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ガレーラカンパニーの副社長だかに祭り上げられて数週間。慣れないスーツに身をつつみ、慣れない事務仕事にも向き合わないとならないこの状況。スッと目の前に置かれる用紙の束に葉巻にギリッと噛んだ。
「これにお目通しお願いします」
「あぁ」
「あとアイスバーグさんは〇〇方の会食の件は拒絶する可能性あるかと思うので…。過去記録だと一度も〇〇方とは会っていないのできっとお嫌いなんでしょうね。なので一応こちらの資料は読んでおいて下さいね」
「…おぉ」
「あと前職の際にこの方と話した事はありまして、△△の店のものを好んでいたので来客の際にはそちらのお店のものを…と思いますがよろしいでしょうか?」
淡々と机の上に並べられる資料と告げられる言葉。いつものくだけたような喋りでないだけでこうも違うのかとガレーラカンパニーのロゴマークの入ったシャツにジャケットを着るのが定番になった姿を横目で見た。何でこんな事に…と悩んでいたのは数日くらいで、今では最早諦めと言うべきか、もうそうとして対応しねェと切り替えていた。
切り替えが早すぎたのは、スラスラ言葉を並べるこの事務員である。仕事中はずっとおれには敬語に近い言葉で対応し始めたナマエに、いつも通りで良いと言えば、さすがに仕事中は問題だと思いますのでと一言で切られた。そういやこいつ最初はおれらに対しては敬語に近かった、だからこそ何の苦でもないのであろう事は確かだ。
「…大丈夫ですか?」
「ああ」
少しの間を感じ取るのか、おれの様子を伺ってくる顔から目を逸らす。共に働き始めてから知ったが、意外と言うべきか、彼女はそつなく何でも仕事をこなす。用意される資料は見やすいし、スケジュールなども漏らすこともない。そりゃァ仕事っちゃ仕事なんだけどもだ。褒め言葉にもならないそんな言葉を伝えれば、アイスバーグさんの秘書が有能なだけですと言われてしまったのは数日前の事だ。
副社長に祭り上げられてからやたら来客が多くなっちまった事もあり、その際には斜め後ろから見守られる。小っ恥ずかしいと感じていたのはおれだけかもしれねェが、もう慣れるしかなかったのである。良くも悪くも慣れて、周りからも自然だのなんだのウルセェ事も言われてしまった。
開きそうな口を止めきれずに欠伸をした。ダメだな、座ってるばかりじゃと散歩なわけではないが現場でも顔を出そうと傍らにあるゴーグルを手にしつつ席を立った。歩く通路は最近建てられた本社のためどこもかしこも新築の香りがする。会社が会社であるためかあっという間に出来上がったが、まだどこか慣れない。その新築さには当分馴染む事は出来なそうだ。昔の本社の方がやはり愛着が、と一瞬浮かんで考えないようにした。良くも悪くも革新しようとしている社長であるアイスバーグさんの意図がある。じゃなければおれが副社長になるわけないのだ。正直現場上がりだけでは足りない己の部分を考える日々に近い。頭いってェ、と慣れない頭の一部を使使いっぱなしである。
「パウリー副社長!」
「おお、職長じゃないすか」
「おう」
まだ呼び名が定着するわけなく、ベテラン勢は好き勝手な呼び方だったりなんなりする。しかしそんな事にはいちいち反応するのさえ面倒である。好きに呼べば良いといえば多彩になっちまったわけだ。呼びかけられた目線の先にはいい大人からおっさんまでもが、職長、こっちですって、と意味深な手招きに誘われる。昼食後の眠気を噛み締めながら足を運んだ。
「…癒しスポットでさ」
「ッ、オイ!」
「副社!静かに」
目を丸くして何してんだてめェら!と口にしようとした。しかし背後から首でも絞めるかのように腕を回してきたおれよりかでけェ図体の船大工の奴が俺の口元を腕で塞いだ。土だか埃くせェその腕をギブアップとばかりに叩けば、なら黙ってくださいよという周りの一言と共に解放された。
「…ッ」
「副社長も別に嫌いって訳じゃねェでしょう?」
二階の窓から見えるのは、本社裏の社員用プールであった。そういえば、アイツ半日休暇の届出を出していたなと今更ながらに思い出した。女子会ならぬ歓迎会だかをしてくれるだかそんな事も言っていて、良かったなだとかそんな一言を返した記憶が蘇ってくる。そんな社員用プールでは、女子会なるものが行われている。そして当然プールなわけである。
「…っ、覗くくれェなら、あの場に参加しやがれ」
「いやいや、野郎があの集まりに入ったところなんて見たくねェでしょ」
「女の園ってのがいいんですって」
「そうそう眺めてるだけでも最高で」
うんうんと感慨深げに頷く野郎どもが、みっともなくデケェ図体を潜めつつ、いくつかの窓から眺めている。プールの傍ではフードデリバリーでよく顔を出す露店の女店主だかがバーベキューとして食事を振る舞っているのが見える。水着姿で遊んでいるのは経理の女であったり、食堂の女だったり、医務室の女と…男会社のようなガレーラカンパニーの中では少数である女性社員達だ。当然に歓迎会兼ねてもいう事は聞いていた、その為にアイツもいるわけだ。アイツは昼までは纏めていた髪をおろして、アイスバーグさんの秘書を浮き輪だかに入れて引っ張って遊んでいた。高く楽しげな声や会話が時折響いてくる。
「やっぱ△△ちゃんかな」
「…いや、〇〇さんの身体が…」
「…オイ」
「いやー、言うだけ見るだけタダっすから」
「癒されますねぇ」
下卑た野郎のニヤついた顔に呆れる。野郎どもの目線の先は噴水とプール、彩り豊かな生地で華を添えている者たちの姿だ。本当どうしようもねェなと思いつつ、目線をやってしまった。
「…副社はやっぱナマエさんですか?」
「な、」
「あ〜、ナマエさんも良い身体で。いや皆副社長の手前黙ってたンすよ」
「普段ガード硬い感じの服装からのあのギャップもまたイイすねー」
「ホント女盛りですねェ」
「で、どうなんすか?」
「ッ、どうもこうもねェだろうがァ!!」
つらつらと不粋な感想を言いつつ、その楽園とやらを覗き込む野郎ども。んな目でアイツの事を見るんじゃねェとかなんとか言いたくなるも、先程までに名前が上がらないのも何かモヤつく部分も僅かにあった。口々に好き勝手な事をほざく職人達から目を外し、チラリとアイツの姿を見れば、丁度膨らみの臀部の水着の食い込みだかを直す姿であった。ッあのバカ、何してんだと思い返せば勝手に覗いているのはコチラだという事を忘れてしまった。
気が付けば、午後の仕事を始めるのかと思うくらいにそれまで散々鼻の下伸ばして覗いていた野郎どもが窓から遠ざかっていた。十メートルほど離れた場所から、じゃ副社長あとは頼みますっ!とイイ笑顔で手を挙げる職人達。瞬間窓に手をかけていたそんな手元に水が飛んできたのだった。
「パウリー副社長!覗きはハレンチですよ〜」
プールの方からいつの間にか窓の方に近づいて来ていた事に気付かずにいた。そんなところから大声で発してくるのは水鉄砲だかを手にした笑うナマエであった。クスクスとプールの周りの女性社員達もが笑っていた。畜生、アイツらおれを売っていきやがった、と今更気付き文句を言おうにも、鼻の下伸ばして下品な品評会に似た事をしていた野郎どもはもう距離が遠かった。
「ち、ちげェ!覗いていねェ!!通りかかっただけだ!!」
「あはは、顔真っ赤ですよ〜」
窓の外に向かって言うも、おれの方を眺めてくる人を揶揄うような笑った顔は変わらずである。プールの方から歩いてきた道のりには滴り落ちた水跡がついてきている。そして肩から下を濡らした身体の下は水溜りが出来始めていた。
「皆さん副社長なら混ざってもいいですってー」
「っ、誰が混ざるかァ!」
「なら午後のお仕事頑張ってくださいね〜」
プールの方からかかる含み笑いがかった、休憩しましょうとの言葉にも反応した。ったくコイツらは、とグシャリと髪を握った。本日は午後から晴天、ジリジリの照り始めた陽光のせいかどうか、額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。熱いんだか冷や汗なんだか分からないものだ。船大工からはじまり女子社員に翻弄されてばかりの昼下がりであった。