頭が痛い。もうずっと満足な食事を摂っていなかった。鎮痛剤を手に取り、口の中へ放り込むと先生が眉をひそめた。
「赤峰くん、食事はきちんと摂らないと」
明墨法律事務所へ入ってから何度も言われた言葉だった。
「わかってます。わかってるんですけど……」
「君が言いたいこともわかるが選り好みをしていては日中の活動に支障をきたす。早めにちゃんとした食事を摂るんだ」
耳がタコになるほど言い聞かせられたその言葉に曖昧に頷いて、僕は気休めにもならないトマトジュースを飲んだ。
吸血鬼は十字架が苦手。吸血鬼は太陽が苦手だから日中活動できない。そんなのは幻想だ。人間社会に吸血鬼は溶け込んで生活している。普通の人間と違うのは長い寿命と水分では癒せないのどの渇き。血を飲めば解決するそれだが、僕は生まれつき血が苦手だった。吸血鬼としては重大な欠陥だ。明墨先生も僕とは違う血統だが、吸血鬼の一族でそれもあって僕のことを事務所に誘ってくれたらしい。吸血鬼なのに血を飲めない僕は人間の血をもとに作られたサプリメントを飲んでだましだまし生きてきたが、最近はどうも調子が悪い。吸血鬼社会では人間の血が普通に取引されていて、以前はギリギリ飲める人間の血もあったがここ最近はまるでダメだった。
「赤峰さん、大丈夫ですか?」
先生に頼まれて書類を届けるために訪れた緋山さんのアパートでここ最近悩まされている頭痛に襲われた。緋山さんが心配そうに僕の顔を覗き込む。
「大丈夫です。ちょっとお腹が減っただけですから」
誤魔化すようにそう答えると緋山さんは少し思案して、立ち上がる。
「そういえば昨日りんごを貰ったんです。切りますね」
僕の空腹はりんごでは満たせないが、正直に伝えるわけにもいかないのでキッチンへ向かう緋山さんをそのまま見送った。
「いてっ」
少ししてキッチンから緋山さんの声が聞こえた。次の瞬間、キッチンから甘い香りが漂ってくる。その香りに誘われるようにキッチンへ向かうと包丁を片手に指先から僅かに血を流している緋山さんがいた。
「切っちゃいました。ダメですね、慣れないことすると」
照れくさそうに笑った緋山さんの声はほとんど聞こえていなくて、僕は彼の指先に釘付けになる。
「…美味しそう」
「え?」
戸惑う緋山さんの手首を掴み、その甘美な香りに誘われるまま彼の指を口に含んだ。途端に口の中に広がる果実のような甘さに、僕は夢中で彼の指先を吸った。しかし傷口が小さかったのか、あっという間に血が止まってしまう。
「もっと、もっとください」
僅かに残った理性で彼の手から包丁を奪って台所に置き、掴んでいた手を引っ張って引き寄せる。ちょうど首周りががばりと開いた服を着ていた彼の首元に唇を寄せ、そのまま歯を立てた。吸血鬼特有の尖った犬歯が彼の皮膚を突き破る。
「いっ」
痛みに声を上げ、体を強張らせた緋山さんを宥めるように背中を撫でながら、それでも血を飲むことは止められなかった。少しすると力の抜けた彼が僕に凭れかかってきたので抱き留めて、血を飲みすぎてしまったかと焦りながら顔を覗き込む。ぐったりと僕に身体を預けた緋山さんはとろんとした表情で呼吸が荒かった。
「はぁ、は、なにを、体が、あつい」
縋りつくように僕のシャツを掴みながら潤んだ瞳で見上げられてどきりとする。そして昔聞いた話を思い出した。吸血には痛みが伴うため、人間に拒否されないよう吸血時に快楽を与えるといった内容だった気がする。何せ人から直接血を飲んだのが初めてなので勝手がわからずおろおろしてしまう。
「すみません、つい。緋山さんの血があまりにも美味しかったから…!」
「なんですかそれ。血を飲むなんて…まるで吸血鬼みたいだ」
見事に言い当てられて言葉に詰まる。
「もしかして本当に…?」
そんな僕を見て、緋山さんは信じられないといった表情を浮かべる。当然だろう。吸血鬼は正体がバレないように人間社会に溶け込んでいるから。
「痛いですよね」
彼の首にくっきりとついてしまった歯形にそっと触れると緋山さんはぴくりと身体を震わせた。
「んっ、痛くはないです。それよりも体が熱くて」
そろりと視線を下に落とすと彼のそこは熱を持ってスウェットを押し上げていた。
「すみません、僕が血を飲んだから」
「見ないでください。って、あっ、どこ触って!」
服越しに股座を撫でると彼は目を見開いた。
「僕のせいなので、責任取ります」
膝をついて彼のスウェットを下着ごと下ろし、すでに先走りを流すそれに触れる。不思議と嫌悪感はなかった。むしろ先端から溢れる精液が美味しそうに見えて思わず舌を這わせる。
「あぁっ、ん、や、あかみねさ」
緋山さんが僕の両肩を押すが全然力が入っていない。そのまま歯を立てないように細心の注意を払いながら彼の陰茎を咥えた。先程飲んだ彼の血よりは薄く感じるが、彼の精液からも甘さが感じられた。精液って血液と同じ成分も含まれてるんだっけ、と考え事をしながらも口淫を続けていると緋山さんが僕の肩を今までよりも強く押した。
「や、だめです。も、イくっ」
「らひていいれふよ」
彼のモノを咥えたままそう告げて、根元は手で扱いてやり絶頂を促す。
「うっ、ん、くっ、もう、〜っ!」
そのまま僕の口の中で達した彼のそこから精液が溢れてくる。それを飲み干してようやく彼のそこから口を離すと緋山さんが床に座り込んだ。
「はぁ、は、なんてことを…飲んだんですか?」
「はい。美味しかったです」
「美味しかった?!」
絶頂の余韻で頬を紅潮させ、肩で息をする緋山さんに感想を告げると信じられないものを見るような目で見られてしまった。でも美味しかったんだからしょうがない。
一度出して落ち着いたのか我に返った緋山さんはいそいそとスウェットを履き直す。
「そもそもさっきのは何だったんですか。赤峰さんに噛まれた瞬間、体が熱くなったんですけど……」
さすがにここまでしておいて誤魔化しはきかないだろう。覚悟を決めて口を開く。
「実は僕、吸血鬼なんです」
緋山さんは目をぱちぱちとさせた。
「でも生まれつき人間の血が苦手で飲めなくて」
「えっ、でもさっき俺の血飲みましたよね」
緋山さんは僕がつけた歯形を手でおさえた。
「そうなんですよ。緋山さんの血は美味しく感じたんです」
「はぁ。それって定期的に飲むものなんですか?」
意外にも順応性が高いらしく、僕が吸血鬼であることを緋山さんはあっさり受け入れた。
「そうですね。飲まなくても大丈夫と言えば大丈夫なんですが、日中の活動に少々支障をきたすくらいですかね」
そういえばここ最近ずっと悩まされていた頭痛が嘘のように消えて、頭がすっきりしている。久しぶりに血を飲んだからだろう。
「体が熱くなったのは、吸血する際に拒否されたら困るので人間には快楽を与えるみたいです。僕も今日初めてだったのでびっくりしましたが……」
「初めて? じゃあ今までどうしてたんですか?」
怪訝そうな表情の緋山さんにカバンからサプリメントを取り出して見せる。
「人間の血から作ったサプリメントです。こういうのでだましだましやってきたんですけど、最近調子が悪くて」
「調子が悪い?」
「ずっと頭痛に悩まされてたんです。でもさっき緋山さんの血を飲んだら治ったので、きっと血が足りてなかったんだと思います」
手渡したサプリメントをまじまじと見つめている緋山さんに向き直り、正座をする。
「そこで緋山さんにお願いが」
「嫌な予感がするんですけど……」
「また血を飲ませてください! たまにでいいんで!」
「やっぱり……」
がばっと頭を下げる。僕が美味しく飲める血に出会うなんてこれを逃すと一生ないかもしれない。こんなチャンス絶対に逃すわけにはいかない。
「僕が緋山さんを無罪にしますから!」
「それは先生に協力するためにそうしてもらっただけで…罪はちゃんと償います」
「じゃあ僕ずっと待ってますから!」
必死に頼み込むと緋山さんは若干引いていた。
「そんな何年も飲まなくて大丈夫なんですか?」
「これまでなんとかやってきたのでそれくらいは我慢します。出所後の緋山さんは僕が面倒見ますから血を…!」
吸血鬼は長生きだ。数年なんてどうってことないはず。緋山さんの血の味を知ってしまった今、何年も我慢できるかは若干不安だがそこは何とかなるはずだ。
「お願いします!」
「…わかりました。血を飲むのは別に構いませんけど、あれは何とかならないんですか」
「やった! …って、あれとは?」
「飲むときに快楽を与えるってやつ……」
「あぁ。それは僕にはなんとも…すみません、今更ですけど嫌でした?」
半ば無理矢理彼のそこを咥えてしまったので心配になる。しかし緋山さんは気まずそうに目を逸らした。
「嫌というか、刺激が強すぎて……」
もごもごとそう言った緋山さんがどうしようもなく可愛く見えてしまった。そして拒否されなかったことに安堵する。
「嫌じゃないなら僕に身を任せてください。ちゃんと気持ちよくしますから」
「困ります。毎回あんなことされたら、おかしくなりそうだ」
彼の腕を引いて、僕がつけた歯形の残る首に唇を落とした。
「おかしくなっても僕が面倒見ますから、大丈夫ですよ」
そのままそこをぺろりと舐めると少しだけ滲んでいた血から甘美な味が広がる。
「そうやって人を誘惑するんですか?」
「逆ですよ。僕たちが気に入った人間に依存するんです」
見つめ合いながら唇を重ねて、彼の舌を絡めとる。そのままこちらの口内へと引き摺り込んで彼の舌に歯を立てた。
−END?−
超COMIC CITY ONLINE -250505- にて公開していたお話の再録です。