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「うちの子借りるっつーんなら、しっかり払っておくれよ」

 ツケを返すというために勤め先である貸しブル屋に着きどうするかと一本吸い終わったところで、受付番をしていたらしい店主に見つかった。彼女の居どころを聞けば言われた台詞である。嫌な笑顔をしながら、金を示すように指で輪っかを作っていた。目当てでくる客も居るからなぁ、ちょっと直してもらいたいものがあるんだよ、と半強制的に仕事を押し付けてきた訳だ。おかげで貸しブル屋に着く前は多少なりとも顔合わす事を躊躇っていたが、どこかのクソ店主のおかげかで少しの苛立ち混じりでも多少冷静になれた気がした。
 向こうも向こうで、何もなかったようでいつも通りであった。後に聞けばそりゃ大人ですからと冷めた様に言われた。呑気にヤガラに餌をあげているやつに、てめェも商品になってんじゃねェかという苛立ちもいつも通り過ぎて拍子抜けしてしまう。色々と事件はあったけれど、当初の目的通りに休日を聞きそこを空けろと声をかけた。しかし借金取りとの鬼ごっこは勘弁だとか大概失礼、いや半分以上は事実ではあるが、とりあえず許可を得たわけだった。

 そもそもキッカケは色々あるわけだが、最後の件はブルーノの酒場での事であった。散々オレから所持金を巻き上げて、上機嫌な彼女が隣にいた。ヘラヘラと笑いながらもトランプを正す指が手慣れてんなとか、腕が細ェとか肘をつき頭を支えながら、全額スった事もあり放心状態に近い状態で空間を眺めていた。鼻歌だかを歌いながら金を巻き上げた張本人の耳にかかるピアスは動く度に釣られるように揺れている、本人は日焼けが気になるっつー肌も白いに近い。その首筋にかかる少しの髪の束は柔らかそうでしんなりと鎖骨にかかっている。気がついた時には片手が伸びていた。指先で首筋を撫でて、揺れていたピアスを触るように動き、親指は頬にかかった。頬が柔らけェとかそう思ったその瞬間、ビクっと少し首をすくめコチラを丸い目をして見てくる彼女に気付き、自身のやらかしを知った。
 平常時は笑うか呆れるか、ある時はハッキリと苛立ち露わにした事もある奴がその時だけは顔を真っ赤にさせて言葉を発せずに困惑していた。固まった空気、周りの奴等のどうしたんだというような困惑の表情も初めて見た気もするが、それどころではなかった。散々周囲から責め立てられて、いつもなら揶揄いがてらに同意してくるような彼女も真っ赤な顔のまま頷くだけであった。カクが送って行くとなって心底ホッとしていたが、そこからはオレへの追求はやまなかった。


「…で、付き合っていたのか?」
「ねェよ!!」
「ならアレは不味いぞ、さすがに埋め合わせなり考えろ」
「…分かってらァ」

 借金も返しとかねェとならねェなとか、ちゃんとおまえが誘いに行くんだぞなどと野郎だらけの酒場には似合わない話題が上がる。やんややんやとあれしろコレしろと余計なお世話に近い事をおっさん達がオレに吹き込んでくる。耳を塞ぎたいと飲む気はなかったがつい追加の酒を頼んでいた。これはもう潰れてしまいたいとの一心に近かった。

「しっかり送ってやったわい」

 いつもの顔で再登場したカクに、戻ってこねェのかと思ったぞとタイルストンなどが口々に言っていた。

「はよ戻ってこんと誰かが気にしそうでな」
「しねェわ!!」
「みてみぃ。睨まれるのはもう勘弁じゃ」

 オレの即答に周りが笑い出してしまい、重ねた自身の失態に気付いた。肩をすくめるカクが白々しく笑っていた。結局、小っ恥ずかしい思いを散々した夜がこの前であった。




「で、どうすりゃァ…」

 いいんだと思いながら、その休みだという日になってしまい。彼女の自宅のドアの前に立つ。ここに立つのはあちらが体調崩した時以来だの思い出す。分厚いドアの前でノックをと思った時にガチャリと鍵の音がして、開いた扉。

「あ、やっぱパウリーだった」
「おう」
「物音したからそうかなぁって」

 ちゃんと休暇もらえた?と言葉を繋ぐ彼女は仕事ではいつもまとめている髪はおりていた。そうか普段は纏めないのかと気付きつつ、こちらの様子を伺う視線に反応する。

「大丈夫?ハレンチって言わない?」
「言わねェ」

 こちらを伺うようにどこかニヤつきつつコチラの表情を眺める彼女の視線から目を逸らす。服装が云々とかいうよりもコイツの場合は存在自体が、言動全てがそう思うという感想は喉まで出かかった。ちゃんの面積多くしたから感謝してねと得意げに言っていやがるが、こちらとしてはもっとゆったりとした服は持ってねェのかよという意見であった。


「で、どこ行くの?」
「あー」

 乗ってきたヤガラブルに乗り込んで話しかけてくる彼女。一週間以上前にそういやそんな事言って誘い出したという事を思い出す。どこかの船大工仲間達はしっかり迎えに行けだの色々言ってきたが、それ以上の事は言ってなかったなと思い返す。間を繋ぐような間も、高い位置にある太陽が照りつけて熱を与えてくる。

「パウリー?」
「そうだな…」
「じゃ思い出したら言って?その代わりに私に付き合ってもらいたいんだけど」

 オレの奢りでと追加の一言に色々な意味で恐怖した。ヤガラに向かってどこに行ってくれと頼む姿に結局は甘えた形になってしまった。
 水路を通れば、知らぬ男やおっさんが背後に座る彼女に声をかける。今度ご飯を食べようだのお茶をしようだの、ここで顔を合わせたのも運命だのなんだの声をかける。それに対して呑気な返事をしながら手を振っているのが分かる。ギッと葉巻を噛んだ。

「なんなんだ、さっきから」
「この島の挨拶だよね」
「ンな挨拶はしらねェ!」
「そりゃパウリーがしたらちょっとおもし、いやビックリするって。あ、ほらみて、今はパウリーが一緒だからあの程度だけれど、女性だけとか観光者とか」

 そう言われて、抜けてきた水路の後ろの方を見れば、ヤガラブルに乗っている女に百年に一度の衝撃を受けた是非ディナーを一緒にだなんだと声をかけていて、確かに更にダイナミックなナンパになっていた。でしょう?とばかりに肩をすくめている。言われて気分悪くないし、良い文化だと思うと褒めていたが、こちらとしてはそこまで気分はよろしくはない。そして緩やかな下りの水路を抜けると騒がしい通りに出る事になった。


「ねぇ、あれ食べない?昼食べていないの」
「おお」

 商店街だかに出て、いつも食べようと思っていたけど、よく売り切れるんだよねと言いながらその露店の名物らしいバーガーだかを買う。そして半分こだと言いながら手で割って、どう考えてもそれ一口だろうという量の方を彼女が食べる。

「美味しいでしょ」
「おう、そうだな」

 なら良かったと笑って、次はあっちの店の名物があるからとそっちも食べようと寄っては同じように分けて食べる。美味しそうに食べるよねと言いつつこっちも食べたかったと言って他のものも買う。確かに美味いなと味を噛み締めた。
 それを何軒か繰り返したところで気づいた事があった、そういやオレ金払ってねェと。コイツは気楽に笑いながら好きに注文して金払って、オレにメシを与えているくらいしかしてねェと今更気付き、この流れは膨れてくる胃袋含め色々と不味い。

「オイ」
「ふふ、分かってる。次はデザートだよね」

 行きたかった所があるのと楽しげに笑うもんだから、言おうとした言葉ではなくて、好きにしろよと言うつまらない返答となった。甘いのは好きかと聞かれて、好きだと返す、そしてオレは顔を片手で覆う。なんだコレすげェ恥ずかしいじゃねェかとなった時だ、ヤガラが泳ぎを止めた。


「あ〜…、ここ、なんだけどパウリー嫌だよね?」
「あー…」

 所謂カワイイとかそういう店なんだろう、店の外観含めていかにも女性客をターゲットにしているだろう事はオレでも分かる。オレを連れてきたは良いが、入りたくないオレをどう考えても察している。

「土日だと私仕事だしなかなか行けないから、一人だと入りにくくて丁度良かったんだけど、テイクアウト可能かみてく…」
「分かった。入るぞ」
「え、」

 ヤガラブルから降ろしてやり、徒歩何歩だという距離を詰めるだけ。オレの顔を見ながらそんな顔で店入らないでくれと背中を叩かれる。そこからは記憶があやふやである。二人席だかに案内され、やたら飾り細工がきいている椅子に座り、知らないものしか載っていないメニュー表を見させられる。舌でも噛みそうなメニューを眺めていれば、向かいに座る彼女がオレの分も決めて良いかと聞いてきてそれを承諾した。

「ふふ、」
「んだよ」
「まさか付き合ってくれるとは思わなかったの」
「付き合え言ったろ?」
「そうだけど、やっぱ似合わないなって」
「分かってらァ、似合ってたまるか」

 細ェこの椅子の脚はオレが座るには不安定にすら感じる。テーブルに頰杖をつきながら楽しげにこちらみる顔があり、体ごと90度違う方向で足を組む。やっぱり柄にねェことはするもんじゃねェ。店の中でも突き刺さる視線が痛い、こちらの精神をじわじわと擦り減らしにかかってるとしか思えない。コソコソ話しているどこかの客を見た瞬間、さすがにテーブルの下で足を蹴られた。睨んでねェと言ったがどうやっても睨んでいるようにしか見えないと文句が出た。皿なのか板みたいなものに小さく乗っているケーキだかにソースがかかっているのは分かる。それを可愛いだの、食べるのが勿体ないなどと言う奴の気がしれねェ。がオレの分だと頼んだものも半分以上に食べて喜んでいる姿を見れば、不思議と悪い気分にはならなかった。



「はー、お腹いっぱいだね。あ、次は下着買いたい」
「オレがどこまで付き合うか試し始めてんじゃねェ」
「気付いちゃった?」

 残念欲しかったのになぁとこれみよがしにどこか挑発的な表情を見て、良いんだか悪いんだか判断もつかないがホッとした。葉巻の無くなる早さを感じつつ、テイクアウトとして持ってきたコーヒーを飲む。

「…そういえば借金どうやって返したの?」
「支払い怠った海賊シバいたんだよ、んで懸賞金とかな」
「ふふ、そっか」
「何がおもしれェんだ」
「いや、ごめん。すごくパウリーらしくて…ふふ、ちょっと安心しただけ」

 計画的に返しましたであればどうかしたのかと思ったところだったという言葉をもらう。確かに計画的ではねェなと納得する。もはや賞金稼ぎじゃないかと笑われて、言われてみればフランキー一家と似たような事をしたとは思った。言うんじゃなかったかと思い直すがまぁ良いかと思うのは、目の前で笑う姿見ているからだろう。

「他、行きてェとこあるか?」
「一応あるけど、パウリーはつまらないかも」
「いいから言えって」
「えー…、あの鐘楼登りたい…。なんていうか、でもこの島に元から住んでるパウリーには興味ないでしょ?」

 控えめに指差すのは、寺院の鐘楼で至ってよくある観光地の名所である。ガキの時は登った気もするが、一度登れば確かにあとは登らないようなもんだろう。興味あるかないかと聞かれれば、ないになるのだろう。一人で登るのはなんか躊躇われてと、眉を寄せて言いにくそうにしている姿に叶えてやるかという気になった。他にする事もねェからであろう事は確かだ。
 百メートルはあったかとうろ覚えの数字を思い浮かべながら近くにつけば、そこそこの観光客がいた。鐘楼は予想通りに百メートルは超えるらしく、また律儀にも階段の数まで記載されている。その数字を見た観光客は時間との兼ね合いを考え、周囲の店に散らばっていくという流れらしい。そりゃ年寄りとかにゃ無理だろう話だ。しかし、その数字に戸惑っているのは観光客だけでなく、登りたいと言った張本人もであった。

「で、なんでおまえが青ざめてんだ」
「いやもっと低いかと…」
「これくれェ登れるだろ」
「え、そんな簡単に」

 赤煉瓦作りの鐘楼の中は人気はまばらであった。けれど螺旋状の階段に響く音でも登っている客は多数いる事は分かる。踏み出した一歩に無理だと何度もいうやつが続いてくる。登りたいと言った本人は尻込みしていながらも一歩踏み出した。


「まって、パウリー…もうちょっと体力つけてからにする」
「今より歳食って登れんのか?」
「っ、失礼な…」

 言った瞬間、しまったと思えるくらいの圧を背後から放ってきていた。カンカンと螺旋階段に響く靴の音、体感で言えば半分は過ぎている気はする。登るスピードは遅くなってきていて、何人かの観光客が息を切らしつつも追い抜いていった。響く足音の違い、今更ながら彼女の靴がヒールだがあって随分と歩きにくそうなものであると知った。そりゃァ躊躇うだろうと言う事をようやく気づいた。

「何?」
「いや…」

 ふう、と息を吐きつつ長めの髪の毛を後ろにはらう姿が見られる。こちらにすりゃ食後の運動のようなもんでも違うらしい。

「あー、…なんだ」
「ん?」
「その、触っていいか?」
「え」
「抱えていいっつーなら」

 痛そうな足を見て、どうするかと思考を巡らせた。頭の中で思いついた案を言い出しながら何つー事を口走ってんだろうかという後悔しか襲ってこない。こちらを見上げてくる目を見る事が出来ずに煉瓦作りの壁を彷徨う。

「え、いいの?でも、その、私そこそこ重い…」
「仕事の方が重い資材運んでンだよ。多分運んじまった方がはえェ」
「う、ごめん。登りたい言ったの私なのに」
「いや、気付かなかった」

 悪い、と言う言葉も最後まで言わなくて良いとばかりに穏やかに笑ってくる。階段を数段降りて、どうすれば良いかと戸惑う彼女と似たような目線に立つ。二、三段ずらす事で同じ位置になった。平常心だ、無心になれと何度も自身に言い聞かせつつ、木材でも持ち上げるように肩の方へと担ぎ上げた。

「ちょ、パウリーの背怖い!高いんだけど」
「あぁ!?もう我慢してくれ」

 こっちはンなどころじゃねェと階段を登り始める。階段を上がっていく音が先程よりもうるさくなったが、考えたように担いで登ったほうがさっきよりは早い。けれど、支えるために掴んでいる太腿の裏側は柔らかく、そこに手がめり込む感覚があり何かが刺激される。重さなんて気にするほどでもねェ、がこの距離はマズい、所謂イイ香りだかが煩わしく身体の中を駆け巡る。

「っま、やだ…パウリーってば!まって両手!両手で支えて!片手こわい」
「あー…」
「ぅ、ちゃんと触って、お願い…」

 服をギュッと掴まれる感覚と、背後から控えめな悲痛の声が聞こえる。煩悩を捨てようとしているのに関わらず、後頭部だか首裏などにはやわらけェもんが時折触れてくる訳でただただ猛毒を与えられる。更に触ってくれと懇願してくるとかこちらをどうしてェってんだ、と考えつつもそもそも自身のせいだと制御をかける。片手だろうがなんだろうが絶対に落とすわけねェだろうという言葉を飲み込んだ。


 登頂しても特別息が切れる訳でもなく、仕事に比べれば何の事でもねェのは確かであった。が色々精神的にはかなり厳しい戦いであった。

「で、なんで息切らしてんだァ?」
「あ、ありがとうございました…いやこちらもなんか必死だったんです」

 鐘楼の見晴らしスペースは人は疎らであった。吹き込む風に髪を抑えつつ街を見る姿、そして何が綺麗か分からないが綺麗だと喜んでいる。あっちに何が見えるだのはしゃいでいて、そこまで喜ぶなら眺めるかと見渡せば、確かに言うだけいつもとは違う街に見えるくらいに見え方は違った。子どもの時とはまた違う感覚、路地や水路が迷路のように入り組んで、赤褐色な屋根がひしめき合っている。垢褐色な屋根な筈が、太陽を反射するように煌めきがある。裏町方向も見えるし、その先には海があって果てまで続いてる。この高さは確かに見ねェなと感じていた。

「オレを見るより、街みろってンだ」
「ふふ、思ったより良かったでしょ?って」

 どこか悪戯気な姿から逃れようと街を見下ろした。まだまだ二時間以上は陽が沈むには時間があるだろう。陽気的にも心地良く腰かけられる場所に座れば、彼女は展望スペースをもう一度ぐるりと見て回ってきたらしく、そして人一人分の距離を空けつつ隣に座った。

「痛めたか?」
「あー、うんちょっと」

 予定になかったしねと無機質に聞こえるほどに淡々としている。謝る事を重ねても自身のためのようなものだろう。何を言ったら良いかと考えるが何も浮かばない。片足の靴を脱いで、鞄の中だかに入っていたらしいガーゼだかを挟んでいた。

「時間余裕あるならここで休憩していい?」
「あぁ」

 遠くを見れば海列車が汽笛をあげて発車していくところが見える。方角を認識しながら、横目で彼女を見れば同じように海列車の方を眺めていた。ふとそんな横顔を眺めていたら口が自然と開いた。

「そういやァ、どうしてこの街に住んでんだ?違う島出身だろ?」
「うん、プッチが育ちだけど。…え、理由聞いても笑わない?」
「笑う事ねェっての」
「…海列車通ったじゃない?15年前…くらいかなぁ、その時プッチでもかなり盛り上がって感動して、えっと、なんて言うかそれを作ったのはココって知って絶対来たいと思ったの」

 だって海の上走るんだよ?子どもだったせいもあるけどすっごく衝撃受けたのだと今までになくペラペラと口が回る姿に同意する。そしてオレも同じだからなと心の中では一言付け足した。

「家族で観光に何回か来たりして…。大人になってやっぱりここに住みたい気持ちがね、抑えきれずに。じゃぁ好きしろ的に出てきちゃってるの」
「家出じゃねェか」
「いや今幾つだと…。ちゃんと里帰りは時々しているので疎遠すぎる訳じゃないのよ?」

 意外とアグレッシブに出てきた奴だと思った。しかしそれくらいの意思の強さは普段からも考えれば滲み出てる気もしてきた。

「ね、あの海列車の原理って何?蒸気で動いてるのは分かるんだけど」
「ありゃァ、ボイラー内で発生させた蒸気をシリンダーへ送って、シリンダー内の…」

 指で示すのは小さくなりかけている海列車。ふられた話題に、片手に葉巻を挟みつつも両手を使いながら分かる範囲で説明をする。だから火室の熱エネルギーが大事なのねと所々で納得するので、それに続けてペラペラと喋っていけばあっという間に時間が過ぎていく。そしてボイラーの寿命だかの話までしてから、どこかのおっさんが言った仕事の話はアウトだという忠告を今更ながらに思い出した。そしてそう言えば何組かの観光客が来て展望して帰って行ったくらいに時間が経っている事に気付いた。

「…まァ、伝説的な船大工が作ったもんだからな。アイスバーグさんもすげェけどよ。バランス含め簡単にゃ作れねェんだ」
「へぇ、でもパウリーすごいね。あ、さすがだとは思ったけど。ちょっとびっくりした色々知っていて」
「…ワリィ喋りすぎたな」
「え、面白い話だったけど」

 じゃなきゃわざわざ聞かないでしょと僅かに首を傾げ不思議そうな表情をする姿に笑ってしまったら、そこは笑うところじゃないと言われてしまう。オレの笑いどころが分からないと少し不満そうな顔をしていた。
 こいつがこうしていつも気付かねェくらいにさり気なくフォローしてんだろうなって事がよく分かった。そういう奴だこいつは。ドックの近くの食堂で働いていた時だってこいつ目当てで行っていた野郎どもの理由も多少なりとも分かった気がする。自然にいても苦を与えないやつだし、楽な空間を与えるからなんだろう。看板娘だとはよく言ったもんだなと納得してしまった。

 風で揺れるピアスが目に入って、また手を伸ばせば直前で気付かれる。そしてまたつい手が伸びてしまった事を知る。

「え」
「あー、…揺れてるそのピアスが気になった、ワリィ」
「あぁ、って何それ猫じゃないんだから」

 一瞬目を丸くして驚いた顔もオレの言い訳に口元を押さえて笑う姿があって、それ以上どうしようもなく言葉に詰まって出てこなくなる。これはお気に入りでどこが気に入っているだとか話してくれるが、そうかという以外言葉が出ない。胸が締め付けられるおかしさを感じつつも、辺りを見渡せば気がつけば陽が傾き始めようとしていた。そして下り階段は下りで絶対離さないでと何度も言う奴を抱えて下りたのは当然の事だった。


 せめてもと露店だか出店で買ったものを渡し、家まで送り届け、煩悩を打ち消すためにと職場に足を運んだ。そして人の顔を見るや否や女と出掛けてこの時間に帰る男がいるか、オマエの雄は正常かなどの説教を受ける羽目になった。正常だから帰ってんじゃねェかと思いながら両手で耳を塞いだのだった。