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 副社長に就任してから早々の日であった。とある大部屋で社内の今後の指針含めて話し終わった後、部屋から役員が退出していく中で引き止められた。そしてその日の髪のセットも完璧であるアイスバーグさんが、おれとナマエを交互に見てからおもむろに口を開いた。

「ンマー、次のパーティなんだが…」
「はい」

 アイスバーグさんが口にする内容は所謂付き合いのパーティのものであった。しかしながら、名目はアイスバーグさんの快気祝いやおれの副社長就任の件などを含んでいるそうで、そこそこな規模のパーティだそうだ。おれの方は必要ねェなと思うが、出資会社を含める為か無碍には出来ないのは確実であった。

「ナマエをその時は隣におくからな」
「分かりました」
「はい、よろしくお願いします」

 私がナマエさんのドレスは用意しますと意気込んだ子どもがおれの背後にいる彼女に話しかけている。ちゃんと流行りのものを調査するのでとその意気込んでいる姿をみて、そりゃいくら有能だろうがその歳の者を同席させるわけにゃいかねェよなと納得する。酒やらなんやらも入るだろう事は確実で、一時噂で賑わせた小さい秘書が好奇の目に晒されるのは可哀想であろう。話しかけられている彼女は、ドレスですか、それは緊張しますねと言いつつどこか引き攣った笑みを浮かべる姿があった。



「ッ…」
「ンマー、綺麗じゃねぇか」
「ありがとうございます。馬子にも衣装になってしまいましたが…」
「いやそんなことはないぞ。そうだな?パウリー」

 今日くらいはしっかりとしていて下さいよ、何しろ正装ですからね!?首元はそのままにしておいてくださいねと真剣な表情で念を押された。いつも窮屈で緩めてしまう首元を指摘された。そして私も着替えないとならないようなのでと、乗り気ではないらしい小さいため息を吐きながら席を外していった女を見送ったのは小一時間前の事。
 次に現れた姿に何も言葉を発する事はできなかった。おれの事を早々に察していたらしいアイスバーグさんは、彼女がどんなドレスでも文句を言うな、こういう時のドレスアップはそういうものだと念を押されていたからではある。しかしそういうものなのか?と戸惑いしかねェ。とりあえずアイスバーグさんの声に乗るように何度も頷いただけである。
 上から見ても下から見ても口を開けば文句のような台詞が出そうな服である。黒いロングドレスだろうが、首元から足元まで覆い隠してようが片っ端から透けているじゃねェかと脳内で盛大に叫んだ。その上にスカートに切れ込みが太腿まで入っている。そういうものだと納得させようとしたが全く納得出来やしない。準備をしたという小せェ秘書は、最近のセレブの流行しかり、女性社員と検討して仕立てさせてもらいましたと自信あり気にほざいている。何せアイスバーグさんについてもらうんですからねと満足気である。
 一瞬の視線の交差に息を呑む。おれが何か言いたい事を感じ取ったのか、物静かな口調でこれでも皆さんが提案されたドレスの中では一番質素なんですと呟く姿があった。それに合わせてか、手元に資料を抱える小さい秘書が、本当はこんなドレスを勧めたんですよと数枚の写真を見せてきて思わず噴き出した。首元から臍まで割るような谷間だかが全開なドレスであったり、脇の方から色々溢れそうなドレスの写真をポカンと口を開きつつ見比べた。信じられねェ世界が世の中には広がっていた。そう思えば胸元やら腕や足が透けているくらいはマシな気がしてきたのだった。
 そんな、いつもとは違うピアスを揺らし、スタイリストやらによって準備させられたいつもよりも絢爛な姿をどうしても見てしまう。しかしアイスバーグさんは当然という顔をしていて如実に人生経験の差を見せつけられている気がした。

「ンマー、今夜は頼むな」
「はい、一通りの出席者の事含め頭に入れてあります」
「頼もしい限りだな」
「ふふ、ありがとうございます」

 二人の会話にこれは仕事の一環でもあると切り替えようとしたがそんな簡単な話ではない気もしてきた。そして履いている靴のせいかいつもよりも目線が近くも感じた。アイスバーグさんが会場まではおれが腕を貸してやれというために、戸惑いつつも腕を少し上げれば、お言葉に甘えますねと静かに笑う姿がある。そんな最中目線が合った。

「…今日はハレンチやなんやって騒がないんですね?」
「ッ、アイスバーグさんに念を押されたからなァ」
「ふふ、それは残念です」

 てっきり騒ぐのかと含み笑いをしているおれの横に立つ姿を盗み見れば、どうしようもなく首裏であったり、盛り上がってドレスの光沢ある生地を押しあげる胸元に目が行く。多少の露出している肌は何か塗ってあるのかキラキラと光を反射していた。こうして目がいくのは男のサガとしかいえねェわコレ、と最早諦めに近ェ。流麗なシルエットから作られる色気、それに当てられてか自身の中に波風がたつ。

「…綺麗、なんじゃねェか」
「え、…ありがとうございます。パウリー副社長もいつもより男前に見えますよ」

 言った瞬間から消えたくなった。何つー小っ恥ずかしい事をと体温が上がっていく。まさかそんな言葉もらえるとはどこか俯き加減に視線を逸らされた。そして腕に控えめに添えられる手、かけられた時からこの高さのヒールは慣れていないので遅く歩いて下さいねと念を押すように頼まれていた。そんな遅く調整した歩調に合わせる姿がある。

「…ありがと、パウリー」
「おぅ」

 おれだけに聞こえるかどうかの小声は、いつものナマエの姿である。そして今敬語を外すのかという不意打ちによるざわつきに唇を噛んだ。ふと腕にかかる小さい手が震えていそうな気がした。

「…緊張してんのか」
「…少し、この規模の集まりは…」
「そうか」
「ん、」
「緊張してねェようにみえんぞ」
「…そう、なら上出来ね」

 小声での会話は周囲の会話や物音にかき消されていきそうである。あちらこちらキラキラと透けて見える引きずりそうなロングドレス。これは女の武装なんですよと笑う姿は先程見かけた姿で、確かに破壊力はある。一見、単なるパーティだけれども色々な思惑や戦略も渦巻くわけだ。いつも淡々としているようにも見える女も当たり前に緊張をしているらしい。どこかぎこちなく、震える手はそのままであった。
 会場の前に着いて、腕から静かに手が離される。何しろ会場前、重厚感のある豪奢な扉の前でアイスバーグさんが来いと手で呼んでいたからだ。既に大理石やらの彫像が並ぶような華やかな会場内、前もって〇〇家の援助があって…云々の話は聞かされていた。また世界政府の人間も含まれているのでくれぐれもご注意をと言われている。確かに薄気味悪いタキシードな輩も見る訳だ。そういうような裏事情は兎も角、こういう場所では華やかなドレス姿はしっくりくるのだろう。しかしながら隣には小さく息を吐いて震えていた手を隠そうとする姿がある。長めの髪は緩やかに片側に流してある、そして露わになる耳には最近ずっとつけているピアスではない。おれが見てもいつも以上に化粧が華やかであり、パーティ用なのも分かる。誰がどう見ても目を引いてしまいそうな印象でしかない。そんないつもとは違う人物にも見えるナマエがおれの方を見る。その見つめる目はどこか不安そうであった。

「…ごめんなさい、パウリー副社長。少し気合入れよろしくお願いします」

 おれくらいにしか聞こえない言葉。そしておれの胸の前に出された強く握りしめた小さい拳が予想外過ぎて噴き出すように笑った。なぜそんな綺麗な格好で男らしさが溢れる気合い入れを要求するのかと。しかし本人は何を笑われているかが分かっていないらしく首をわずかに傾げる姿があまりにも。一度唾を飲み込んだ。そんな彼女にその要望に応えるように同じく握り拳をぶつけた。

「見てて、お仕事頑張ってくる」

 化粧だかはいつもより華やかだけれども、いつものように明るく武器になりそうな笑みを浮かべて一言呟いてからロングドレスを纏う身体を翻す。その去っていく背中を見つめるが、背中はそこそこ開いたドレスであり本当何つーもん着てんだかと思うが、アレが武装だというならそういう事にしておいてやろうと思う。

 彼女によって用意され覚えさせられた就任の挨拶を口にする。挨拶が終わると同時に当然のように拍手が会場を満たした。アイスバーグさんの横に佇む姿を見れば満足そうな顔をしているので、及第点は得られたはずである。とりあえずおれの大仕事は終わりだと、首元を留めているものを外そうとしたけれどもまだ仕事中のやつもいるか、と今日だけは首にかけた指を外した。

「お〜パウリー副社長やってるか〜!?」
「いやいや、いい挨拶だったな」

 男臭い奴らが見慣れない一張羅を着て会場に入ってきて、ようやく少しの安堵感。デカい図体のおっさん達を見て安堵するとは世も末だ。早速並べられていた肉だかを食べ始めたタイルストンは美味いだの何だの大声で喜んでいる。

「なかなか副社長職もよくやってるらしいな」
「現場の方が楽だ」
「はは、だろうな。嫁はどうした」
「じゃねェっつーの、しつけェな。アイツなら…」

 顎で華やかなドレスを着る女の方向を差し示した。その先にはアイスバーグさんの隣で華を飾りつつ、時折アイスバーグさんに密やかに声をかけフォローを続ける姿がある。言ってしまえば、まぁよく仕事してるワケだ。

「おまえ、あの姿みていつもの調子に騒いだだろう?」
「…騒いでねェっつーの。…そ、そういうもんだろうがァ」

 さぞ見ていたかのように呆れるルル。だからこそアイスバーグさんに念を押されていた事は伏せた。確かにこのパーティ会場の女は、あの姿が当たり前に思えるくらいな格好をしている女もそれ以上にその姿はおかしいんじゃねェかというくらいのドレスなハレンチ女も出席している。話しかけてくる女も居るが適当に流していればそれで満足するようであった。しかももう、ルルやタイルストンもいるせいか、鼻の下を伸ばすルルがよく女を相手してくれていた。そうなるとおれはもう既に退出してェところである。葉巻は吸えねェし、酒はガブ飲みするなとも忠告されており、おれにはもうここにいる理由はねェくらいだ。しかし仕事の取引関係含めアイスバーグさんが居るから退出など出来やしない。貧乏ゆすりをしたところで何ら変わりはしねェ空間にため息を吐いた。

 見た事あるような気もする出席者から話しかけられては他所行きの張り付いた顔で会話をする。色々な探りに近い遠回しの言葉にもウンザリであった。そんな多大な疲労感を伴いつつ、会場の端っこにあった椅子にマナーが云々関係なく座っていた。片手には何年ものかは分からないが美酒だいう酒に好きに口をつける。
 ふと目線の先には、アイスバーグさんの隣に居るナマエの身体に触れようとするどこかのオッサンが居て思わず椅子から立ち上がった。しかしアイスバーグさんがそれを見過ごす事なかった。さり気なく彼女の腰を引き寄せてから、そのオッサンに一瞥をくれていた。…さすがアイスバーグさん完璧なフォローだと一連の動作含めて納得して、椅子に勢いよく座り直した。

「どうしたパウリー」
「あぁ?なんでもねェ」

 刹那に何かを踏み潰された気がしてしまった。植え付けられそうな虚無感なんだか劣等感に奥歯を噛んだ。あの人に対してそんな事は思う事はないはずだと頭で理解している。座り直し膝に肘をついて遠くを眺めていれば、アイスバーグさんの対応に気付いたナマエが耳を寄せたアイスバーグさんに何かを言っている。そして二人で微笑むような姿は物語のワンシーンのようであった。パーティ会場の喧騒の中、一人取り残されている気がして、吐きたくなるような熱さが渦巻いた。畜生ォ。グイッとグラスの角度を上げたが、手元にある有名どころの美酒だかも苦汁に変わりそうでならなかった。