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 発熱したパウリーの看病に不本意ではあったけれど連れてこられて今に至る。少し前にあった件でパウリーと顔合わす事の気まずさがあった。私と顔を合わせたくないと言われてしまえば、私だって一人の血の通った人間でもあるため多少なりとも傷付く話であった。熱にうなされつつも先程謝ってもらえた事で、一応可愛い言葉で言えば仲直りが出来たとも言えるのではないでしょうか。
 ベットの上に腰掛けたまま、仲直りとなった流れを思い出すと少し笑ってしまった。ふて寝かというように背中を向けてくるパウリーにかかる薄い掛け布団は緩やかな起伏を描いている。そんな布団の塊に対して、ゆるい世間話をすれば言葉では素直に返ってくる事で距離感をはかった。

「ね、パウリー。…この前のイワシのやつ食べた?」
「…食べた、美味かった」
「そっか、良かった」
「なんで、その知ってた?」
「ん?それは食堂で働いていたときに毎度頼んでくるから覚えました」
「そうだったかァ?」
「そうだったよ。私が初めて調理したやつをパウリーいつもと違うって言ってくれたんだよね」
「はぁ!?おれァ、ンなこと…」 
「言ったんです〜。批判って覚えてるもんでしょ。ガレーラさんにも失礼な方いるんだなぁって」

 私の意地悪く笑いながら発した言葉は、どうやら予想外の言葉だったらしい。背中を向けていたパウリーが、ガバッと布団を剥いでコチラを見てきて思わず笑ってしまう。気まずそうに汗で少しべたついていそうな頭をガシガシかいていて、それは痛いでしょうと笑った。パウリーは口がひん曲がりそうになりながら重々しく開いた。

「…いつものより好きだった、あー…好みなだっただけだ」

 真面目な顔して言ったかと思えば、だからおれは悪くねェぞ!?となぜか怒りはじめてしまった。私としては突然のリップサービスを投げられた気持ちである。パウリーの好物であろうイワシの酢漬けはこの島の一般的な家庭料理である。当然のように家庭や人によって調理法含めて味は少しずつ違ってくる。お手軽な食堂であるからこそ、結構作る者によっても多少かわる。店にしたらそれも味だからと特別に伝統とか拘りもない食堂であった。だからこそそういう感想であれば嬉しい、いや、そりゃもっと好みの味を作る人もいるだけろうけれどもだ。嬉しいけれど、そう言われてしまうと何か今日も作ってしまったことがどこか恥ずかしくなってしまったのだった。






「たのもーー!」
「お、おい!いきなり開けるな」

 夕刻を過ぎた頃であった。太陽はすっかり海の果てに沈み込んで外は暗闇に覆われていた。数時間前の夕方は布団にくるまったパウリーと世間話をしていた、仕事の話やらこの前作ったパウリーの好物の話やら、アイスバーグさんのことなど、邪魔にならないようにと静かに話をしていたら、その会話を子守唄にしたのかまた寝てしまった。そして起きてやや寝ぼけ塩梅なパウリーにリゾットやスープなどの食事を作ってある事を伝えれば食べたいと言う事で、食事を提供していた。熱だけのせいか、もしくは図太い、いや逞しいパウリーだからか、熱が下がれば比較的元気そうであった。顔だかを洗い、ワリィワリィとサッパリした笑顔を浮かべる姿に少しホッとしたのだ。
 そんな食事中に盛大に扉が開いた。その勢いにビックリして二人でそちらに顔を向ける。見慣れてはいる二人がそこにいて、モグモグとそして淡々と食べているパウリーが一言返事をした。私は調理器具を洗っていたわけだけれど、それを一時中断した。

「あ、お二人ともお仕事終わりな感じです?」
「そうじゃな。が、残念じゃ。一気に疲れが出てきたわい」
「おれ達の勝ちだな。信じてたぞパウリー」
「わしとルッチが負けよるとはのぉ」

 扉が開いたと同時にあからさまに残念がるカクに、ルルさんは安堵の表情を浮かべていた。ルッチさんは午前に看病した分の残業だと聞いた。二人で何やら話しているけれど私達には全く話が伝わってこない。もしやパウリーには伝わっているのかと少しの目配せをしたが、怪訝そうな目つきをしていて、何の話か見えてこないらしいのは同じであった。

「おうおう随分と美味そうなもん食べてるのぉ」
「…まぁな」

 そんな事ねェとか揶揄い言葉に買い言葉のように叫ぶのかと思った。予想に反して意外と素直な言葉に驚いた。何かを言われても作った者が同じ部屋にいるのだから必然的に肯定した方が良いというのはパウリーも分かっているようであった。しかし意外だったらしくカクが丸い目を更に丸くしていた。

「ごめんなさい、さすがに二人の分までは予想してなくて」
「いや突然ですまない。こちらが勝手に顔出しただけだならな」

 ルルさんが気にする事ないと私を気遣ってくれるし、カクもうんうんと続いた。カクに困った事はなかったかと言われ、看病しろとルッチさんにいきなり連れてこられた事以外はないと笑った。洗い物も終わり水道の水を止めて、結んでいた髪ゴムをとれば、癖のついた髪が肩にかかった。

「ルッチからの情報でオッズが傾いて焦ったぞ」
「勝ち確な筈がのぉ…見損なったぞパウリー」
「何の話だ?一体」

 コップの水を喉仏が上下し、ゴクっと飲み干したと同時にパウリーが今まで溜まっていたモヤつきを晴らすために言葉を発した。

「おぬしらが情事をしたかどうかで賭けてたんじゃ」
「はぁぁぁ!?」
「え、」
「ホラな、おれ達の勝ちだ。が、カクが勢いよくドアを開けるのには信じていたが少しビビるもんだな」
「ったく、ヘタれおって…」

 うんうんと頷く勝ったらしいルルさんに、多少呆れているカクが目の前にいて、当然パウリーは真っ赤で口を魚の様にパクパクしたまま声を失っている。私は予想外の発言にその瞬間は戸惑ったけれど、それ以上に戸惑っている男のせいで笑ってしまった。カクだけでここに来ては判断が公平に出来んからな、と寝癖のようなツノを他の方向に生えさせつつ冷静にルルさんが話している。

「ッ、そ、そんなんじゃねェって、おれァ何度もよォ!言っただろうが!」
「痴話喧嘩だと、ルッチがナマエから聞いたと言っていた。コレで一気にヤる方に賭けた奴らがな…」
「おまえ…」
「まって、私そんな事言ってないの!ルッチさんにはその顔合わすのちょっと気まずいな〜みたいな感じに言っただけで」
「つーか、一体何人でやってやがンだァ!?」
「アイスバーグさんじゃろ?あとカリファに…あとは10人ほどか?面白がってなぁ」

 真っ赤な顔して私と二人を交互に見るパウリー。最後に何故か私を睨むパウリーに、手を振って悪くないとアピールをした。そしてパウリーの発熱はどれだけドック内を賑わせたのだろうか。そんな賑わせたパウリーには賭けた彼らを是非とも睨んでいただきたいところである。カクはカクで、仲直りセックスは定番じゃろだのどうたらこうたら言っているし、確実に熱を出した男のいる部屋ではない事は確かだ。理性さを欠いたこの空間は、まるで酒場にでもいる様な印象すらしてくる。そういえば最近酒場にも行っていないことを思いだした。だからこそムクムクと湧き上がる悪戯心も顔を出し始めてしまうところである。

「あぁ、そういえばしたような気も…?」
「ッおまえな!」

 酔ってもないけれど、浮ついてしまい含み笑いをしつつ一言もらせば、パウリーの赤面もいいところであった。やっぱりヤッたのか!?と即座に下世話な煽りを入れてくる男もいる。ギリギリで言葉を発して、女がンなハレンチな事言うんじゃねェ、つーかそもそも手ェ出してねェと指差して叫び始める男に笑ってしまう。涙が目尻に溜まった気がして指で拭った。

「次はナマエも賭けるか?」
「ふふ、じゃそうさせていただこうかなぁ」
「それは手強そうじゃのぉ」
「何でおまえが賭けンだ」

 喉を鳴らしながら冗談にのれば、呆れた様にテーブルに項垂れるパウリーがいる。見方によれば、所持金を全額やらかしたパウリーにも見える姿であった。盛大にため息をついて、もうお前ら帰れと虫を追い払う様な手つきをする。それにも関わらず、一拍置いてから一応コイツ送ってやってくれと私を親指で指示するように指差した。それにカクが、愛されてるのぉナマエと揶揄する為にまたパウリーが否定の言葉を発して、それを笑うの一連のパターンだ。

「悪かったのぉ、いきなり」
「本当どの顔して…、でももう良いよ」
「さ、送ってやるわい」
「そうだな、おれはブルーノのとこにでも行くか」

 それでも仕事終わりの一日の疲れであったり、やりきった感がどことなく漂う人達が、それを酒で労わるぞとばかりにパウリーの家を出ようとする。もしかしたらカクも送ってくれた後に合流するのかもしれない。だからそんなに夜遅くもないから良いと断ったのだけれど、それを更に断られてしまった。これ以上の押し問答は変な意地の張り合いだと思い、ならお言葉に甘えてと鞄を手にする。

「あ、まって。パウリーさ、この前と同じもの作ってあるからね」
「おお」
「冷蔵庫に入れてあるからね、いつでも…。あと洗濯したものは畳んでおいたし、使ったタオルはあっちにまとめてあるから…」
「あぁ分かった」
「じゃ、お大事にね」

 私達が帰る事に安心でもしたのか、出してあった残りのリゾットを一口食べ始めたパウリーにアレコレと伝えたかった用件を告げていく。ただそれだけだった。パウリーの方から扉の方、佇む二人の方へと向き直った時にやたら突き刺さる視線が痛かった。

「え、何」
「…こりゃカク達の勝ちにも等しいんじゃないか?」
「そうじゃろ?わしらの勝ちじゃ」
「これは判断に迷うな」

 ニッと笑うカクがルルさんを肘で突いた。そこで思い出した事があってまたパウリーの方に振り返る。

「そうだ、あと」
「なんだ?」

 パウリーの側に近づき、耳に両手で筒を作る様にして、この部屋にいる他の二人に聞こえないようにする。何を言われるか予想もついていないらしく、私が近付くだけで警戒さが滲み出ていた。一応言われた要望は反故にしてしまったなぁと感じたからでもあるし、あとはちょっとした仕返しの続きに近い。仕返しというか先ほどの酒場のような悪戯である。パウリーの反応が予想出来はするけれど、あえて言おうとするあたり私も意地が悪い。耳元に向かって出来る限り潜めた声を選択をした。

「"朝まで"はまた今度ね」
「ッ」
「ということで合鍵はもらっていきまぁす」

 熱を出したパウリーがベットの上でフラついている時に消える様に口にした事だから忘れてるのだと思った。熱を出したときにうなされるように、朝まで居てくれと言われたことは何時間前の事だろうか。しかしこの反応を見るに覚えていた様であるし、まさか掘り返されるとは思っていなかったのか急速に顔を赤く出来るパウリーが手で顔を覆った。予想通りの反応に満足して笑った。

「…随分とやらしいのぉ」
「あぁ、けしからんな。破廉恥だ」
「したかどうかで賭けてた方々が言う台詞じゃないですって。ちょっと揶揄っただけです」
「いやいや今のは一発ヤったやつらの距離じゃ」
「だぁから、してません」

 失礼な、と手で二人を促すように、ほら帰りましょうと煽った。数時間以来に外に出れば、当たり前に高かった雲もなく昼間の暖かさはなくなっていた。近くの部屋からはどこか家族だろうか、そのような多数の笑い声も聞こえてくる。夜開いている店は今夜も活気がありそうであった。そんなパウリーの家からの帰りがけに、どう考えてもおまえ達はいちゃついているし、夫婦感を出すな恥ずかしいと主張してくるガレーラの二人に、友人関係だってこのくらいでしょうと反論する羽目になってしまった。

「…パウリーは多分こうして話せる関係なら、他の女の人でも同じ対応するだろうし。ハレンチやなんだって反応するよ」

 やれやれと、呆れたように発したつもりが、夜道に響いてやたら強調された気がした。何か気まずくなって鞄を持つ手に力が入り、そして数歩先を歩く二人の靴を睨んだ。そんな私の呟きに目配せだかをした背の高い二人。

「そう落ち込むな」
「あぁ、おまえさんが裸で抱きつけば簡単に攻略じゃ」
「いや、なんでそうなるの」

 目の前に出されたカクのサムズアップをへし折りたくなる。そもそも落ち込んでないし、どう言う解釈をしたのだとムッと口を尖らせた。そんな私を盛大に笑い、賭けは保留にしといてやるわい、と言うカクにもう会えなくなる事は当然ながら知る由もなかったのだ。