15
それは突然であった。貸しブル屋の店主が、とってもお金を持ってそうな観光客にふっかけたんだけどダメだったよと笑っていた日であった。持っていたのがすごい財宝だったんだよ、つい欲しくなっちゃったよ〜とどこか下衆さを滲ませるセリフに何してんですか、ふっかけるならもう少しギリにしないとですねと笑いながら冗談を言った。
噂というのか、それもガレーラカンパニーの事というものはこの島でも一瞬で広がるものである。造船島にある貸しブル屋へ移動している最中には、住民達が一番ドックで海賊が暴れているとの情報で野次馬のごとく一番ドックに向かっていった。海賊と支払い云々で揉める事はよくある事だとパウリーなどから聞いているので同じ事だと思った。支払い云々で〜、の話を聞いた時にはパウリーがそう言っちゃうの?とつい笑ってしまった。そこら辺の海賊であれば何とか出来てしまうのがガレーラカンパニーである。そんな騒がしい事も日常茶飯事だ。しかし次の日の朝、目が覚めた時にはこの島誰でも知っている市長のアイスバーグさんのニュースで持ちきりとなっていた。
「ナマエちゃん、みたかい?」
「はい、大変なことになりましたね…」
一体どこの誰がと明るい店主すらどこか沈んでいた。私だって当然馴染みがある、直接話したことはないけれど何度も生で見かけたことはあった。メディアにも登場するし、そもそもトムズワーカーズの方だ。海列車に憧れなんやかんやでここに住んでいる私にとって最も憧れる人でもある。そう思うと、連なって頭に浮かんでしまうのはガレーラカンパニーの方々であった。アイスバーグさんを深く尊敬、信頼しているパウリーは…と思うと、簡単にこの騒動が落ち着くわけがないのは理解出来た。
強い南風であるカロックが吹き抜ける、同時にウォーターセブン全域にアクアラグナの警戒警報が鳴り響いた。噂によるとかつてない大きさになるとの事である。こんな最中に大変なことになったなぁと感じつつ作業をしていたら、貸しブル屋の店長が私を早めの帰宅を促してくれた。私の家も当然沈む予定である。荷物を取りにそんな家に帰れば、面倒をよく見てくれる近所の人が鉄戸をはめるから早く荷物もって避難所に行きなと促してくれた。数年こうして周りの方々と支え合いながら生活しているからこそ、簡単に引越は考えられないのだ。
「どうしよう…ね、ヤガラちゃん」
私の呟きに小さい鳴き声で返すヤガラはスイスイと泳いでとある区画まで勝手に連れて行ってくれた。なんで考えていることがバレているのかと思うけれど声にしたところで何も意味を成さない。鞄の中から取り出した合鍵、いったりきたりするこの合鍵を使うかどうかを考える。合鍵の持ち主であるパウリーを思うと、今は呑気に避難どころの話ではない事態であろう事は想像つく。どうにもこうにも嫌な胸騒ぎしかしない。号外とばかりに配られた手配書であったり、今夜ガレーラカンパニーはかなりの警備を行うとのことであったり情報が錯綜していた。おそらくこの件が解決するまではパウリーは家にも帰れないだろう事は確かだ、ならば以前パウリーにかけられた"アクアラグナの時は避難所として使っていい"という言葉に甘える事にしたのだった。
パウリーの家のキッチンスペースに間借りして、朝起きた時にももちろん家主は帰ってきてはいなかった。そして私の寝ている間に重大な出来事がたくさん起きていたらしい。色々な事件のあらまし含めだけれど、とりあえず私の昨日まで住んでいた場所は半壊していた。とんでもない規模のアクアラグナだったらしい。街全体を覆うような勢いであった、私の家含めて全てを蹴散らしていった自然災害を前にしたら、もはや笑えてくるレベルである。そして数日にしてこの島の英雄になった一味の記事を読みつつ、帰らない部屋の主のいつも座っているだろう椅子で淹れたコーヒーを飲んだ。
「ロープのやつと仲良いのか?」
「え…」
その日、貸しブル屋でせっせとブルを用意していた。ふと私の足元にいるピンク色した帽子と青いTシャツを着たトナカイのような子が発した言葉に手が止まった。可愛い、とても愛らしい生き物が少し顔を傾げてくる。造船島内の貸しブル屋二号店は、アクアラグナによってまだ開けない一号店の代わりである。ヤガラブルがないとこの島では動きが取りにくい、必要な仕事であるからこそお金とらないとねとニッコリ店長はよく言っていた。ロープの、というワードで思い出すのはパウリーであろう。あの夜から帰れなくなったパウリーを考えるとしょうがないというのは理解出来た。一度遠目で見かけたパウリーは、アクアラグナによって破壊された裏町の修復に奔走している姿であった。驚いたのは女性の歓声が混じっていた事だ、そういう役目は秀麗さ含む寡黙なルッチさんとか愛嬌あるカクだったりの仕事だったはずだ。でもまぁ、ガレーラカンパニーであるしと思っていたのだ。
「仲良い…のかな?」
「そうだ、ガレーラの男と同じ匂いがするぞ」
「え…」
ガレーラカンパニーのロゴが入ったTシャツを着ているトナカイくんは、にこやかにそんな事を言い放つ。スラリと横に立つ同じくロゴ入りTシャツの黒髪の美人さんが寄り添い微笑んでいた。匂いと言われて、肩のあたりを嗅いでみたけれど決してそんな匂いなどしないはずと小さいトナカイくんと同じように少し首を傾げた。
「よくは分からないけど…仲良いかもしれない」
どこか見透かされるような感覚になりつつも純粋な目に観念して素直に答えれば、そうなのか〜とニコニコするトナカイくんと黒髪美人さんは全てを分かったかのような微笑みであった。そんな二人にヤガラブルを借し出して手を振って送り出す。その二人が例の事件の関係者というのを後々パウリーが持って帰った手配書で知ることになるのだった。けれどもそんな事もすっかり忘れてしまうくらいにその日は繁盛したのだった。
パウリーはというと自宅になんか帰らない。知ってた、知っていましたとも。アクアラグナが過ぎ去って、麦わらの方々の船を手伝っている事も知った。廃船島の方にも見に行けば、遠目でもひたむきに作業に取り組んでいる男性達の姿が見受けられた。そういう男だ、知っていると口角が上がる。トムズワーカーズのお二人に感動してしまう私はミーハーの一人であろう。造船島のほうからあの作業場までのこの距離が遠過ぎる。やはり私は一市民であることを再認識したのだった。パウリーと一応仲はいいだろうがやはり遠過ぎるのだ。あのトナカイくんには否定しなければならなかったんだと思ってしまった。
アクアラグナ以来の休日を造船島の方から忙しなく働く男達を遠目から眺めていればあっという間に時間が経っていく。
「パウリーに声かけなくていいわいな?」
「え、パウリー限定?」
「ナマエはそうだわいな」
「いやいや、私はフランキーさんやアイスバーグさんのファンですよ」
モズとキウイの二人が作業場に居たのも把握していた。昼ご飯含めてアレコレと席を外す事だってあるので気にもしていなかった。ふと気付けばいつの間にか私の背後にいた二人が私のサイドを囲んだ。見つかっていた事に苦笑いしつつ、二人とも目が良いねと言えば、ここで眺めている私の方が良いと返された。
「今日は休みだったわいな?」
「そう、久しぶりの休みで、ちょっと暇だったから」
「の割に熱い視線だわいな」
「ふふ、そうかもね〜。皆カッコいいね」
そう、アニキは最高だわいな!と誇らしげな二人に微笑んでしまう。いつもは粗暴なフランキーがひたむきに作業に取り組んでいる姿は初めて見る姿であった。
「ハレンチ男もわいな?」
「そうだね。……うん、パウリーもカッコいい」
「それ本人に言えばいいわいな」
「あはは、それは言ってあげない。でも普段見られない姿だから凄く楽しい」
揶揄わないでと笑えば、ため息を私のサイドで吐いたモズとキウイ。彼女らからもっと近くに行って見てればいいとの提案をされてしまう。でもそれは違うと首をふる、何しろ私の存在などあまりにも邪魔でしかない。そう思う気持ちが顔に出ていたのかどうか、二人はそれ以上を言わなかった。
「ねぇ、でもなんでパウリーは…あんなに怪我してるの?」
サイドを囲んでくれる二人の肌にもあまり目立ちはしないけれど小さい新しい傷が多い気がした。そして遠目からでもパウリーが包帯を巻いているのが分かった。アイスバーグさんの事は襲撃を受けたからと思えばまだ理解できた。それでも今こうして黙々と作業しているのも不思議な感じはするけれどもだ。会話のテンポが良かった筈のモズとキウイ、私の質問で歯切れが悪くなってしまった。何かを言い淀んでいる事を察してしまう。そしてこの前見かけたフランキー一家の面々もぼろぼろであった事も思い出した。
「それは…」
「モズ」
「ごめん、聞かなかった事でいい」
二人の間の僅かなやり取りで、それはこの二人に聞いてはいけないのだと知った。景気のいい音が廃船島から響いて聞こえる中、一瞬それが止まったような空気の重さがあった。もどかしくても私が踏み込んではいけないという事を知った。所詮私の存在なんてそんなものである。私が抱いただろう疎外感や無力感は当然二人にも伝わったらしい。何も言わなくなった二人に、差し入れの買い物帰りでしょう?と促した。
「言えない訳じゃないわいな」
「うん、聞くならパウリーにする」
「そうするわいな」
一度も自宅に帰らないパウリーを見れば、そんな所の話ではないのは分かる。同じ場所に辿り着きたいとも思うけれど、それはお門違いという話だ。ただ今はどうか好天続きでありますようにと願いながら、時々白波寄せる海を背景に作業を続ける男たちを眺め続けた。