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 いやいや、と冷や汗をかいた。おれは、ナマエが食堂から働いている時からの顔見知りであった。数年前からウォーターセブンに住んでいるという若き女はどこか妹に近い存在であった。初めて会った時は二十歳に満たなく、必死に勤めていた食堂で愛想を振り撒いていた。そんな少女の面影を残しての姿で名前を呼ばれれば、ちょっとした妹的存在である。しかし経った数年で、いつの間にか酒場で楽しく酒を飲む姿も見るようになり、時の流れの速さを知った。
 そんな妹分はいつの間にか酒場では同じ歳らしいパウリーを揶揄うように変化していった。少なからず満更ではないような感じもしつつ、酒場で一区切りな時にはあーだこーだまだ呑みたいという彼女を送っている姿を皆噂の種としていた。そんないい歳した二人の行く末を微笑ましく思っていたが、進むものも何も進まずに周りがどうなんだと毎度頭を悩ませていた。

「…アレはどうにもならんのかのぉ」
「無理だろうな。友人関係が長すぎる」

 潜入していたらしいカクが本心かはわからない台詞を吐いた夜もあった。そもそも二人の本心が分からない。こちらが似合いだと思っていても本人達は何事もないように過ごしている。ある種大人で割り切りの良い奴らである。お互いがお互いを認識しつつ、当然にあるものとして過ごすような空気感が既に漂っていて、周りがアレコレ思うよりも大人なのかもしれない。
 麦わらの一行がこの島を離れてから、ガレーラカンパニーは変革を求めていった。副社長の立場になったパウリーが、別日におれやタイルストンに頭を下げた日には、普段の雰囲気とはまた違う一人の責任ある立場の人間の姿であった。歳的に上にあたるおれ達に、そういう挨拶をしてくるような奴だからこその副社長職なわけだ。おれやタイルストン含めこちらも納得の人事であり、気にする事はないと伝えたのだ。歳は少しばかり離れるが同じ仲間、仲間というワードはパウリーには言う事はないけれど、同じくあの海列車に飛び乗った同士である。カクやルッチを里帰りと言ったパウリーの意思は何も言わずにおれ達も汲んでいる。ただ、ナマエにゃ言った方がいいんじゃないか?というおれの言葉には何でだと多少の苛立ちを露わにしていた。何しろおまえの担当のような事務員だろうが、はたまたそれ以上だろうが、と世話をやきたくなってしまうのは二人を眺めてきたおれのもどかしさ。アイスバーグさんの声かけでコチラにお世話になる事になりました、と緊張しながら頭を下げてきた姿を思い浮かべれば当然だろう。そしてアイスバーグさんもあれこれを分かっているのだと察した。

「何というか、おまえら…」
「何だ?」

 時折苛立ちながら事務仕事をしているパウリーその傍らで働く彼女の姿もよく見るようになった。仕事中は敬語になってしまった妹分をみて、おまえそれで良いのかという戸惑いしか出てこない。この人事は寧ろこいつらの距離離していないか?とヒヤヒヤする、それはおれから見る距離感であった。
 彼女は昔からの付き合いのせいもあるせいか社員食堂で船大工を侍らせている姿も見かける。本人に言えば、他の女性社員も同じでしょう、と当然のように言っていた。この島柄だよね、素敵だと思うよとのどかに言っていたがきっとそれだけではない筈だ。でもまぁ、確かにそう言われるとそうなのだが、女性に対してチヤホヤしたがる島柄ではあるなと納得する。アイスバーグさんの秘書の件は、おれはもっとセクシーな秘書が良かったと思ったが、反して雇ったのは十歳のこどもであった事には驚いた事だ。まぁそんなおれも女関係は好きだしなと気持ちはわかる。しかしそんな島柄を一人不愉快と捉える男は副社長であるパウリーだろう。とある日、彼女が一人で昼食を食べようとしたところを見かければ、わざわざ隣の席を先に取りに行っていた。いきなりのパウリーの登場でポカンとする彼女の姿もお構いなしの無自覚さがおれとしては面白い。
 何しろこれだけではない。慣れないらしいネクタイをよく緩め、だらしないままであるパウリーはよく見かける姿だ。そして、もうそろそろご自身で直し方覚えてくださいねとネクタイをキツめられている姿も時折見るわけだ。少し呆れつつも手慣れたような手つきを見せるナマエをよくパウリーは見守っている。まぁ、それだけならば可愛い話、パウリーはナマエが居ない日は自身で直せるのだ。このクソみたいな事実に気付いているのは多分おれだけだ。
 そんな事実に気付いているおれに対しては敵意を出さないパウリーだからかナマエ含む昼食の同席は許されるようである。しかしその日、一緒に座った若い船大工が初めましてらしいナマエに握手を求めると即座に鋭い目を向けるような無自覚の嫉妬に駆られる男がいる。わざわざ昼食時間にナマエが会話に混ざらないような内容を選んでくる男に多少の呆れだ。おまえいつも酒とギャンブルの話の方が比重高ェだろうがと呆れつつ話を合わせた。ナマエを蚊帳の外に置いて混ざれないようにでもしているのかと思った瞬間である。そしておれのものだとばかりに無意識に散々いちゃついて満足して去っていった。お前、少しの気持ちも言えば丸くおさまるだろうがという言葉は野暮な話である。若い船大工すら少し戸惑う副社長の姿も、ナマエの方はいつも通りとばかりに何も気にしていない。

「オマエな、本当にあいつのこと何も思わないのか?」

 若い船大工を先に戻らせて、コップに入ったお湯で昼休みを続けるまだ察しのいい方の妹分に問い掛けた。おれをみる丸くなった目が細められた。

「とりあえず私にまで借金している男性は嫌かな」

 和かに返されて噴き出してしまった。アイツどこまで借金してるのかとおれが謝りたくなる。そりゃ嫌だろうなと同意すれば、口元に手を当てつつクスクスと笑う姿がある。返答が返答であったために、借金がなかったらどう思うのかと質問をするべきだった。しかし、クズ男の片鱗をネタに煙に撒かれた事に気付いたのは後日であった。けれど、煙に撒くという事実が答えな気がした。


 そんな話を忘れた頃であった。下についた若い船大工やタイルストンと共にブルーノの居なくなったあとモズとキウイが継いだ酒場に1日の疲れを取るために足を運んだ。馴染みの空間、騒がしさにどこか胸を撫で下ろしながら店内を見渡せば、既にパウリーも一人でカウンターで呑んでいた。

「おう、おつかれ」
「パウリー副社長もおつかれさまで!」
「なんだパウリー、一人か?」
「うぉぉぉ!パウリー!よくやってるかァァア!」
「うるせェよタイルストン」

 スーツのまま気にする事なく笑いながら酒を煽っているパウリー。既にジョッキが二つ空になっていて、頼むからもう借金はやめてくれ、いやせめてアイツには早々に返してくれと願った。パウリーと初めて顔を合わせたらしい船大工はパウリーからは二、三歳歳下になるのだろうか。目を輝かせつつ、パウリー副社長に憧れてるンすよと散々言われて、満更でもないパウリーに笑う。そんな若い奴を含めて、仕事の話やらモズとキウイの近況話を聞いたりしていた。

「…でもナマエの人事は、ハレンチ野郎の私利私欲だわいな」
「わいな」
「だぁからァ、ちげェっつってんだろ。アイスバーグさんの人事だ」

 ビシッと指差すシスターズに対してアイスバーグさんの名を全面に推し出すパウリーは、至っていつものパウリーである。今日も真面目にナマエの手前か仕事をしていた事を知っている。意外にも距離はありそうだが上手くいっているような関係なら、まぁ穏やかに見守るしかないのだ。馴染みあるモズとキウイという店主が慣れてきたらしい二人も何かと世話をやきたいらしいが、のらりくらりとする二人であるから進まずモヤつく部分があるのだろう。まぁ片方はハレンチセンサーが敏感過ぎるせいもあるのだが。別にそういう事が嫌いではねェんだろう。
 コレだけあの妹分の事を話していれば、若手の船大工も気になってきたらしく、おれまだ見た事ないんですよね〜と話に加わろうとしている。微妙過ぎる関係性を知るコチラとしては、お願いだからアイツらの関係をつつくなと冷や汗をかいていた。

「え、どんな人っすか!?ナマエさんって」
「あー、いや…普通の事務員だな」
「いやいや、結構話題でしたよ〜」

 酒に酔った若手が愉快そうに副社長であるパウリーに絡み始めて、さすがに肩に手を置いた。それ以上、めんどくさくて厄介な男に絡むんじゃない、あとで血を見るのはおれだと必死に話を戻そうとする。

「なぁにが普通だわいな、むっつり野郎」
「しっかりプール覗いていたわいな」
「な!ッんで、その事を!」
「前にナマエに聞いたわいな」
「わいな」

 顔を歪ませ、何言ってんだオマエらァ、と叫んでいるパウリー。本当何してんだコイツとおれは呆れていた。しかし話す内容は、若手の船大工が興味持つような内容であった為にそれでそれでと深く聞いていこうとすしている。やめろというのに聞きやしなくて、アルコールの力を知った。

「あ!じゃぁせめて!皆さんにこれだけは聞きたいっす!!どちらかと言えばキレイ系ですか!?それとも可愛い系!?どっちです!?」

 質問を皆と括った事に感謝した。それならばおれがフォロー出来るし、モズとキウイも含めて口に出せる。双方共に丸く収まりそうな質問であった。

「そうだな…」

 パウリーが呟いた一言が、一度に声を合わせる合図のようなものであった。

「綺麗系だわいな」
「キレイ系だわいな」
「キレイ系か」
「綺麗系だな!!!」
「後者だな…」

 合わさった声にうんうんと納得する若手の船大工が、キレイ系か〜、お会いするの楽しみだ〜とか何とか呟きつつ酔っ払い特有の好き勝手な話をし始めている。しかしながらソイツ以外は、後者と言った男を無言のまま眺めいる状況。いつもは大声で話すタイルストンすらも黙ったままだ。
 パウリーが口にした、後者というと可愛い系という事だ。比較的スラッとしてさっぱりともしている姿しか印象にない、確かに酒が入ると楽しげなところはあるし可愛いといえばそうなのかもしれない。しかしながら、いたって一般的なキレイ系か可愛い系かの二択であるなら前者を選ぶだろう。自身の失態に気付いたらしく、何も言わずに顔を赤くしているパウリーは残っていた酒を天井高くあおった。それに注がれるおれ達の視線。おい、お前酒のせいにする気か?との疑問が我々の中の共有意見だ。赤くした顔のまま俯いたままのパウリーは何も聞かないでくれというアピールにも近い。そうか、おれだけは違う面を知っているとかそういう事を言いたいのか。

「盛大な惚気だな」

 噴き出したパウリーがゴシゴシとカウンターに飛んだ唾をスーツの袖で拭っている。あまりに動揺が隠せていない。これから皆の追求は、ペラペラ喋る若手を再起不能にしてから始まった。


「アレだわいな」
「わいな」
「何だ?」
「この前、ここにナマエ来たんだわいな」
「ッ、待て!!」
「…察したわいな」
「わいな」
「ナマエ首元に何かあるのが落ちつかないとむかーし言ったたわいな」
「なのに、スカーフとか巻いてたわいな」

 そんな珍しい姿にどうしたかと言えば、瞬間機嫌悪く虫に噛まれたと言ったとかいう。慌てるパウリー含めて辻褄合わせのような瞬間に、隣から興奮のあまりに立ち上がり雄叫びを上げるタイルストンを制した。待て待て、どういう事かと思うがそういう事だろう。黙れと騒いでいる副社長を見つめた。

「…おまえらヤってんのか?」
「ッ、てねェ!!」
「キレが甘いなハレンチ野郎」
「甘いわいな」

 やいのやいのと指差すシスターズが淡々と女敵だわいなとばかりに攻め立てていく。パウリーも否定以外の言葉は出さない。
 ヤる事ヤってんのか?という確証は取れないものの、そこそこな事をしている事を察した。そしてだ、その上で今日も見たあのシレッとした空気感で仕事しているのかと考える。そうなると言う言葉は一つしかない。

「ハレンチじゃねぇか」

 呟く一言はコレしかないだろう。散々ギャーギャー騒いでおいて、密かに嫉妬心露わにしているくせに、ハレンチなのはお前だろうの一言だ。明日からお前たちを見たらコチラが見ていられなくなってしまうだろう。どうしてくれると頭を抱えた。そして好きなのかどうかと聞かれて、苦々しく嫌いじゃねェと呟く煮えきれない野郎が当社の副社長である。全くもって幸先不安な案件だ。

「…ッ、そーいう事は、本人に言うものだろうがァ」

 目の前の木製のカウンターに向かって小さく吐き捨てる台詞を誰も聞き逃さなかったのが優しさだろうか。しかしながら追求の魔の手から逃げるのには良い一手であった事は確かであった。