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急な体調不良で休息をもらった2日目はいつも酒場に付き合ってくれる友人が顔を出してくれた。話を聞けば、パウリーがわざわざ手配をしてくれたらしいとの事であった。
「何かあったの?」
「こうなった原因がパウリーだったの。で気を遣ってくれたわけです」
「私話した事なんてほとんどないのに、訪ねてきた時びっくりしちゃった」
パウリーが女性のところに尋ねるというらしくない姿が想像ついてしまい笑えば、元気そうで良かったとの言葉を頂けた。しかし、昨夜訪ねてきた事やぐずぐずと涙ながらに弱っているところを見せてしまった事は多少の恥として心に残るところであって、友人には黙っておくことにした。
体調の完全復帰で、改めて健康体の素晴らしさを実感する。身体が思い通りに動く、そしてなんであの時はメソメソしていたのかと思うくらいの精神に回復している。だからこそパウリーに顔を合わせるのは、その事もあり照れくささが尾を引いていた。家に入れるのはやめた方が良かっただとか、いやでも水は欲しかったから、とふとした瞬間に思い出してはその都度、アレは風邪だったから深く考えてはいけないと自分に言い聞かせている。いつも顔を合わせる時は大体向こうが楽しげ、いや何かしらやらかしている時なので、普段と違うやり取りはどこか戸惑ってしまった事もあるだろう。参った、もうアルコールでも摂取してしまいたいと真昼間から思う日もあった訳だ。
そうと思っていれば案外顔を合わす事もなかった。おそらくは健康体であれば、過ぎ去った体調不良の状態など思い返す必要性がないのだろう。全てを忘れ去る勢いで日常を送っていたんだと思う。ブルーノさんのお店にて、夕飯を用意するのが面倒とか飲みたい気分だとかそういった理由でカウンターの席を陣取っていた。
「ったくまた性懲りもなく一人で飲みおって」
「しょうがないの、美味しいお酒を提供してくるブルーノさんがいけないんです」
飲みたくなる日だってあるじゃないと訴えれば一応納得してくれたカクが背後から話しかけてきた。お互いお仕事終わりの休息であろう事は確かだ。私から離れたカクはブルーノさんと何かしらを話をしていた。
「体調はいいのか?」
「おかげさまで、この通りです」
近くに来たパウリーは私とは別の方向を向いている。店に入った瞬間は私の服装に騒いで目立たせてくれたけれど今はもう落ち着いたようである。コチラを見る事なくかけられる言葉に、お酒を持つ手を少しだけ上げてアピールをした。それ以上に聞いてくる事はなくどこか安堵する。パウリーが近くから離れると同時にカクが私にコレに参戦せんか?とトランプを手品みたいに片手で扇の様に広げるので、少し考えた後に乗ることにした。
「お、カモ連れてきたのか」
そのテーブルにはこりゃ勝ちだとイイ笑顔で笑うパウリーが居て、今日は頭には寝癖がついていないのにヒゲが不思議な方向に伸びているルルさんなどがいて…ととりあえずどんな流れになったのかは想像ついてしまった。この店は二軒目かそこらかまで察してしまった。パウリーがこの前の事はさっきの一言のみで終わらせてくれるのは非常にありがたかった。
「ん〜…まぁお手柔らかにお願いします」
テーブルの上に乱雑に広げられている札やコイン、その近くに飲みかけのお酒をおいた。
「あーーーー」
机に肘をついて俯きながら頭を抱えているのはパウリーで、そのパウリーから巻き上げた数枚の札を目の前でヒラヒラと揺らした。悲壮感漂う顔の前でやる私もそこそこ酔いが入っているだろう。
「へへ、ご馳走になります」
「…おまえさん手癖がわるいのぉ」
「あ?」
「いやいやいや…」
口の前で人差し指を立てて、これ以上言うなというジェスチャーはあっさりとバレてしまった。チラリと横目でパウリーを盗み見すると女性には向けないくらいの睨み方をしてきていた。まさに親の仇でもうちにいくくらいの表情にこちらは口角が上がりそうになってしまい、ふと目線を外した。
「おまえッ、イカサマじゃねェか」
「いやいやいや、何のことだか…。手持ちが良かったんです」
臨時収入ラッキーくらいに私の指に挟む数枚の札を隣の席に座るパウリーが返せとばかりに手を伸ばしてくるので、慌てて違う手に移し替えた。周囲の酔っ払いの人達は豪快に笑っている。しょうがないから明日の昼飯は恵んでやるだの言われている。
「ったく、どこでそんな手癖を覚えてきたのかのぉ」
「ふふ、酒場含めて色々出入りしてたら様々な方々がいまして…ちょいちょいって。最初は巻き上げられちゃったけど」
「何が"お手柔らかに"だ…」
「え、パウリーそんなの信じちゃったの?ダメな女に引っかかりそう、私すごく心配」
「どの口が言ってやがんだ」
巻き上げた札を時折狙ってくる大きい手から逃れる様にと、とある所にしまうこもうとする。そう私と会った瞬間ギャーギャー、ハレンチだなんだと騒いだ着ているのに問題らしいノースリーブの中だ。何が問題か訳がわからない、あなたの会社は半裸で働いている方だって目の前にいるじゃないかという反論は毎度頭の中に浮かぶ。お構いしなしにノースリーブ、下着の中である胸元に押し込めた。
「ッどこに」
「ご馳走様です、胸いっぱいです」
もうパウリーに手出し出来ない所にしまい込んだので、伸びてきた手はピタリと硬直してからおずおずと下がっていった。代わりなのか、手を合わす私に対して盛大な舌打ちをしてくれた。
「はい、もうしないから。はい、次」
「信用なんねェんだよ」
「途中で降りないパウリーがいけないと思いまぁす」
酔っ払い相手は楽だとばかりに顔に笑みが出てしまう。パウリーがギャンブル好きだとは知っているけれど、何となく負け方が分かる気がしてしまった。けれど人の趣味には口出し不要かなと思いながら、手持ち無沙汰な手でトランプを混ぜる。
結局、最後は似たり寄ったりな結果であった。とりあえず私は損していないからヨシというところであろう。満足とばかり残り数センチのお酒に口をつけた。負けているパウリーは放心状態に近いのかボーッとしているし、まぁこのんなもんだろとルルさんは納得しているしタイルストンさんはまぁいつも通りだ。
笑っていた、特段何もしているわけではなかった。トランプをまとめていたくらいであった。ふと、首筋に手がかかって首筋を撫で、耳のピアスのところまでなぞられ太い親指が頬にかかった。そのくすぐったさで少し顎をひいたが、まだピアスが揺れている感覚に錯覚ではない事を知る。思わず手の主を見ると、机に頬杖をしながら空いた手で何故かこちらに手を伸ばしてくるパウリーがいた。
「え」
目があって何度かまばたきをしていて状況を飲み込んだらしく言葉にならない声を叫んでいた気がする。あまりに平然とするものだから周囲だって突然のパウリーの行動に固まっていたし、私も私で触れられたところは普通に生活していれば他人に触られる事もない場所であるため動揺してしまった。微妙に変な反応までしてしまった気がするので余計にであった。公然となんでそんな妖しい触れ方をするのだと言ってしまいたいが、言ったらそう思っていると思われそうで何も言えずにただ顔に熱がいくのが分かってしまう。
「つ、つい触りたく」
「…パウリー、それを世間じゃセクハラと言うんじゃ」
「好き勝手に交際していない女に触っていいものか!!!!」
「いや、その!」
触れられた場所を手でなんとなく庇いながら、フォローしてくれる方々に何度も壊れたおもちゃのように頷いた気がする。
「なんだ付き合っていたのか?」
「違います!」
「ちげェ!」
何も喋らなかったのに変なところでハットリくん、いやルッチさんの言葉には反応してしまい微妙に言葉が重なってしまい、周りの笑いを誘うことになった。無理だコレ、もう暫く酒はやめようと心に決めたし、造船所には近付かない事にしようと思った。カクが堪える様に笑いながら、わしが送っていくかパウリーに送ってもらうか?的な選択肢を問い始めたので、"パ"の一文字が発語された瞬間に、カクにお願いしますと頼み込んだ。
夜風にふかれてようやくスッキリとはいかなくて、どこかの借金王の様に頭を抱えた。
「面白いショーだったわい」
「ありがとうございます…フォローまで。もうしばらく酒はいいです、反省しました」
「パウリー寂しがるぞ」
「放っておいてください」
「仲良う事で何よりじゃ」
愉快じゃとばかりにカクが楽しげに喋る姿がある。一人で帰るつもりだったけれど、ここでパウリーに送ってもらうのは無理がありすぎて彼のフォローには感謝であった。
「おまえさんら付き合っとるのか?」
「違います」
「イイ雰囲気じゃろ?サンドウィッチの差し入れ含め」
思わず頭を抱えるように俯いていた顔をパッと上げればしてやったりという顔をするカクがいて、しまったと思った。確証はなかったんだと、でも私の今の反応で確実と分かったらしい。
「アレにも理由が」
「まぁ言わさんな」
「言わせてよ」
「この前ジャージを貸した件あったじゃろ?あれもパウリー見ものでのぉ」
「もうパウリーの話はお腹いっぱいです」
手で静止するように突き出せば、おまえさんも満更じゃないんだろうて、と続ける言葉に盛大にため息を吐くことになった。
「…憧れではあるけど、それを恋や愛と一緒に出来ないかなって」
「ほお」
「距離的に近い人間ではあるかもだけれど、多分それだけかな。これ以上何もなる事もないよ」
夜の水路で吐き捨てれば楽になるかと言葉をもらす。本音に近い私の声が波紋のように響いた気がした。確かに色々思うところ感じるところはあるけれど、全てを愛や何やに結びつけられはしない。カクも分からなくはないと同意はしてくれるようであって少しだけホッとする。月が分厚い雲に覆われて、一気に暗くなる景色もヤガラは関係なく上機嫌で泳ぐ。そんな姿を見ながら、カクが口をおもむろに開く。その口の重さに違和感があって注視した。
「おまえさんの事は訳あって少し調べたんじゃが、三代前遡っても一般家庭じゃな」
「五代、十代前もおそらくは一般市民ですけど?」
「おまえさんが何の縁でここの街にいるかは知らんが、パウリーの近くに信用できるような仲間が多いに越した事はないじゃろ」
どこまで調べたんだとカクの冗談に笑う。けれど同じく笑うカクがどこか違う話をしている気がしてしまった。結局、取り留めのない話になんとなく頷いてしまった。私が不可思議な顔をしていたのか、まぁ仲良くしとく事じゃと勝手に話をまとめてしまった。そんなカクと話せなくなるとはその時は思っていなかったのだった。