苦い味がした。
名前と何度も後ろから名前を呼ばれるけれど振り向くこともできず、下駄箱までたどり着いて漸く足を止めた。未だに、目尻に溜まっては溢れてを繰り返している。頭の中でいろんな感情が綯い交ぜになって出久の名前を呼ぶことさえ覚束ない。今、彼を見上げたら恐らくまた泣いてしまうだろう。出久のその目にも、同じものが溢れているような気がするのだ。


「名前、」
「だって! だって…いずは私の家族なのに、なんであんな奴ずっと追いかけて……!」


頭を撫でるその手の優しさも、紡ぐ言葉の温かさも、彼は何一つ知らないのに。ただ少し人より個性が強いだけなのに。ふつふつと湧いては落ち着いていく攻撃的な心は、出久が何度もごめんねとありがとうを繰り返すので消沈していった。
平然といなくなってしまうことを吐き捨てることができるような、そんな人がずっと幼馴染だった。隣からいなくなってしまうことがどれだけ怖いことなのか、そんなことさえ分からなような人だった。


「――大っ嫌い」


強く吐いた言葉に出久が生唾を飲み込んだのが、よくわかった。

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