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突然の解雇ってあるのだろうか。しかも解雇と同時に働き場所が用意されるという状態。何しろ私はいきなりガレーラカンパニーに雇われるらしい。上の二人はお互い和やかな握手をしているけれど、私の意思は…という話である。貸しブル屋の店主はにこやかに背の高いアイスバーグさんと握手をしている。
どうしてこうなったのかと思い出しても突然であった。住んでいる裏町の方から貸しブル屋に出勤した。そこにいたのがアイスバーグさん達であった。アイスバーグさんはパウリーが心酔する人であり、海列車に憧れここに住んでいる私からしても尊敬する人だ。そしてようやくと言えばいいのかどうか、襲撃された事件が一応片付いて、お元気そうな顔をメディアで見かけていたのだった。まさか直々に人事に動くとも思わないけれど、まぁアイスバーグさんであるしの一言で納得出来る気がした。
「ンマー、よろしく頼む」
「…はい、よろしくお願いします。でも申し訳ないのですが、私食堂、貸しブル屋の経緯で働いてまして、事務経験はここの店くらいで…」
「頼みたいのはパウリーの方にあるんだ。あとサプライズ人事という事をやってみたかった」
「いや、そんな簡単に…」
好き勝手なと思うけれど、綺麗に髪を整えたアイスバーグさんの隣に控えるのは噂のメガネをかけた十歳の秘書の子であった。そしてその子から聞こえないようにか、私の耳元に口を寄せるアイスバーグさんの密める声に耳を傾けた。
「さすがに…借金云々含め、葉巻吸う大人の事は全面で任せられねェだろう」
「…確かにそうですね…」
憧れる人から囁かれる内容は色気とは程遠い。そんな私の耳元からスッと身体を起こして、そういうことだと告げるアイスバーグさん。あとは今大工達が中途半端に行う事になっている物品、倉庫管理も手伝ってもらいたいというおそらくメインになりそうな仕事内容に頷くことになったのだ。しかしパウリーの事務員のような事を頼まれる理由としては納得な理由だと思う。パウリーが仕事を出来る事は知っている、だからこそ若くして職長な訳である。しかしそれ以外は、葉巻、酒、ギャンブル、借金まみれな男であり、いくら有能な秘書であれ十歳の子にはあまり関わらせてはいけない男である。うん、想像するだけでも避けてあげたい、見せたくない大人の典型的な姿な気がした。子どもうんぬんどころか女性的にもアウトな人物像である。それにも関わらず最近人気が鰻登りであるのが少々納得出来ないところだ。そしてアイスバーグ社長直々の引き抜きならばと、よろしくお願いしますとアイスバーグさん含めて可愛らしい秘書さんに頭を下げたのだった。
嵐のように過ぎ去っていた方々が見えなくなってよろよろと腰が抜けるようにへたり込んでしまった。そんな私の隣には、いやぁ、ウォーターセブン公認のお店になっちゃったよと大変上機嫌な店主がいる。そんな店主に私まだヤガラちゃん達に愛着あるんですけどと小言を伝えれば、そりゃいつでも顔出してくれて構わないよと笑顔で言われた。私と引き換えに公認店だけでなく他の部分まで契約したらしい。最後まで抜け目のない店主に、長い間お世話になりましたと伝えた。
「パウリーさんと仲良くするんだよ」
「それは大きなお世話です」
以前二人で出かけた時の次の日には、この店主にすらそれはデートだよねと言われた記憶が蘇る。男女の恋愛は楽しいネタなのであろうことは確かだ。パウリーといえば、ガレーラカンパニーさんの多大な働きにより、裏町は完全修復をはたして、一週間前には自宅である裏町に戻る事ができた。ようやくこれで元通りの生活を送り始めたところである。避難所とお借りしていたパウリー宅のキッチンスペースはもはや私のテリトリーであった。感謝の意味も込めて夜の食事の提供を行なった最後の一週間は、なんだかんだでパウリーは毎日自宅に戻ってきていた気がした。そしてそのパウリーは副社長に就任するらしい事を聞いたのが今先ほどである。今回の功績含めだと聞いているけれど、パウリーを副社長にして良いのかどうか若干の不安は感じてしまうところであった。そんな不安を察してか、パウリーにはまだ現場にも出向いてもらう予定だというアイスバーグさんにホッとしたのだった。
ガレーラカンパニーのロゴが印字してあるTシャツやワイシャツが手元にある。正直このサプライズ人事、ではなくドッキリ人事はどうなのかと思った。しかしいざ蓋を開ければガレーラカンパニーのTシャツなどを見ると嬉しくなってしまう私はミーハーであった。倉庫作業とか外向け用ですとアイスバーグさんの秘書の子の説明に何度も頷いた。
そんな今はパウリーの副社長就任の式典の最中である。社内のみだからとすぐ終わると言われ、私はこの部屋での待機命令が出されている。物品倉庫管理兼パウリーの事務員ならそんな大々的な話ではなく、少し安心しているけれど、いかんせんこの島最大の会社ガレーラカンパニーである。その上世界に対しては世界政府御用達の会社でもあるわけであり、やっていけるかどうかの不安しかなかった。そしてそうこうしているうちに式典だかは終わったらしく遠くで拍手やら声が聞こえてくる。窓の外を覗いても作業にあたろうと作業場に向かおうとする船大工達の姿が見えた。
「……で、どうしたんですかアイスバーグさん」
「ンマー…、おまえにも秘書というか手伝ってくれるような事務員も必要かと思ってだな」
「いやそこまでは…」
しばらくして廊下から聞こえてくる会話に心臓の鼓動が速くなる。今更少し考え始めるとパウリーの立場としたら事務員としてだとしても、知り合いを連れて来られるのって結構辛くない?なんて事に気付き始めた。そしてパウリーは私の上司になるわけだと思うと違和感しかない。そんな心の整理がつかないまま大きな扉が開いた。
「え」
見慣れないスーツを着ているパウリーがそこにはいた。そのどう考えても新調させられたスーツだろうがその新鮮な姿に目がいった。パウリーは何度かの瞬きで私を認識したのか、驚いて咥えていた葉巻をポトリと落として、その落とした先が手の甲であり当然熱かったらしく酷く取り乱していた。
「ンマー、という事だ。よろしく頼む」
パウリーは自身の肩を軽く叩くアイスバーグさんと私を何度も往復するように見比べていた。ドッキリ人事というならば大成功であろう。まだ頭の整理ができずに狼狽えがあからさまなパウリーに申し訳なさしか出てこない。けれどこうなった以上は、と姿勢を正した。
「至らぬ点等ありますがよろしくお願いします」
私もまぁまぁに大人である。しっかりと時と場所と場面は弁えないとならないであろう。改めて背筋を正して二人と隣にいる秘書の子に向かい深々と頭を下げた。アイスバーグさんの人事はネタか気まぐれかもしれないけれど、だからと言って面汚しになる事は避けたい。社会人経験って大事だ、そう思うと相手がパウリーで、先々週くらいは同じ部屋で毎晩共に夕飯を食べていたわけだったけれど、こうして頭を下げた瞬間に割り切る事が出来た気がした。顔を上げた先のパウリーは、眉を眉間に寄せた顔で葉巻を噛んでいる。その表情は戸惑いの方が多そうだと思った。意外にもアイスバーグさんまで驚いていて、もしかしたら私の印象って結構ラフな奴だと思われていたのかもしれなかった。
「…っ、よろしく頼む」
「はい」
一応パウリーが認めてくれた事によりサプライズ人事の成功に満足したとばかりにアイスバーグさんが何回か頷いていた。しかしアイスバーグさん、これはやはりサプライズ人事でなくてドッキリ人事ですと言い直しをした方がよさそうであった。この認識のズレはまずいだろう。眉をやや寄せたままであるパウリーは何故かスーツにもゴーグルをつけている、アンバランスだと思いつつもないと落ち着かないという事にしておこうと思った。
私には、施設の説明などがありますのでそちらにと秘書の子が促してくれた。二ヶ月近く前の例の件での火災で焼失した本社、新しく建てられたガレーラカンパニーの本社内を案内してもらえた。事務の方々にも優しく出迎えてもらい、各所の案内と挨拶含めてガレーラカンパニー内を回る事になった。総務に食堂に、医務室などと久しぶりにこんなにも頭を下げつつの握手をしたと思う。途中でお会いした顔見知りのルルさんやタイルストンさんも驚いてはいたけれど歓迎ムードであり胸を撫で下ろした。そして歳の近いだろう女性社員は、ぜひ今度女子会という名の歓迎会しましょう、どうしても女性社員は少ないのでそうやって集まったりしているんですよと嬉しい事まで言ってくれるのだった。
数時間後に戻った小さめの事務室は半分副社長室になりそうな感じである。副社長になったパウリーが落ち着かないとばかりに葉巻を味わうかのように煙を漂わせながら座っていた。
「… どうしました?」
「どうして引き受けた」
「アイスバーグさんの人事ですので。でも副社長の働く姿拝めるならと思いまして」
「そうかよ。はぁ…、あー…仕事しにけェと思っけど、頼む」
「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」
少し遠回しの言い方だ。聞くように聞けば嫌味だとか素直でないと思われそうな言葉を言ってしまった。けれど対して頭を下げるパウリーは、仕事以外はアレではあるがやはり同じ社会に属している人間だと思った。そんなごく普通の会話で、私も先程の言葉を反省しながらパウリー以上に頭を下げた。当たり前にみえる必要な会話だ、お互いの線引きを整えよう、確認しようとする意識がそこにはあった。
そしてアイスバーグさんは、数日後からこの人事は当たりだったと誇らしげにおっしゃっていた。パウリーは予想よりは副社長職を大人しく行なっているらしい、それでこそギリギリの人事でありませんかと私としては冷や汗をかきそうである。でも確かに知り合いが近くにいられたらあまり下手な事はしないであろう。ただまだ現場の方にも出向くいつもの青い作業服時が一番元気そうでイキイキしてそうではある。早速だけれど、騒いだ海賊とやり合っている光景は見た。けれどたまたま近くにいたらそういう時はさっさと席を外せと言われてしまった。そしてパウリーは愛されているのかどうか、よく歳上の船大工さん達に、お、副社長、今日は作業日か?とよく笑顔で声をかけられているのもよく見る光景になった。
私はというとパウリーが外に行っていたりするうちに、アイスバーグさんよ秘書さんと資料作り、スケジュール調整、社内外への文章の作成などを行ったりする。そして蓋を開けてみれば副業務であった倉庫管理の為にそちらに出向いたりをしていた。おかげでなかなか一日を通すとあっという間である。まだまだ慣れない中も働いていれば良くしてくれる人も多く、ありがたい事であった。
私の楽しみである食事、食堂があるというところも大きな企業の良さだと思う。何しろ貸しブル屋ではいつも持っていくか近くの出店で買うかのどちらかであった。ガレーラカンパニーの社員食堂ともあり、お安めに設定されているのも嬉しい事だ。
「ナマエさん、隣いいですか?」
「ご一緒しましょう」
「ありがとうございます。是非」
この島だからというべきかどうか、一人で食べようとしているのにも関わらず、よくよく色々な船大工さん始め事務の方まで一緒に食事の席を囲んでくれる。確かに昔近くの食堂で働いていた時もあるためか名前は知らないが顔は知っている方も多いせいでもあるかもしれない。私が来る事で華やかになってよかったよかったと喜んでくれるが、カリファさんの方がどう考えても華があったはずである。でもこうして社員の方に気軽に直接話せる方がおそらく良い職場であるし、あれこれ事情がわかって良いのかもしれないと知らない船大工さん達とご飯を囲むのが常になりつつあった。
「すいません、Bランチで」
「はいよ。ナマエちゃん仕事なれたかい?」
「まだまだお勉強中です」
給仕のおじさまが気軽に話しかけつつ注文したメイン料理を差し出してくるのを同じように笑いながら受け取った。Bランチの水水肉と野菜の蒸し焼きだよ、と目の前に出された皿をとり、サラダにパンにとトレイにのせていく。今日も美味しそうだと思う気持ちが顔に出ていたかどうかは知らないけれど、前の順番の社員さんに微笑まれてしまい、恥ずかしいとばかりにすいませんと呟いた。少し周りを見渡して、人が少ない方へと座りに行きテーブル席の端のスペースを取れたことに満足した。そして小声でいただきますの一言とともにフォークを手に取った時であった。何も声がかからずにいきなり隣の椅子が埋まり、思わず腰掛けてきた主を横目にみた。ガタイがいい人が多いガレーラカンパニーの方々が座るためか比較的広い座るスペースな気がしていたが、やはりパウリーが座ると窮屈そうにも見えた。
「ど、どうしました?副社長…」
「別にここで食ったって問題ねェだろ」
「え、はい。大丈夫です」
トレードマークのようなゴーグルを取りつつ、ふてぶてしく脚を広げて座るパウリー。テーブルの下でトンと膝が私の脚に当たった。え、ちょっと脚が邪魔だと思うのは当たり前で、少し座り直すように僅かにズレた。それが気に食わなかったのかなんなのか何故か舌打ちをされてしまった。
「…あの…昼食なら、持ちに行っては?」
「おれァ、ここに座るからな」
「はい、分かってますよ」
食べると言いながら、何も食べ物を持ち込んですらいないパウリーを促せばカウンターの方へとズカズカと取りにいった。あれ?昼食準備とかそれも私がやらないとならない仕事なのだろうか、だから機嫌が?と思ったのだけれど今更感があった。パウリーを待つ間に何人かの職人さんらに隣良いかと聞かれては、すいません、副社長が座るらしいです、と答えれば他の席に移動していくというやり取りを繰り返した。
「お疲れ様です」
「あぁ」
ドカッと隣に腰を下ろすパウリーは変わらず私のスペースの方の方まで侵食してきそうな幅の取り方であった。テーブルの上には私のヘルシーなB定食とは違う、ガッツリめな料理だ。私は一応パウリーが隣に来るならと食べるスピードを落としていたわけではあった。しかし後から食べ始めたパウリーの方が追い越してしまいそうな勢いである。慌てつつ食べようとフォークを伸ばした先に影がかかった。
「こっちいいか?」
「はい、ルルさんお疲れ様です。あと…」
真横に寝癖があるルルさんと知らない船大工さんだかが向かい側の席に腰掛けてきた。その方に噂の事務員さんですね、と言われつつ手を差し出されその手に応えるように立ち上がって手を握る。確かにこの時期では珍しいですよねと苦笑した。可愛いやら綺麗とかで噂がたっているとは言えない、何しろ街を歩けば息をするように口説いてくるような男性も多い島である。そして他の女性社員の方はもっと人気、というか声をかけられているからである。私の視界に入るだけでも他の女性社員さんも周りに男性方が座って食事をしているのがみえる。私はというと、どちらかといえばコネ入社にも感じ取られる為にかなり気を遣っている方である。
「オイ、食え」
「あ、はい」
隣のパウリーから急かされて中腰状態から腰をおろした。周りの会話をBGMにしながら途中の料理に手をつけ始める。耳をすましてというほどでもないけれど、黙って食事を噛み締めていれば、今後の作業予定であり、愚痴であり、家庭の話がそこら中から聞こえてくる。これほどの人数の職場は初めてなのでそれだけで新鮮さと他人の会話が楽しい。ルルさんに話しかけられて大口で食べながら仕事の事を話すパウリーも酒場や自宅ではみれない姿であった。
「何ニヤついてんだ」
「いえ、なんでもありません」
酒場とは違う楽しさがありますねという正直過ぎる感想は言ってはいけないと思う。伝えたら大概失礼な感想になってしまうところだ。パウリーは予想通りに私の食べるスピードをやはり追い抜かしていて、早々に食べ終わってしまったようだった。気を遣って食べる事を調整するんじゃなかったと思い直しながら、切り分けた蒸し焼きの水水肉の一切れにフォークを刺そうとしたら、その一切れはパウリーのフォークに攫われていった。そしてその大きな口に一口でおさまった。
「…あのですね」
「足りなかった、ごちそうさん」
「そうですか」
食事のアレコレは後ひきますよとこの副社長には教育が必要な気がした。モグモグと私の食べる予定であった肉を取られてしまい、しょうがなしに残りの野菜行き場のなくなったフォークをたてた。おれは先に戻るというパウリーに分かりましたと伝えたのだった。先に席を外した空白の席を見てから正面に向き直れば、ルルさん達が私に視線をよこしてきていて僅かに頭を傾けた。
「…少し意外な」
「言うな。あいつ、あぁなんだ」
「ですね。副社長ならいつもあんな感じですね」
やめてくれと言っているんですけどねと続けようとした言葉は飲み込んだ。残った最後の一切れを口おさめてからコップの水を流し込んだ。
「ナマエあいつを甘やかすな」
「甘やかしてないですって、肉の一切れ二切れくらい皆さんにだってあげますよ」
「…副社長、独占欲はんぱねェすね」
「あれは昔っからなァ。無意識なんだ」
「始末におえないやつですね」
「あの別に」
淡々と食べるルルさん達が話す会話に参加できなくなってしまった。人のことを何かざわつかせる会話で、私を推し量ろうとしているのではないかと思ってしまう。パウリーが私に対してそんな事あるだろうかと思うけれど、ここ最近としては数週間存在自体を忘れられていた経緯や私に対して借金を負っている事実がある。そう、別にそんな事はないと言おうとして言葉が出てこない。その代わりに事実と他者の見方は大分乖離があるのだと思い直してため息を吐いた。