夕飯をご一緒に
頼む匿ってくれと懇願したのは夕方の事。フラッと外に出れば借金取りの追撃が今日はあまりに激烈であった。そんな事もあり、恥だとは思いつつも頼めばナマエはあからさまにゲンナリとしていた。そしてヤガラブルに乗り込む際には、とりあえず隠れたらどうです?と呆れるように言い、おれをヤガラブルの床に這いつくばらせて布を被せてきた。そして独り言のように、やっぱ男としては無理だよねパウリーって、というブッ刺さる言葉が投げかけらた。ヤガラが泳ぐ水音に混じる辛辣な言葉により小さく身体を丸めつつ、向かった先はナマエの住む裏町であった。
「いーよ、適当にしていて」
「…悪いな」
「良いけど、パウリー私にもお金借りてる事忘れてないよね?」
「お、おう」
いくら言っても中心部の方には住まないナマエ。聞けば、もう近隣との関係もあるし住み慣れてしまったとの事。あとはそんなにお金もないしね?と言われれば、そうかと納得するしかないのだ。
アクアラグナにも耐えられそうなしっかりとした扉、その際には鉄戸を嵌め込むわけだが元の扉も頑丈ではないとならない。そんな扉を閉めるだけで、外の喧騒は聞こえなくなり、あっという間に二人きりの空間。ナマエはため息を吐きながらジャケットを脱いで片付けている。そしてまとめていた髪を下ろして、癖のついた髪を下の方ででくくり始めていた。そしてお腹空いているよね?何が食べたい?と顔だけ振り向かれる。
「…どうしたの?」
「いや、なぁ…」
「あぁ、はい、ハンガー」
忘れてたごめんね、と付け足してのこのこ部屋に上がり込んだ男にハンガーを差し出してくる女。何つーか、言い出しはこちらだけれど警戒してくれよと今更ながらに参り始めてきた。この部屋に来たのは何回か、アレコレ思い出す夜もあるけれど、今それを声にしたらマズいと唇を閉じたままにしようとした。何もする気はなかったが、一瞬で無理であった。
「ナマエ、」
「え」
何作ろうかなぁと呑気に呟きを続ける女を呼びつつその肩口に頭を乗せた。どこか甘い香りに引き寄せられるように求めれば、触れるだけの甘さがあった。ウォーターセブンの人達って嫌いなものは嫌いって言うよね、と他の島育ちであるナマエに言われた時がある。嫌いじゃなければ好きだろうと捉える方向性になる事はある。だからこうも抵抗がないとついつい期待をする。
「もう一回」
「聞かなくてもするじゃない」
確かにな、と啄むようなやり取りをしていれば、どこかが元気になりそうな部分もある話。それを察したかどうか、舌先で唇を舐められ離されてしまう。目が笑っている彼女が間近にいて、腰に手を回そうとすればその手は止められた。
「…はい、もうダメ。お腹空くので嫌です」
「っ、分かった」
「という事で一緒に作りましょ?」
少しくらいは出来るよね?と言う明るさに流されて、キッチンに立たされる。葉巻吸ったままで良いのかよと聞けば、今更でしょうと返ってくる。けれど袖を捲ったは良いがアレやコレと指示される仕事は軽いものでしかならない。手慣れたように飾りげのないエプロンを腰につけた姿にぐっときつつ、我慢だ我慢と使い終わったらしい調理器具を洗うばかり。手の空いた時間は葉巻を楽しみつつ世間話をふる。結局メシを作りながら話す事も仕事の話ばかりになってしまうのはしょうがない話であった。そういえば、最近アイスバーグさん夜どこかに通ってるらしいけど知っている?と聞かれて何も知らない事を答えた。そういやアイスバーグさんのペットを近ごろ夜預けられているなという事実を思い出すも何となく黙っておく。珍しい事ですねと聞けば、コイツに見られながらは照れくさい女がいるんだという返答には噴き出してしまった。まぁ色々背負ってきただろうあの方が今好きに出来れば素晴らしい事だ。
「パウリー?」
「おう」
出来たから食べようとかかる声。その発する場所を口で塞げば、ペシペシと小さい手で宥めるかのようにザラつくだろう頬を叩かれる。喋る口を塞げば、細い水路をかけぬけるような風の音が笛のようにも聞こえる。背中に回した片手、腰に回るエプロンの結ばれている紐を引っ張れば、簡単な結びの紐は呆気なく解く事が出来る。そして外したエプロンは向こうの手に握らせた。
「っ、食うんだろ?」
「…突然過ぎ」
拒絶される事なくクスクスと笑う姿に満足して、促されるように席へと座らせられる。テーブルに敷いたクロスに並ぶナマエ特製の料理、それを行儀よく食べる姿。誰だか言っていた、食事というのは本能的な行為だとだから本性が出やすいだとか。だからこそ大規模なパーティの際の振る舞いは散々注意されるもんだ。おれとしては、まぁ頭では分かっちゃいるけどよ、という事だ。
ナマエは、時折食堂の場を利用するのも見かけるがナイフとフォークの扱いが良い。綺麗に切り分けつつ一口大にしてから口に運び、急ぐ事なく咀嚼をする。そして会話をする際には飲み込んでから。ありきたりなマナーではあるけれど所作が比較的丁寧で、男だらけのような職場では少し目を惹かれてしまう。かといえば、酒場なりのときはもう少しラフであり、ナッツを指先で摘み口元に運び僅かに見える赤い舌先で出迎えては唇ともに味わっていく。最後は唇についた塩味まで舌先で密かに余韻を楽しむかのような仕草もあるわけだ。それはそれで個人的にくるものもある。
「そんなに見られると恥ずかしいよ」
「わりぃ、」
「嫌いなものでもあった?」
「そういう訳じゃねェ、全部美味い。何つーか食べ方が、そのなんだ、綺麗だな…っつーか…」
ぽろっと突拍子もない事を言った気がする。ガラじゃねェなと食事中でもあるが頭をかいた。脳内から口まで直結かのような台詞であったと目の前の顔を盗み見れば、口元に手を当て笑っていた。
「パウリーの食べ方はらしくて良いと思うよ」
「フォローなんざ必要ねェっつーの。つーか、ンなお上品に食えっかよ」
「あはは、そうじゃないって、パウリーだってマナー知ってるのは一応分かるし、パーティとかそういう場では気を付けてるの知ってるよ」
「ハッ、散々言うのはそっちだろォが」
「ふふ、ちゃんと美味しいと言ってくれるし、残さず綺麗に食べるし、片付けてくれるし」
そういうのは好きですよ、と頬杖をついて目を細めどこか嬉しそうに言う姿に何も言えなくなってしまう。
食後にコーヒー飲む?グラッパもつけてあげるよとこちらを眺めてくるナマエ。今日は少し肌寒いわけで、熱々なコーヒーに酒を注ぎ込んで混ぜ合わせて飲み干して、温まり合うのにはもってこいな夜だろう事は確かだった。