今はそれだけを神に感謝する


風鈴の音が小さく鳴り、弟たちの燥ぐ声が聴こえる。何をしているのだろうか。そんな小さな好奇心に駆られ、涼んでいた自室から出た俺は、聴こえる声の方へ、歩を進めた。庭の方へと続く廊下を歩いていれば、前方に見慣れた背中をみつけ、声を掛ける。
俺の声が届いたのだろう、足を止め、こちらへと振り向き、彼女は柔らかく笑った。

「主〜!」
「鯰尾。どうしたの?」
「ん?弟たちの燥ぐ声に釣られて歩いてたら、主の背中が見えたのでついお声を。主は?何処向かってるんですか?」
「鯰尾と一緒。私も声に、釣られたの。」

そう恥ずかしそうに笑った彼女に、胸が鳴る。そうか、一緒だったのか。嬉しいなぁ。飛び跳ねる胸を抑えつつ、彼女とほぼ同時に歩を進める。「そういえば、近侍の鶴丸さんは?」「ずっと座ってるの飽きたからって、どこか行っちゃって。」「鶴丸さんらしいですね〜。」「長谷部が居たら、怒られてるだろうね。」「確かに!」ふたりで談笑をしつつ、庭へと向かえば、先程から聴こえる弟たちの声がより一層大きくなった。
庭が見えるであろう縁側へと足を掛ければ、こちらに気づいたのだろう。弟の一人である、乱が彼女を呼んだ。

「あ!主様!と、鯰尾兄!」
「主様〜!」
「俺は後付けなのね。」
「ふっ、くふふっ、」
「ちょっと、主!笑わないでください!」
「ごめ、だって、余りにも後付け感強くてっ、あははっ、も〜おもしろい、!」

彼女を呼んだ後に気づいたのか、はたまたは、わざとか。取って付けたような後付けのように、俺の名前を呼んだ乱に苦笑する。そのやり取りが、彼女には面白かったのか。小さく笑いだした彼女に、笑うなと言葉を掛けたが、笑いが治まらないのだろう。笑いながら謝罪されてしまった。
むむ…と拗ねつつも、彼女を置いて、弟たちの方へ歩み寄った。そんな俺の後を追うように、彼女もこちらへと寄ってきた。楽しそうに遊んでいる弟たちへ、言葉を掛ける。

「何してるの?」
「宝探し遊びです!」
「宝探し?何を探すの?」
「鶴丸さんが隠した、鶴丸さんの大事なものだよ!」

五虎退が答えた"宝探し遊び"という言葉に、彼女が何を探すのか訊ねた。また愉しそうなことをしているなぁと思えば、乱が"鶴丸さんの大事なもの"と答えた。
鶴丸さんという名前が出た途端、俺と彼女は顔を見合わせる。職務を放棄し、短刀たちと遊んでいたのかと納得し、彼女とふたりで苦笑した。
"鶴丸さんの大事なもの"かぁ。なんだろう、あの羽織かな?それだったら流石に、土の中には埋めないよなぁ…。愉しそうに土を掘る弟たちを見て、頬を欠く。何か、手掛かりとかないのかな。そう聞こうと口を開きかけたその時、彼女が口を開いた。

「ヒントとかないの?」
「ヒントって何ですか?」
「あっ、えーっと、あれだよ、あのー…。」

"ヒント"という言葉が理解できない俺たちの気持ちを汲み取るように、どういう意味なのかを聞き返した前田に、彼女は困ったようにあーでもない、こーでもないと頭を悩ませている。ヒント…彼女が前に居た場所の現代語なのだろうか、俺にも理解が出来ないでいた。こういう時、薬研や鶴丸さんが居れば、分かったのかもしれない。ふたりは、現代語の勉強を熱心にしていたから。まぁ、ふたりの場合愉しくてだろうけど。

「そうだ!手掛かり!手掛かりって言いたかったの!やっと、出てきた〜。」
「手掛かりですか?それが、"大きなもの"としか言われてないんです。」

彼女が唐突に吐いた言葉に、肩を揺らすも、目を瞬かせる。ああ、なんだ。彼女も、俺と同じ考えだったんだ。嬉しそうに笑う彼女を見、俺も小さく笑う。
そんな彼女の言葉を聞き、哀しそうに眉尻を下げて答えた秋田と同じような表情をした、弟たちを見つめる。どうしたものか、と頭を悩ませていれば、今まで何処に居たのか。突然、彼女の背後から鶴丸さんが現れた。

「ばぁ!」
「きゃあ!?な、え、つ、鶴丸さん!びっくりさせないで下さい!」
「はっはっはっ。驚いたか?なに、短刀たちがもう"大事なもの"を見つけてしまったから、普通に出るのもつまらないだろう?」

驚かされた彼女は、声を荒らげる。そんなことはお構い無しなのか、鶴丸さんは"大事なもの"が見つかったと答えた。その言葉に、彼女と鶴丸さん以外の全員が顔を見合せた。見つかった?え、手掛かりがないからどうしようって悩んでいた矢先だったじゃないか。
ふと、鶴丸さんの表情を見れば、視線が合う。すると、彼は柔らかく笑った。
ああ、なんだ、そうか。思っていることは、きっとみんな同じなんだ。
笑い声を小さく洩らし、彼女へと駆け寄った。

「鶴丸さんの大事なもの、みーつけた!」
「わっ、!?」

そう声を出し、彼女を優しく抱擁すれば、先程同様に声を張り上げ、俺を優しく受け止める。そんな俺が羨ましかったのか、弟たちがこぞって「ずるい!」と声を上げ、彼女へと抱き着いた。「ははっ、なら俺も〜。」「も〜!鶴丸さんまで…。」彼女の表情は見えないけれど、きっとあの柔らかい笑を零しているのだろう。いつまでも、こんな暖かい日々が続きますように。彼女が、いつまでも笑っていられるように。そう、願いを込めて。彼女の手を優しく握った。


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