鮭雑炊B−Law−


どうしよう。
ローに抱き込まれたまま眠られてしまった。
そもそも何でこんなことに。

…あれかな、モテる男の常套手段なのかな。

抜け出そうと体を動かすと、ぎゅっと力の入る腕。

ベッドに引き込まれたことに正直すごく動揺して、
それを隠して笑顔を作ったものの、なぜか逆効果だったようで。

「…ロー、」

なんだろう、実はものすごく人恋しかったとか?
体調悪いときに傍に誰かいてほしい気持ちはわかる。
それなら少しは優しくしてあげようと思える。手段が強引だったことは後で苦情を付けるとして。

可能な範囲で手を動かして、肩から背中にかけてをゆっくりなでる。

「大丈夫だよ、起きるまでここにいるよ」
「…ん…」

声が聞こえたのかは分からないけど、肩をなでるたび徐々にローの体から力が抜けていく。
ぐっすりと熟睡し始めたところで、腕から抜け出すのに成功した。

LINEを見ると住人からの夕飯リクエストが。
…さっき起きるまでいるって言っちゃったしなあ。
たとえ夢の中だったとしても、約束には責任を持とう。

{ちょっと色々あって、今日は無理そう。ごめんなさい!}

雑炊は起きたら食べてもらうとして、と部屋を見渡す。
他人の部屋に入るとつい家事代行の血が騒いで、散らかっていると片づけをしたくなる。

頼まれてはいないけど、やってしまおう。
昼間に取り込んだ洗濯物は他のものを参考に畳んで、床に落ちた洗濯物は洗濯カゴに。
重なる医学書は手を付けないほうがいいと判断して放置、紙の束も同じく触らない。
いくつか溜まったマグカップを、水音しか出さずに洗い上げる。
ベビーシッターの仕事中は乳幼児が寝てる中で洗い物をすることもあるから、この辺りは得意分野。

床から物がなくなって、シンクが空になっただけで印象はかなり変わる。
あと、欲を言えば掃除機をかけて水回りの掃除をしたいけど、そうなるとたぶん家主が起きてしまうし。

どうするか考えていたら、ローが寝返りを打った。
手がさわさわと何かを探す。
近づいて、手に触れるとぎゅっと握られた。
ゆっくり持ち上がるまつ毛。
男の人だけど長いまつ毛だなあ、普段クマに見えてるのは一部まつ毛の影なのかも。

「…おい」
「なに?」
「誰が離れていいと言った」
「ロー、王様モードだねえ」

また引き込まれる腕を逆に引っ張り返す。

「そろそろ起きないと、寝すぎて逆にだるいんじゃない?」
「…」

ゆっくり体を起こしたローが部屋を見渡す。
「お前、片付けたのか」
「ごめん、つい気になっちゃって。本とか書類は触ってないから安心して」
「いや、別に」

雑炊を温めなおして食べてもらいながら、何とかローを言いくるめて水回りを掃除する。
単純に掃除をして部屋がきれいになることが好きなだけなので、
それが自分の部屋か他人の部屋かはあまり関係ないし、汚れが強いからと言ってその人の印象が変わるわけでもない。
我ながら、家事代行のバイトは向いていると思う。

「…うまかった」
「よかったです」
「あと、部屋、助かった。礼はする」
「いいよ、勝手にやったんだから」

すっかり通常営業の表情になったローを見て、元気になって良かったと思う反面、
頬を撫でたりはもう出来ないなあと少し惜しい気持ちにもなる。
まあでも、普段見られないローを見られたし貴重な一日だった。

「明日も休み?」
「休みだ」
「良かった、しっかり治してね。おやすみ」
「…ああ」

- 17 -

*前次#


ページ: