春の終わり、君の始まり
※社会人設定
「え?丸井さん?」
「うん!どんな感じ?やっぱり、優しい?」
社会人一年目。仲良くなった同僚の子たちとランチタイムをとり、他愛もない話で盛り上がっていれば、研修生の身である私を担当する先輩の話になった。丸井ブン太さん。どうやら彼は、社内人気ナンバーワンらしく、私の担当をすると決まったとき、女の子たちから羨望の目を向けられたのは言うまでもない。
彼女は彼を気にしているのか、好奇心旺盛な子どものような瞳で私へと訊ねた。可愛らしいなと感じつつ、視線を食べていたお弁当へ移す。
「優しい…というか、チャラい…。」
「えー?でも、優しいでしょ?」
「まぁ…。優しいかな。」
「やっぱり!」
確かに、彼女の言う通り彼は優しい。人当たり良好、人望も厚く、輝かしいあの笑顔とルックス。モテないわけが無い。
実際、一緒に居て心臓に悪いことが多いのだ。まるで子どもを甘やかすような声色と表情で褒めたり、さり気なく重い荷物を運んでくれる気遣いがあったり、時には子どものように喜び怒り、まるで魔法を掛けれたかのうように彼は常に眩しくて輝かしいのだ。
私の気持ちを知ってか知らずか、彼女は先程と変わらない瞳で「他には?」と質問攻めをしてくる。
わたしは、小さな嘘を吐く。
「ん〜…、私もそんなには知らないかな。」
「そうなの?」
「うん。みんなが知ってる程度でしか、関わらないし。」
「まぁ、そうだよね。ありがとう、教えてくれて。」
「ううん、頑張ってね。」
この気持ちは、誰にも知られたくない。自分だって、認めたくないのだ。ゆるゆると、彼に惹かれていく自分の気持ちがあることを。
ランチタイムを終え、社内へと戻る。自分のデスクへと向かうその途中、丸井さんから声を掛けられた。
「白石。」
「はい。」
「外回り行くから、用意しろ〜。」
「え、あ、はい。」
普段は着いてこいなんて、言わないのに。言われた通り、早々に用意をし、社内を出ていく彼の後を追う。早すぎる!鬼畜!なんて思いつつも、彼が乗ろうとしているエレベーターへと駆け込む。
「駆け込みエレベーターは危険ですので、お止め下さい、お客様〜。」
「だ、れのせいだと、思ってるんですか、!」
「ははっ、冗談じゃん。可愛い後輩は、ついいじめたくなるんだよな〜。」
息を切らし体制を整えようと必死になっていれば、彼は変わらない笑みを零し、私の頭を撫でた。ああ、ほら、また。そうやって彼は、私を落としていく。熱くなる頬を隠すように、顔を俯ける。これはきっと、今日の外の気温が高いせいだ。「ほら、行くぞ。」と笑った彼の背中を追うように、「はい。」と返事をした。
「今日、暑いな〜。」
「あの、どうして今日は外回りに?」
「なんで、着いて来いって言ったか?」
「はい。」
「最近お前、俺を避けてんじゃん。何かしたかなと思って、二人きりになる機会これくらいしかねーし。」
避けてなんか、いない。ただ、少しだけ距離を置いただけ。近い、と感じたから。彼に惹かれていく自分が怖かったから。人を避け、前を見て歩く彼の表情はよく見えない。何と答えたら、いいのだろう。冷えていく心臓を隠すように、小さく声を発した。
「避けてなんか、いないですよ。」
「…じゃあ、なんでよそよそしくすんの?」
「よそよそしくなんか…。」
「お前、気づいてないの?自分が思ってる以上に、他人と距離が近くて嘘をつくのも下手なの。」
立ち止まった彼より、一歩遅れて立ち止まる。棘が刺さる。知らなかった。自分が思っている以上に、他人と距離が近くて嘘が下手だなんて。喉が渇く。それはきっと、この緊張感のせい。彼の表情を見れば、眉間に皺を寄せてはいるが、怒っている様子ではなかった。強いて言うなら、哀しい。そんな表情。彼の言葉に何も言えなくなっていれば、「ごめん、もう気にしなくていいから。先に会社戻ってて。」そう私から逃げるように、彼は人混みの中へと去っていった。
よくわからない感情が、渦巻いた。
それからの記憶は曖昧だった。ただ、彼が会社に戻ってきた時の記憶だけは鮮明に覚えていて、彼の機嫌はすっかり良くなっていた事にホッとした。
夕方、社内の人数も疎らになってきた頃。デスクワークを終えたわたしは、そろそろ帰ろうと伸びをする。疲れた。お風呂に入って、お酒でも飲みながら録画しているドラマを早く観たい。小さくため息を吐き、鞄を肩にかけ、席を立つ。そのまま、周りに「お疲れ様です。」と挨拶を返し、エレベーターへと向かった。
「はぁ、疲れた…。」
廊下を歩き、小さく声に出す。いつもなら、真っ先に「お疲れ!気をつけてな。」と笑顔で返してくれていたのに。彼は、先に帰ったのだろう。社内に彼の姿は見当たらなかった。自分で望んだはずの結果。それなのに、どうしてかな。
「痛い…。」
胸が、心臓が、ズキズキするの。凄く痛い。自分から避けたはずなのに、思い出すのは彼の優しい表情。わたしは、知らない間に自分で気付かない振りをしていたんだ。こんなにも、彼を恋しく感じていたのを。好きで好きで大好きで。好きだという気持ちに、蓋をしようとしていた。抑えられるはずがないのに。
ズキズキと痛む胸に、涙を堪え、会社を出て帰路を歩く。痛い。そんな私の気持ちなんか、お構い無しなのか。帰路の途中、彼の姿が見えた。公園の入口で、彼は誰かを待っていたかのように立ち尽くしていて、こちらに気づいたのだろう。ゆっくりと俯いていた顔がこちらへと向き、視線が合う。
柔らかく、彼が微笑んだ。瞬間、私の堪えていた涙がたくさん溢れ出した。
「え!?な、え、どした!?」
「丸井さ、ふっ、ひ、ごめん、なさい〜!」
「え、何が!?」
「避けるような、こと、ひっ、しちゃって、ごめ、んなさい、」
止まらなかった。涙も謝罪の言葉も。子どものように泣き喚き、彼へと謝罪する。もう避けたりしないから、嫌いにならないで。そんな気持ちでいっぱいで。子どものように泣き喚く自分が恥ずかしく感じながらも、嫌われたくないという気持ちが止まらなくて。
そんな姿の私に、最初こそ戸惑っていた彼は、私の謝罪の言葉を聞き、呆れたように笑った。ああ、ほら、その笑顔に私はまた落ちていくのだ。
「馬鹿だなぁ、もう気にしてないから泣き止め?」
「っひ、ほんと、ですか…?」
「おう。よしよし、大丈夫だから。」
頭を撫で、そのまま彼に抱き締められる。まるで、幼子を宥めるように。心地良いリズムで、背中を優しく摩られる。すき。だいすき。溢れ出して止まない涙で、彼の肩を濡らし、腕を背中へと回した。ああもう、言ってしまおうか。煩く脈を打つ心臓の音に紛れるよう、小さく声を発した。
「丸井さん、」
「んー?」
「…すき、です。」
心臓が煩く鳴る。ああ、今ならこの腕の中で死んでしまってもいいくらい。それくらい、胸が痛い。振られる覚悟で彼の返事を待っていれば、彼が口を開いた。
「知ってたし、泣くくらいなら最初から避けんなよ。」
「え、」
「なに、やっぱりお前気づいてなかったんだ?鈍感だな、白石は。」
「なんで、」
そう呟けば、彼が離れ、こちらへと視線を合わせないよう照れくさそうに呟いた。
「入社日の時から、見てたからに決まってんだろ。だから、俺から言わせて。」
一緒だった。彼も、私と同じ気持ちだった。止んでいたはずの涙が、また溢れ出す。彼の真剣な言葉に、小さく頷いた。
「白石みおさん、好きです。俺と付き合ってください。」