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 太陽も真上にある頃、店主が私の名を呼びつつお客さん二名ねと指を二本立てている。大声で返事をしながら、乗りカゴを準備する。観光だという男女二人は絡めた腕を離すことなく私の説明を聞いている。仲睦まじいようで何よりとヤガラブルに乗る二人を見送る。今日は地味に客足が途絶えない、店主もニコニコと…いやホクホクとした笑みを浮かべていてる。景気の良い事ではあるがさすがの私もお腹だって空いてしまう。

「昼入って良いよ。ついでに造船島の方の生簀回ってきてくれるかい?」
「分かりましたー」

 私が時計を気にした事を察された気がした。にこやかな店主は今日は忙しいからなぁと同情はしてくれるようであった。一つにまとめてある髪を結び直して、一匹のヤガラに外回りに行く事を伝えれば頭をフルフルと動かしてニーニーと陽気に鳴いてくれる。どうやら付き合ってくれるようでお礼を言いつつカゴを乗せればヤガラブルの完成である。外に出てくることを伝え店主に手を振る、そして強めの潮風に流れる前髪を抑えつつ乗り込んだ。昼ご飯をどこで買おうかと思いながら進むヤガラは逆流だろうがスイスイと泳いでくれる。
 初めて来たときにも思った事だけれど絵画のような街である。昔この桟橋の絵を見た気がするななんて感情に浸っていた。そんな中、造船島内の水路を進んでいると、大声と共に駆けてくる人が数名いる事に気付く。水路にかかるこの街の名物のような橋を渡り、そのまま駆け抜けていくのだと思った。ここ最近としては一、二週間前の夜に見た顔だとヤガラブルの上で笑ってしまった。盛大に腕を振りながら駆けてくる男たち、彼のギャンブル好きも重なりコチラの光景もしばしば見る名物である。

「ッだから…今は金が!!!ねぇって」

橋の上で1番ドックの職長さんが小言というか反論している声が聞こえる。見慣れている光景であり、また追いかけられてるなぁだなんて笑いながらそう呑気に思っていた。次顔を合わせた時には、この前も走ってましたねとか言ってあげようとかそういう事もついでに考えていたところでった。

「ヤガラブルッ!」
「ぇ」
「お借り……ッて、オマエ!」

 ヤガラブルで橋の下を通り過ぎた時だった、照っていた太陽の日差しが遮られ突然影が出来る。危険を察知して振り返った一瞬、空から人って降ってくるものだっけと唖然とする。人の頭って優秀でパウリーの着地地点をすぐ様に想定するが、当然出した答えは私の乗っているこの一隻だけである。ヤガラは丈夫な動物だろうけれど、上からの大男の飛び降りの重力含んだ着地はアウトじゃないかと思った瞬間であった。しっかりと目線がパウリーとかちあった。パウリーは目を丸くして、しまったとばかりの顔をしていたと思う。思うとかそんな曖昧な言葉になってしまうのは、慌てたらしいパウリーはどこからか出した縄を橋の欄干かに伸ばしたが珍しくどこにも引っかかる事はなかった。おそらく私の背後のスペースに着地する予定だと推測したけれど、空中でバランスを崩したパウリーはこのヤガラブルから僅か数十センチ届かないところに着水する事になった。

 チャプンとかそういう可愛さのある着水なんて無理に決まっている、数メートル上の橋からの飛び降りだ。それも190センチを超える体躯の持ち主の入水である。激しい波と波しぶきをたてての飛び込みであった。橋の上では舌打ちしている借金取りもいるけれど、こちらとしてはそれどころではない。このヤガラブルに着地をされても困ったが、正直この着地出来ずに近くにドボンも非常に困った。
 すぐそばでたてられた大きな波しぶきは、白泡含めて高く立ち上がった。咄嗟に腕で庇ったが何の意味もなく私は頭から派手に水をかぶる事になった。あっけなく水路に沈んだパウリー、正直着地をミスって水路に落ちるとかかなり間抜けな姿で笑えてしまう。水路の周りの通行人だって笑っている始末だ。しかし私が笑ったのは一瞬で状況理解してからは唖然と言った方が近かった。それも承知しているのか、水面から身体を出してこの浮かぶ乗り籠に手をかけるパウリーは黙ったままだ。

「華やかなご登場ですね」
「わるい」

 乾いた笑いをしながら、手で背後の席を促してパウリーを出迎える。グラリとゆらつく乗りカゴにバランスをとる。ガタイの割には身軽に背後に乗り込んできたパウリーが背後に座った、その瞬間だった。

「ッ、オマエなんつー格好」
「誰のせいだと…」

 私を視認した瞬間、ワナワナと怒り始めそうな勢いを呈し始めた。それにはさすがの私も多少は苛立ちを覚えた。
 この乗りカゴの中は水たまりをつくり、私の髪からはポタポタと水が滴り落ちていくし、服に至っては飛び込みの余波である大波を被ってしまい全身びしょ濡れである。もしかしたらこの後拭いていたら化粧も落ちてしまうかもしれない。なんでこんな目に合いながらその上に怒られないとならないのだというやるせなさで胸が締め付けられる。パウリーの言いたい事なんて直ぐに想像つくが、もう既にどうしようもないし全てパウリーのせいだとしか言いようがない。まだあと半日近くあるのに…とこちらとしては泣きたいくらいだ。救いなのはここ最近雨は降っていなかったから水はそこそこ綺麗かな、とかそういう類の事くらいしかない。
 今日は暑いからと着ていた店名入りの白いTシャツは水をかぶれば当然透けてしまう、当たり前だ。店だってそこまで濡れることなんて想定していない。今日着ている薄紫の下着が透けてしまっているのだって当然私だって気付いているわけだ。顔を真っ赤に染めているパウリーを見て、その事を言いたいという事は容易に想像ついてしまう。

「パウリーのえっち」
「ッ、わざとじゃねェんだって」

 横目で背後のびしょ濡れのパウリーを疎ましく睨んでから、進路方向へ向き直る。パウリーは私と同様に、ポタポタと髪含め水が至る所をつたい滴り落ちている。この状況では水も滴るいい男とは言えないところが残念なところだ。事の始終を見ていたらしい水路の周囲の人達はクスクス笑っているし、背後のパウリーが戸惑っている事も分かっている。さすがにこの状況、途中まで責められかけた状態でしょうがないなぁと優しく笑えるほど私は聖女ではないのだ。
 一つに縛っていた髪を解いて、雑巾を絞るかのようにギュッと握ればかなりの水が絞れた。絞った水さえ透けているTシャツに吸い込まれて腰のあたりからポタポタ滴り落ちる始末だ。そんなTシャツをほぼ胸の下まで捲り上げ、腹や腰が見える事なんてお構いなしで絞った。
 するとドサっと重量があるものが背後から被らされた。その青い色を見てこの前も借りた事を思い出しつつ、重いと一言文句を言い放った。ただでさえ重さを感じた上着は、今回は水分吸って倍以上の重さに感じる。これを振り回したら多少の凶器にもなるではないか、そんな肩にかけられた上着をそのままパウリーの胸に突き返したら、パウリーは怪訝そうな顔をしていた。何してんだコイツくらいな事を思っていそうな眉の寄せ方に怯む事はなかった。
 
「何?」
「いや」
「他の色が良かったとか?」
「ちげェって、その、ワリィ」
「いいよ、もう。要らない、お気遣いいただきありがとうございます」

 恥ずかしいか恥ずかしくないかと言われれば恥ずかしいに決まってるけれど、気娘のような可愛い反応もする事もなかった。それと同じく寂しいを寂しいと言ったり、欲しいものを欲しいと言ったりする事もなくなっている気もする。何も言わずに淡々と水を絞っていく私、歳を追うごとに逞しさや図太さを増しているなとまさに今感じている。暑いと思っていた陽射しも、日陰になれば途切れるし、水をかぶった状態ではまとわりつく服は冷たさしか感じない。

「そのままじゃまずいだろ、その色々と」
「大丈夫だって。Tシャツなら今から二号店行くとこだったから、多分あるし。まぁ、あとは買うか家一度帰るかするから……あ、ヤガラちゃん、ちょっと1番ドックの方の水路にまわって、パウリー降ろすから」
「オイ」

 目線を外しつつ静止してくるパウリーを半分無視して話を進める。私の言葉を理解したらしいヤガラはニッニッと鳴いて軽やかな泳ぎで進路を変更してくれる。
 それからというもの思いの外黙っていたパウリーが1番ドックに近づいたところでもういい降ろしてくれと騒ぎ始める。それを黙殺して大きな1の数字が書かれている巨大な入り口の前にヤガラブルを寄せる。接岸と同時に渋々降りるパウリーに手を振ろうとした。

「えらい格好しとるのぉ」
「ちょっと色々事情がありまして。それでも恥ずかしいから、あまり見ないでもらえると助かる」

 どこからかスッと現れ着地したカクが目を合わさない私達を見比べるように見て呆れている。ずぶ濡れのパウリーと私、何も言えずに気不味そうに黙ったままのパウリーを見ればどちらが悪いのかは一目瞭然のようであった。そしてこの二人が外で何か話していれば何か問題や事件があったのかと思うらしくドックの方から船大工の方々がチラホラと気にしてくるような視線が投げかけられる。

「ほれ、これ着とれ」
「あ、ありがとう」
 
 スッと上に着ていたジャージを脱いでそれを渡してくれるカク。当たり前だけれど水を含んでいないし、例え含んでいたとしてもパウリーの上着よりも軽いかもしれない。

「ごめん、洗濯して返すからね」

 何枚もあるからいつでも良いと言ってくるカクに甘え、びしょ濡れのままのTシャツの上から羽織ってしっかりと前のジッパーを首のところまであげた。すでにこの時点でTシャツの水分を吸収していく感じがして気持ちも悪いけれど、これ以上痴女状態で街中活歩は出来ないだろう。

「パウリー、送ってやったらどうじゃ?」
「ううん、大丈夫だって。むしろここに私が送り届けたんだから」

 貸してもらったジャージはさすがに大きくて、手を隠してしまい、袖を何重にも折りたたむ。そんな中、カクがパウリーに出したのはおそらく気不味そうにしているパウリーへの助け舟だろう。そしてその助け舟もパウリーが何か言う前に私が一瞬で断ってしまった。私が即答したことが珍しかったのか、二人が見てくるために慌てて言葉を続けた。

「えっと、ごめん。あの本当に謝ってもらってあるから」
「ッ、わりィな」
「大丈夫、大丈夫!だからもう良いって、その二人とも仕事戻って」

 大人しくなってしまったパウリーが頭を下げてきそうな形になってきてしまった。そしてさすがに周りの目も気になり始めてブンブンと手を振った。私も怒られちゃうからと笑いながらヤガラブルへ乗り込んで、ヤガラに出発して良いよと促せば私を慰めるような鳴き声をしてから泳ぎ出す。多分普通の鳴き声だろうけれど、よく共にするこの子の事なので気分の落ち塩梅な私を察してくれたのだと感じてしまった。


「おうおう酷い顔じゃのぉ」
「どんな顔してるっつーンだ」
『内輪贔屓もそこそこにしろ。もうそろそろしっかり働いてもらおうか、ポッポ〜』
「分かっておる」

 彼女が乗ったヤガラブルが小さくなっていくところを見つつ、ドックの方に戻る男達。そんな会話を聞くこともなく貸しブル屋二号店に向かう私がアッサリと体調を崩したのは言うまでもなかった。