「赤峰さん、来週の金曜日緋山さんを貸してくれませんか?」
「え?」
比較的案件も落ち着いていて、二人で溜まった事務仕事を黙々とやっていたある日。紫ノ宮さんが事務所へやってきた。
紫ノ宮さんを通じて保護した俺たちの愛犬・モカとひとしきり遊んだあと、紫ノ宮さんは唐突にそう切り出した。
「今担当している案件の調査でパーティーに潜入したいんですけど、参加するのにパートナーが必須で」
「ええ?先生と行けばいいじゃないですか」
赤峰さんがすかさずそう返すと紫ノ宮さんは微妙な表情になった。
「さすがに歳離れすぎでしょ」
「俺もいい歳なんですが……」
「緋山さんは若く見えるんで」
キッパリと言い切られて喜んで良いものなのか悩みながら、一応来週の金曜の予定を確認してみるがとくに外出や来客の予定は入ってなかった。
「赤峰さんも来週の金曜なら空いてると思いますけど」
歳の近さで言えば赤峰さんの方が適任なのではと思い、提案してみたが紫ノ宮さんは首を振った。
「赤峰さんはだめです」
「なんでですか」
若干不服そうな赤峰さんだが紫ノ宮さんにもちゃんと理由があるらしく、尚も首を横に振った。
「赤峰さん、この間テレビに出たじゃないですか」
「あぁ」
「今なら先生に負けないくらい有名人ですよ」
紫ノ宮さんの言葉に思わず納得する。先月くらいに放送された番組にコメンテーターとして出演した赤峰さんはルックスも経歴も完璧だ。ネットで瞬く間に話題となり、最近では雑誌の取材やテレビ出演の依頼で事務所の電話が鳴ることも多い。
「別の意味で大騒ぎになりそうですね」
「はい、だから緋山さんにお願いしたいんです」
俺としてはとくに問題はないけど一応雇い主は赤峰さんなので彼の方を見ると難しい顔をしていたが、紫ノ宮さんの圧に負けて渋々了承した。
パーティー当日
気が乗らないが仕事なので仕方ないと言い聞かせて緋山さんを送り出した。
モカと二人でお留守番をしながら事務所で仕事をしていると白木さんからメッセージが届く。添付されていた写真を見て思わず立ち上がってしまった。
―白木プロデュース♡
そのメッセージと共にドレスアップした緋山さんと、同じくドレスアップして緋山さんの腕に手を添えた紫ノ宮さんが写った写真が添付されていた。完全に美男美女のカップルである。普段と違ってかっちりとした印象の緋山さんにドキッとしたのと同時に、お似合いの二人を見てもやもやとした気持ちが広がる。
急に立ち上がった僕に驚いたモカがわん!と一声鳴いたので我に返り椅子に座り直す。傍に寄ってきたモカを撫でながら必死に心を落ち着けた。
緋山さんと僕はお付き合いをしている恋人同士なはずだ。しかし性別の問題もさることながら緋山さんの世界には実質僕しかいない。もちろん明墨先生や先生の事務所の皆さんとは今でも繋がりがあるが日頃接する相手は実質自分しかいない。おまけに雇い主だ。ただ断れなくて付き合ってくれているだけかも、そんなネガティブな考えがぐるぐると頭を支配する。
モカが僕の方を見て、心配そうにくぅんと鳴いた。
「戻りました」
リビングのソファに座って一人ワインをあけていると緋山さんが帰ってきた。先ほどまで寝ていたモカが起き上がり、嬉しそうにしっぽを振って緋山さんに駆け寄る。
「ただいまモカ。ってこのスーツ借り物だからだめ!」
足にすり寄るモカを必死に引き剥がそうとしている緋山さんを見てモカをこっちへ呼び寄せる。結局眠たかったのかモカはすぐに自分の定位置のクッションへと戻り寝始めた。
「ありがとうございます。モカの毛だらけになるところでした」
ジャケットを脱いでネクタイを緩めながら緋山さんがこちらへ歩いてくる。
「お疲れ様です。上手くいきましたか?」
「俺にはよくわかんないですけど、紫ノ宮さん的には上手くいったみたいです」
そう言いながらソファに座っている僕の隣に腰を下ろした。
「ワインですか?いいですね」
「緋山さんも飲みますか?今グラスを…っわ!」
気付かないうちにかなりの量を飲んでいたのか立ちあがろうとするとふらついてしまい、そのまま緋山さんの方へ倒れ込む。
「ちょっ、どんだけ飲んだんですか…ほとんどこれ空ですよ」
僕を抱き留めて緋山さんはワインボトルを手に取ると中身が全然ないことに驚いている。
「すみません、ついヤケ酒を…」
恥ずかしくて緋山さんの肩に頭をぐりぐりと押し付けながら口籠る。
「ヤケ酒?なんでですか?」
「それ聞いちゃいます…?」
肩を掴まれてそのまま顔を覗き込まれたので目を逸らす。
「いや珍しいなと思って。赤峰さん普段自信いっぱいじゃないですか」
「そんなことないですよ」
仕事に関してはもう場数も踏んできたし、緋山さんの言う通りそれなりに自信はついてきた。ただ恋愛のこととなると全く話は別である。貴方のことで悩んでいるんですけど、という気持ちを込めてジトりと視線を送るとまだこちらを見ていた緋山さんと至近距離で目があってしまう。
「緋山さんがいけないんですよ」
「はい?」
「緋山さんがかっこよすぎるから…」
「何の話ですか?」
酒の勢いに任せて緋山さんに抱き付くとあやすように背中をぽんぽんされる。
「今日の格好…」
「あぁ。白木さんが全部やってくれたんです」
知ってる、とは口に出さずに少し身体を離して改めて緋山さんの格好を見る。
「そんなに印象変わるなんて聞いてないです。しかも紫ノ宮さんとお似合いだし…」
きっと自分は今不貞腐れたような表情だろう。そんな自分を見て緋山さんはきょとんとしたあと、おかしそうに笑った。
「もしかしてヤキモチ妬いてくれたんですか?」
「…そうですよ」
大人しく認めると緋山さんは嬉しそうな表情になった。
「一日窮屈で疲れましたけど、赤峰さんが妬いてくれたなら悪くなかったかもしれないです」
「えっ?」
「紫ノ宮さんに頼まれた時からなんか乗り気じゃないなと思ったらそういうことですか」
今度は緋山さんが僕の肩にもたれかかってきた。普段スキンシップを取るのは僕の方からなので驚いてしまう。
「…いつもヤキモチ妬いてますよ。緋山さんモテますから」
そう返せば呆れたようにため息を吐かれた。
「それはこっちのセリフですよ。俺だっていつも心配です、赤峰さんを取られないか」
最近はテレビになんて出るから色んな人がライバルですよ、と恨みがましくこちらに視線を送る緋山さんにさらに驚く。
「えっ?…緋山さん酔ってます?」
「お酒は少し飲みましたけど赤峰さんほどじゃないです」
珍しい緋山さんのデレに夢なんじゃないかと思い始めるが頬を自分でつねってみると普通に痛かった。
僕がそんなことをしている間に緋山さんは緩めていたネクタイを完全に外してソファの肘掛けにかけた。ついでにボタンも第二ボタンまで外すもんだからはだけた胸元に目がいってしまう。そんな僕の視線に気付いた緋山さんが微笑む。
「据え膳、食べてくれないんですか?」
いつまで経っても敵わない恋人の誘いに乗って二人でソファに沈み込んだ。