16
フランキー含めた麦わらの一味がこのウォーターセブンを無事に出航した。随分とまぁ派手な出航であり、文字通りに飛んでいった形であった。あいつららしい騒がしい出航だ。トムズワーカーズに加わるように作業をした日々であった。ルルがいい仕事をしたと言う麦わら達の船作りは怒涛の日程であった、しかしながら疲労感よりもやりきった満足感の方が強い。
葉巻を新しいものにし、心機一転かのように裏町の被害状況及び改修状況を確認しつつ一番ドックに向かう。ふと何か忘れている気がしたが気のせいだろう。僅かな淀みに足を止めることなく、改修に明け暮れる数日。本社で仮眠して食堂で腹を満たして作業しての繰り返しであった。裏町に出れば追いかけられる時もあり舌打ちと共に一番ドックに居座った。そうして何かに明け暮れていないといけない気がした。この五年の意味は、とか過去を時折振り返っては葉巻の減りが早くなるばかりであった。
「職長…、もうそろそろ一度帰られては?」
「…そうだな」
勤務続きですよとさすがに心配し始める社員からの言葉に促されて自宅への帰宅を考えた。日が暮れてから最低限の荷物のみを持って久しぶりの方向へ足を進ませ、そしてヤガラブルにのる。閑散としつつある街中、そして途中にあるブルーノがやっていた行きつけの酒場はクローズの小さい看板が斜めにかかったまま風で揺られたか裏返っていた。そりゃそうだと思いながら、それ以上何を思うわけもなく通り過ぎた。
「はぁ…」
最低限の鞄を背負いつつ、息を吸うように何も考えずに鍵を開けた。そして目の前にいた予想外であった人物に後ずさった。
「ッ、ナマエ…」
「あ、おかえり…?」
「なんつー格好してんだてめェは!!」
太ももが全開に見える短パンなんだかショートパンツだかを着用するタンクトップ姿の女がいた。シャワー後なのか、首にかけた色褪せた青いような水色のタオルに半乾きの髪が下りている。一気に疲れと眠気を感じていた頭が沸いた。回転し始める頭を整理しても、結論は一緒である。アクアラグナの時は避難所として使って良いとはおれが言い出した事だと思い出した。そしてこの島の今の現状、ナマエの住むところは半壊していてまだ復興までガレーラカンパニーが請けおってはいるがあと半月くらいはかかる見通しだと夕刻の報告会議で会話した内容であった。向こうからしても、突然のおれの帰宅なのであろう事に目を丸くしていた。服装やらはそのせいな事も察した。
そしてそれからが思いもよらない事であった。目を丸くしていたかと思えば、ギュッと目を瞑り、次開いた時にはその目に涙があった。
「ッ、なん、な…」
「ぅ…心配したぁぁ…」
「わ、悪かった!!っだから泣くな!つーかなんであんたが泣くんだよ」
「知らないよ…、勝手に…」
落とした手荷物、ナマエの前に立つが何も出来ずに戸惑う事しか出来ない。身長差的にこの角度は色々とまずいなと思う頭を振った。うっ、と何故か涙する姿を前にどうしたら良いかと考えつつも何も浮かぶ事はない。無理だ、なんでこいつが泣いてんのかわからねェ…と途方に暮れる。ただこの泣かれる姿だけはどうにもこうにも胸が騒がしくなる。
「おら、」
「ぅ…」
何も手にしていなかった自分、紺色の上着の袖で目元を拭えばそこは色が濃くなった。
「うぅ…ぎだない…ぃ」
「オイ…。なら、泣きやんでくれ」
辛辣な言い草であった。そしてそうか、こうすりゃ良かったのかと、ナマエの肩にかかっている褪せたタオルの端を握らせた。うっ、と詰まりながらもそれで目元を押さえている。露わになる白い首元や肩口を見ていられずに、脱いだ紺色の上着を背中に回して羽織らせた。おれが着ている分は何の重さも感じないような上着も、目元をタオルで拭う女が羽織れば重量感がありそうである。
「…ちょっとまって、本当すごい怪我」
「…まぁちょっとな」
「いやちょっとではないでしょ…」
目を何度か瞬きをした先は、おれの胸元でヨレた包帯が目にとまっている。確かにズタボロではあり、ちょっとではねェなと、言ったそばから頭の中では訂正を入れた。ただ理由を事細かに話そうとすればカクやルッチ含めのアレコレを説明しなければならない。その上にエニエスロビーで人生の思い出を振り返ってくるくらいに散々やらかしてきた事を今更に伝えて何になるのか。ようやく涙が止まってきたその姿に、カクやルッチだかのことなど言えるわけもない。なんつーか、世の中っつーもんは上手くいかねェもんだ。どこまでが本当で、仲間で、何を信じたらいいのかと頭を過ぎる事もある。結局物事は嘘に塗れているのかもしれない。もし聞かれた時には、また里帰りと嘘を吐くのだろう。そしてその答えを嘘だと分かっていながら、目の前のやつは信じてくれる女だと分かっている。何つーか、それって。一瞬浮かんだ熱が帯びそうな思いに蓋をすればそのまま消失していった。
「ッいてェ!」
「あ…やっぱ?」
包帯の上から触られた傷口は、多少の痛みという感覚はある。しかし声をあげるほど痛いほどでもねェし、こうして触られたところでヒリつくような程度である。ただ以前自身が言った言葉では、ペタペタと触る手を止められなく仕方なしで痛みを訴えれば、ごめんと苦笑いと共に引いていく手に少し胸を撫で下ろした。そして撫で下ろしたのは一瞬であった。
「でも良かった…パウリーが無事で」
「あぁ、心配かけたようで悪かったな」
「本当色々ね…心配した…。うん私もそうだね、このお金の請求先なくなるかと色々心配になっちゃった」
先程まで泣いていたせいか少しだけ目の赤い状態で、机の上に手を伸ばしたかと思えば、目の前に出されたのはおれにとっては見慣れた用紙であった。その用紙越しに、ふふ、と控えめにしつつ笑う姿が目の前にある。
「げ…」
「はい、滞納分含め払っておいたから。お高い避難所でした」
「あーーー…、いやそのだな」
汚い上着を羽織りつつ、いい笑顔を浮かべている。薄紅色の唇は、おれの反応を見るかのような口角の上げ方をしている。突き出されたのは、家賃の請求書と滞納分の用紙であった。アクアラグナの日から今は何日目だろうかと思っても二週間以上は経過していた。血の気が引くとはこういう事を言うのだろう
「ッ、ワリィ!!!」
「ふふ…、何十万ベリーかなぁ。お陰で私の手持ちなんてゼロに等しいよ」
「…返す」
「へ〜って思っちゃった。パウリーってこうして女連れ込んでは避難所と提供しては払わせてたんだなぁって」
「ち、ちげェって」
領収書含めて紙を丸めて口元に当てて、どこか得意気にニヤつく姿に唇を噛んだ。上目遣いの悪戯な目線から目が逸らせない、けれどその姿に何も文句を言えることはない。おれの反応に満足してそうな感じはある。そして期待通りな反応をしているだろうことは確かだ。
「っ、明日にでもよ」
「利子つけないで待っていてあげるので普通に返してください」
「…い、いつになるかわかんねェぞ」
「はいはい」
おれが言う言葉を半分聞き流しながら、この話は終わりねとアッサリと解放する。お疲れ様なパウリーをこれ以上責めたら可哀想だしねと、放り出された領収書は机の上に散らばった。同情めいた言葉をかけられつつ、おれも今更ながらにゴーグルを外せば、シャワー浴びてきたら?という言葉がかかり、ここは素直に従っていた方がいいと頷きつつまた謝罪をした。
「あ、スープとかいる?温めれば出せるけど」
「…もらいてェ」
「うん」
もう何も気にしていないとばかりにあっさりである。そしてすげぇ世話焼かれている。脳内をまっさらしたいと入ったシャワールーム。数週間ぶりな自宅でのシャワーはすげぇ落ち着かないが仕方がない。
身体の表面を撫でたお湯は多少濁っていた、浴びている時間に比例するように徐々に透明になっていく。染みる傷口が気になるところではある、がそれよりもこのシャワールームがどこか甘い香りが身体のナニかに訴えてくる。数週間男くせぇようなところにいた訳で、比較してしまうとどうにでもダメだ、あまりにもかけ離れた香りでしかなかく、悶々としてくる中の熱いシャワーであった。
「サッパリしました?」
「…ああ」
バスルームから出れば、角で姿は見えないけれどかけられた穏やかな声に返事をする。湿度が高いシャワールームから比べるとそこを出るだけで冷静になれた気がした。そして自室に入ればどことなく片付いていた。
「あー、ごめん。本当に申し訳ないんだけどあまりにパウリーが帰らなかったから布団だけは一度干しちゃいました」
「ああ、悪いな」
「あと包帯も出しあるから、一人で巻けないなら言ってね」
キッチンスペースからの方から聞こえる声はまるでおれの感想に対して答えるような台詞であった。帰ってからとかでなく帰る前から世話され通しだ。それもこちらのあれこれに関わらない最低ラインで留めてくれる有り難さがある。触れてこない距離感に感謝しつつ、キッチンに行けば軽食が準備されていた。そして露出が高かった先程の服は、薄着の長袖とパンツ姿になっていた。そして長袖を何回か捲ったナマエは手を洗っていた。以前からそうだが、決しておれがそう着替えろと言ったわけではない、こいつが勝手に着替えているだけである。見慣れたテーブルに並べられた野菜だかがゴロゴロ入ったスープに、酒のアテになりそうな一品がいくつか並べられていた。
「あ、良いよ。食べて」
「すげェな」
「ん?すごくないよ。全部作り置き、今はただ並べただけです」
パウリーが帰らなかったら明日か明後日にも私が食べてただけだから、あと何か主食も食べたかったらパンあるからと背後から付け足してくる。そして読みかけの本を手にしてきて、テーブルを挟んだ向こうの椅子に座る。食べようとするこちらの方から90度違う方向に座り、膝掛けをかけている。そしてテーブルの上にある冷めていそうなコーヒーに最後の一口をつける姿がある。
「ん?スープにきのこのソテー、水水鶏とブロッコリーのあえ物、あとはマリネね。苦手なのあったら残して良いよ」
「いや全部くう」
その流れるような姿を眺めていた事に気付かれたのかどうか、コチラを見て料理の説明を付け加える唇はよく動く。残したら私が食べるのでと朗らかに言いつつ髪を耳にかける姿に感謝を伝えた。料理をそこまでする訳じゃねェからよく分からない、手間じゃないかと言えば、作る時は作るだけだという。
「あとは今外で食べられるほどにお金の余裕が」
「うっ、」
「っていう事です」
読んでいる本から顔を上げてこちらに向いた顔はどこかしてやったりな顔をしていた。自分で話を振りつつ嫌な話のオチに辿り着かせてしまったと多少の後悔だ。そして連なって思い出したのはブルーノの酒場へのツケだ。あれはチャラで良いよなァと下卑た考えも頭に浮かんだのだった。ナマエによって用意された料理は酒のアテになりそうなものばかりで、家にあった酒を出してくれば、私にもと求める声に応えた。
「ホラよ」
「ん、ありがとう」
酒飲んで本を読めるのかよという半分揶揄に近い言葉に対して何の問題もないと笑う姿がある。胃に入る温かいスープ、味が染み込んだマリネ含めて全て美味い。身体に染み渡るアルコール含めて、口に合うおかずも全て肌に染みるような懐かしさすら感じた。目の前の何の事情も知らない女の横顔を前にして、数週間ぶりに何か平穏さを感じる一瞬。ようやく全てが終わった気がしたのだった。