アイラブユー・ハウリング
彼との出会いは運命だったのだと"あたしは"思ったし、今でも思っている。池に落ちてしまったあたしのマグマラシを助けようと、あたしも慌てて池に飛び込んだはいいけれど、案外その池は深くって。彼に言わせたら「お前が単にちっちゃい上にカナズチなだけ」らしいんだけど、絶対それは認めてない。あたしはチビじゃないし、ちゃんと泳げるもん。…浮き輪つければ。

とにかく、あたしの大ピンチを運命的に見かけた彼は、運命的な気紛れであたしの手を握って引き上げてくれたのだ。しかも彼は運命的にあたしの好みな顔で。「大丈夫か?」なんて言われてみたら、今度は運命的にあたしの好みなテノールボイス。ヒトメボレなんて、少女漫画の中にしかないと思ってたのにね、完全に惚れちゃった。一緒に歩いたポケモンセンターまでの道のりで、さらに惚れた。奇抜な色のはずなのに、違和感のない蒼い髪と瞳。光に反射して、きらきら輝いてる。濡らしちゃうのも気にせずわざわざジャケットを貸してくれたときは、ちょっと興奮のあまり心臓が壊れるんじゃないかと思った。だって彼の匂いがいっぱいついてる。ヤバイ。ヤバイよ。死んじゃう。

マグマラシをジョーイさんに預けたあと、じゃあ、と立ち去ろうとした彼を無理矢理引き止めた。ヒトメボレって、怖いね。怪訝そうな顔をした彼に、あたしは公衆の面前にも関わらず告げてしまった。大真面目な顔をして、一言。

「あなたが好きです。付き合ってください」

さっきまで話していたジョーイさんや、後ろに並んでいたトレーナーさんたちがぎょっとした視線を向ける。しかしそれがざわめきに変わる間も与えず、彼は淡々と、一言。

「え、いや無理」

初恋、ヒトメボレ、告白、そして玉砕。わずか30分の出来事だった。

***

「そういえばそんなことから始まったんだよね、あたしたち」

「いやお前のストーカーの始まりだろ…あと俺の苦悩の始まり」

「やだなーれんれん、照れちゃってー!」

「俺のこのうんざりした顔が見えないのかお前は…」

いやはや、非常に懐かしい!ポケモンセンター内のカフェテリアで、ばったり出くわしたあたしと彼――漣さんは向き合って座り、和やかな雑談を繰り広げていた。誰ですか、今首をひねったりクスッて笑ったりした人はー!とーっても平和で愛に満ちた会話じゃないですかー!…ごめんなさい、茶番はここまでにする。

あの日からあたしは、彼の追っかけをしている。友人たちに話をしたら、世間ではそれをストーカーとも言うらしいけど、別に盗聴とか覗きとか法に関わることはしてないし、彼にもあたしという存在を認知してもらってるし、そんな犯罪者と同じにしないでほしい。それに、初恋だよ、初恋!多少のアヤマチは許してもらえるって少女漫画のあの子が言ってた。

てゆーか、実際今だって一緒にお茶してもらえてる仲だし。あたしたちはれっきとした友達だ!なんの問題もないじゃないか。友達が一人で座ってたら、声掛けて相席したっていいよね。あーでも、やっぱり漣さんは綺麗な人だ。ちょっと不機嫌そうな顔も、コーヒーカップに口付ける姿も、組んだ足も何もかもが様になってしまう。うっとりと見つめていると眉をひそめられたけれど、それすらもカッコイイし。ああ、ここは池じゃないのに溺れちゃいそう!なんちゃってぇ。

「そもそもあれはお前のマグマラシを助けたかっただけで…」

「もうそれ何回も聞いたよ漣さん、あ、あとそのマグマラシ…この前進化したんだってね!その名前も知ってる!えっとね、彼方くん。その子と被っちゃったんでしょ?」

「おいなんで彼方のことまで知ってるんだ」

「ううう、そう思うとひのちゃんはあたしたちのキューピッドだよ、マジ天使ー!可愛いんだからあーうりゃうりゃー」

私の足元でご飯を食べていたひのちゃんを抱き上げて、ちょっと乱暴にもふもふ毛並みを撫でたくる。ぱっちりした赤い瞳をあたしに向けて、きゅーっ!なんて可愛く鳴くひのちゃんに、あたしはもうメロメロである。すかさず携帯を取り出してパシャリ、アプリでフィルターをかけて加工したら、ポケネッターに投稿。しばらくすればお気に入りや拡散通知が携帯を揺らすだろう。

ちなみに、ポケネッターとは最近あたしたちの世代で流行り出した…なんだっけ、そーしゃるなんとかだ。日常のどうでもいいことから対戦募集や強いトレーナーの噂、そしてあたしみたいなコーディネーターの宣伝とか、なんでもありのコミュニケーションツール。実はひのちゃんはポケネッタラーの中でなかなか売れっ子のアイドルなのだ。そんなことを言ってる間にも、早速携帯がブーブー震えている。さすがはひのちゃん、マジ天使。

るんるん気分で携帯を伏せて漣さんの観察に戻ると、彼は私の携帯を見つめながら考え込む仕草をしていた。

「…そういえばヒナリちゃん、携帯とかって持ってたっけな。まあポケギアがあるからなんとかなるか」

「出たーヒナリちゃん!てかポケギアっていつの時代!?天然記念物じゃないヒナリちゃん!?」

「…ヒナリちゃんを馬鹿にするようだったら俺もいい加減本気でお前を消しにかかるぞ」

「馬鹿になんてしてないよ!ただ今時珍しいなーって思っただけですぅ。漣さんが過剰反応の過剰妄想癖なだけなんですぅ」

その名前を出すと漣さんの表情が一変するのは、もう慣れた。ヒナリちゃん。漣さんがだいすきでだいすきでだーいすきで仕方ないらしい女の子。つまりあたしにとってはにっくき恋敵なわけだ。最初はそりゃあ、拗ねてた。あたしという女の子を前にして他の女の子の話なんて男の人普通、する?とりあえずあたしの知る少女漫画の世界ではそんなの絶対アリエナイ。でもね、だんだん気付いてしまった。彼の"ヒナリちゃん"への愛は、おかしい。普通の恋愛を超越しちゃって、一種の信仰みたいになっちゃってる。彼女を愛して守ることが、彼の存在を保つための必要条件になってしまっている。あたしは、どうやらだいぶ頭のネジぶっ飛んでる人を好きになってしまったようだ。

でもまあ、あたしも友達からよく「だいぶ頭のネジぶっ飛んでる」って言われるし!似た者同士カップル、ロマンチックでステキじゃないか。後悔は役立たずだよって、少女漫画のあの子も言ってる。オソロイ・キチガイ・サイコー!

ウキウキして、足をばたばたさせながらアイスココアのストローを咥えてちゅーっと吸い上げる。で、何の話してたんですっけ!漣さんにそう尋ねると、心底苦痛とでもいうように頭を抱えられた。

「割と的を射てくると思ったら…。一瞬見直した俺の感動を返せ」

「えっまじで!あたしにもついにチャンスが巡ってきた!」

「今現在進行形でいつも通り幻滅してるっての…。てか頼むから、ヒナリちゃんにだけは手ぇ出すなよ?俺がなんだかんだお前に付き合ってるのはそのためだって分かってるだろ」

「大丈夫!あたし漣さん一筋イエーイ!」

「そういうことじゃねえ!俺でも散々なのに、ヒナリちゃんにまでストーカーの手を及ぼすなってことだ!ヒナリちゃんはお前ごときが触れて良い子じゃないんだよ」

むー、またそうやって"ヒナリちゃん"、"ヒナリちゃん"、口を開けば"ヒナリちゃん"!あたしの初恋かつ片思い、いつかは叶うと信じてるけど(だって信じていれば夢は叶うって少女漫画に書いてあった)、さすがに心が折れちゃいそうにもなる。彼がガリッと乱暴にピーナッツを噛み砕く音。あたしのハートがブロークンする音みたいだよ。べたっとテーブルに肘をついて、ヤケになってちくちくいじめだす。

「てゆーか漣さんさあ、ヒナリちゃんの前でもそうやってヒナリちゃんヒナリちゃん好き好きーって言ってるの?しつこい男って嫌われるんだよ」

「お前にしつこいとか一生言われたくねーな。心配されなくてもお兄さんちゃんとお兄さんしてるから。お前みたいに常識外れなことしねーよ」

「あっ、それただの良い人止まりで終わる奴〜!」

「うるせえ黙れ!」

「やーいやーい良い人止まりー!永遠の二番手ー!」

声を荒げるけど、ちょっと傷付いたように笑うしかない様子の漣さんを見て、あたしは思わずガッツポーズ。やったね!あたし、漣さんの体力をちょっとだけ削ったよ!なんでバトルしてるんだろうとか、あたしは好感度上げに来たはずなのにとか、そういう疑問が浮かばないこともないけど、まあいい。こうなったら奥手な彼にあたしの恋愛講座を教授してあげようじゃないか。

「結論、女の子をときめかせるには何よりもギャップよ、ギャップ!漣さんみたいなとりあえず優しい人は特にね。そうだなー、時々強引なところを見せつけちゃったらもうイチコロって感じ!」

「強引ってお前…そんなのヒナリちゃん嫌がるに決まって、」

「イヤーンって言いながら内心イケイケゴーゴーって言ってるもんだよ女子って!そういう素直になれない生き物なの!漣さんの分からず屋!」

「そんな複雑難解なの分かってたまるか!あーもう付き合ってらんねえ」

えええ、これ以上なく分かりやすいと思うんだけど…。漣さんはとうとう苛立ちが最高潮まで達したのか、伝票を奪い取ると勢いよく席を立ち上がった。こうなってしまうともう相手をしてくれないのは過去の経験から知っていて、あたしはもう彼の背中を見送ることしか出来ない。ズンズンと大股で立ち去り会計をしている彼を、あたしとひのちゃんはふたり寂しくしょぼんと見守る。

あーあ、またやっちゃった。あたしはただ、好きな人と楽しくお話してたいだけなのに、どうしてこう怒らせちゃうのかな。ね、ひのちゃん…と、膝の上のひのちゃんに話しかけたときだった、その異変に気が付いたのは。いつもなら、あたしが話しかければすぐに「きゅー!」なんて可愛い返事をくれるひのちゃんなのに、それがない。ひのちゃん?と抱き上げてみると、…心拍が、異常に速い。それに不規則で、えっ、これって何!どうなってるの!

「ひのちゃん!ひのちゃん、ひのちゃん!ねえひのちゃんってば!!」

息がひゅーひゅー荒いし、どうしよう、あたし何かしちゃったのかな、なんでかな、どうしようどうしよう!頭の中でどうしようっていう気持ちの塊だけがもやもやぐるぐる循環しちゃって、周りの人のどよめきも耳に入らなくて、名前を呼ぶことしかできなくて。そこにやってきた、冷たい声だけがあたしの耳にキィンと入ってくる。

「…おい、そのマグマラシがどうしたんだ」

「うえええ漣さん!どうしよ、ひのちゃんがおかしいよおお、どうしよう!!ひのちゃんが!!」

「落ち着け馬鹿、ちょっと貸せ!」

どうしよう、どうしようどうしよう!そんな気持ちもやっぱり塊のままで口元に出てきてしまうから、結局全部あああだのうううだの、ただの母音にしかならない。両手に伝わるひのちゃんの脈拍とあたしの脈拍は繋がってるんじゃないかと思うほどに加速していってて、その事実がまた焦りと不安を助長させていて。そんなところにやってきた漣さんはひょいとあたしの腕の中からひのちゃんを奪い取り片手で抱いた。そしてしばらくひのちゃんに顔を近づけ観察した後、あたしの手を突然握り引っ張って歩き出した。

「え、え、どこ行くの漣さ…っ!」

「ジョーイさんのところに決まってんだろ!不整脈起こしてんだから急患で診てもらうぞ」

「……!あああそうだよ、ジョーイさんのところ…!」

振り返りもしないでそう言った漣さんの背中を追いかけながらはっとした。そうだ、あたしそんな当たり前のこともすっ飛んでた…!ひのちゃんは、あたしのポケモンだから、あたしがしっかりしなきゃいけないのに。あたし、トレーナー失格だ。混乱が収まっていくと、今度は罪悪感が代わりにこみ上げてきて、心臓がズキズキと痛み出す。

ふと見れば、いつの間にか大好きな彼と手を繋いで歩くなんて夢のようなシチュエーションなのに、その温度すらも何も感じることが出来なかった。俯いて、惨めさに喘いでいた。

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