キャロル

浮き足立つ街の雰囲気を感じながらバーへの道のりをやや早足で歩く。クリスマスイブの今日は年の瀬ということもあり、案件が立て込んでいて残業になってしまった。バーテンダーの恋人は当然仕事なのでせめて顔を見たいと慌てて事務所を出てきたが、閉店まであと一時間だ。とりあえずラストオーダーには間に合ったことに安堵しながら店のドアを開けた。
「いらっしゃいませ」
ちょうど手の空いていた緋山さんが出迎えてくれた。今日もかっこいい。他のお客さんを接客中だったマスターが会釈してくれたので会釈を返して、もはや定位置となりつつあるカウンター席に座った。
「遅かったですね」
昼間のうちに今日来ることを伝えていたからその言葉を聞いて待ってくれていたのかな、なんて自惚れてしまう。
「全然仕事が終わらなくて……」
「お疲れ様です。何にします?」
疲れて頭が回らない。お任せにしてしまおうか、と思ったがせめてものリクエストを伝える。
「クリスマスっぽいやつで」
今日何度も言われたであろうリクエストに緋山さんは苦笑しながら頷いた。
もう店の閉まる時間も近いし何より明日も平日だ。店内はどんどん人が減っていく。
静かな店内に緋山さんがカクテルを作ってくれている音が響く。手際の良い作業を見ていると、すぐに出来上がって綺麗な褐色のカクテルが目の前に置かれる。底にはチェリーが一粒沈んでいた。
「キャロルです。名前からしてクリスマスっぽいでしょう?」
悪戯っぽく笑った緋山さんが素敵で見惚れてしまいそうになるが、まずはカクテルに口をつける。一口飲むと良い香りと甘さが口に広がる。
「大人の味だ……」
思わず呟くと緋山さんがくすくすと笑った。
「けっこう強めですからね。今の赤峰さんならもう大丈夫かと思って」
「たしかにここに来た頃の僕ならちょっと楽しめなかったかも」
バーなんて付き合いでしか来たことのなかった頃の僕なら強すぎる酒の香りで眉間に皺を寄せていたかもしれない。
ここに通ううちにカクテルの奥深さに触れて、少しはこのような大人の味も楽しむことができるようになった。
「でもゆっくり飲んでくださいね」
他の客に呼ばれて緋山さんはそちらへ行ってしまった。彼の仕事ぶりを観察しながらカクテルを少しずつ楽しむ。店内はクリスマスイブということもあってカップルばかりだ。
このあと何とか僕の家に緋山さんを誘いたいところだけど緋山さんは明日も仕事だろうし上手くいくだろうか。ちなみに僕は午前中、半休をとっておいたから抜かりない。そのためにこんな時間になるまで残業していたのだが。
「ラストオーダーですけど、どうします?」
「今日はこれだけで大丈夫です」
疲れているから一気に飲んだら酔いが回りそうだった。緋山さんが作ってくれたキャロルを楽しみながら閉店時間を待つ。

最後のお客さんが帰って、僕も飲み終えたグラスを緋山さんに手渡す。
「今日は私が片付けしておくからもうあがっていいよ」
「えっ、でも」
「クリスマスだしせっかくお迎えも来てるからね」
マスターが僕にウインクした。着替えてきた緋山さんと並んで店を出る。
「意外とあったかいですね」
「そうなんですよ。昼間とかコート着てるとちょっと暑かったです」
ちょうど終電が終わった時間だったから駅まで行ってタクシーを拾おうということになり、歩きながらいつ切り出そうかタイミングを伺う。
「ケーキでも買って帰ります?」
「え?」
緋山さんからそう問いかけられて思わず首を傾げる。
「えっ、じゃないですよ。そのために待っててくれたんじゃないんですか?」
呆れたような表情の緋山さん。こっちはいつ誘おうかとドキドキしていたというのに彼はとっくにそのつもりでいてくれたらしい。
「ふふ、じゃあコンビニでケーキとチキン買って帰りましょう」
「何ニヤニヤしてるんですか」
「だって、緋山さんが僕と過ごすつもりでいてくれたのが嬉しくて」
「そりゃあクリスマスイブに店に行くからってわざわざ連絡来たら流石に俺でも察しますよ」
そこまで鈍くないです、と唇を尖らせた緋山さんが可愛かったのでその唇に軽いキスをした。
「ちょっ、外!」
「誰も見てませんって」
中通りだから僕たち以外誰も歩いていない。それにこの時間はみんなもう家で過ごしているだろう。大きな通りに出たところでちょうどタクシーが通りかかったので手を挙げて止める。
近くのコンビニでおろしてもらって二人でケーキを選ぶ。
「ホールいっちゃいます?」
「そんなに食べられませんよ」
「でもこれとか、そんなに大きくないですし」
サンタさんものってますよ、と言ったら緋山さんは呆れた表情をしつつもそれをカゴに入れてくれた。
もう夜遅いから割引のシールが貼られたケーキとコンビニのチキン。それでも緋山さんと食べるならごちそうだ。
「これ以上飲んだら僕、寝ちゃいそうなんで先にシャワー浴びてきますね」
家に着いて急いでシャワーを浴びる。リビングに戻ると緋山さんが僕の家にある道具を使ってカクテルを作ってくれていた。
「えっ、すみませんわざわざ」
「暇だったんで」
「緋山さんもシャワー浴びます?」
「じゃあお言葉に甘えて。これ飲んで待っててください」
僕の家に置きっぱなしの着替えを持って緋山さんはバスルームへと消えて行った。
緋山さんが作ってくれたカクテルを飲みながら彼を待つ。甘くて牛乳ベースのこれはエッグノッグだろうか。これまたクリスマスらしいカクテルに気分が上がる。
緋山さんが戻ってきたのでチキンを温めてテーブルに並べる。買ってあったシャンパンのコルクを抜くとポンと良い音がした。
「では、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
去年の僕はまさかこうして彼と二人でクリスマスを過ごしているなんて思ってもみなかっただろう。
「ケーキどうします?」
「このままでいいんじゃないですか?」
小さなホールケーキだったので切り分けることもしないでそのままフォークでつつく。
「これはこれでいいですね。僕、子供の頃憧れてました」
「ケーキのホール食い?」
「はい。する機会ないじゃないですか」
なんだか少し悪いことをしているみたいでワクワクする。
「そういえばさっき作ってくれたのってエッグノッグですか?」
「正解です。ある物で作ったのでもどきですけど」
本当はスパイスなんかも入れるらしい。
「お店で飲んだキャロルも美味しかったです」
「それはよかった」
シャンパンのせいで少しだけ顔の赤くなった緋山さんの唇の端にクリームがついているのを発見する。
考えるより先にそれを舌先でぺろ、と舐めとると緋山さんは驚いたのかぎゅっと目を瞑った。そのまま今度は唇を舐めると、薄ら開いたので舌を捩じ込む。
「ん」
二人きりのリビングに互いの唾液が絡み合う水音が響いた。
「緋山さんのことも食べていいですか?」
「…最初からそのつもりだったくせに」
「ふふ、いただきます」
照れ隠しでそっぽを向いてしまった緋山さんにもう一度口付けて、ケーキのクリームで甘ったるい口内を存分に味わった。