早朝おにぎりF


「トラファルガー先生、ご自宅に帰られるんですか?」
「停電まだ復旧してないんですよね?病院にいらっしゃった方が…」
「一旦帰る。何かあればオンコールしてくれ」

自転車で信号と街灯が消えた街を走る。

患者が目の前を通り過ぎるたび、マナの手の温度を思い出した。
物流が途絶えたらしく、病院食ですら間に合わせのものが出される中、
夜7時にようやく2度目の飯にありついた。
いつもどおりの握り飯。
いつも通りの卵焼き。
気を抜いて食うとどうにかなりそうだった。

今日一日、俺はマナに生かされていた。



日付が変わるころにスペースに着くと、メッセージボードにマナの書き置き。
{安否確認!}
{帰宅した人マナまで連絡ください}

携帯は夕方から圏外だ。どう連絡しろと。
停電していればチャイムも鳴らないはずだ。
考えるのが面倒になり、許可なく部屋に入ろうとすると、ガチャっと鍵が引っかかる音がした。
短く舌打ちをする。
部屋の中から足音がして、ドアからマナが顔を出した。

「あ、ロー。おかえり」
「お前、いい度胸だな。連絡寄越せと書いておいて部屋に鍵かけて安眠とは」
「あれ?え?」
「だいたい夕方から圏外なんだから連絡できるわけないだろ」
「あ、そうなの?きょう日没と同時に寝たから知らなかった」
「お前いつから原始人になった」
「…きっと、ローたち夜中に帰ってくるから、先に寝て待ってようって思ったの」

ふわり、と笑う顔に、こちらの力も抜ける。

「すぐ寝る?それともお茶とか飲んでからにする?」
「…コーヒー」
「…淹れて差し上げましょう」

スペースに入り電池式のランタンを灯したマナのシルエットが壁に映る。
マナがやかんで湯を沸かしている間に、窓の外を見て感嘆の声を上げた。

「ロー、見て!」
「あ?」

手招きされて近づくと、一面に広がる天の河。

「…きれい」
「…あァ」
「あ、そうだ!外でコーヒー飲まない?」

マナがキャンピングチェアを引っ張ってくる。
どこから出してきたそんなもの。
暖を取るための毛布まで用意したマナに外へ押し出される。

「はい、座って!」
「…お前な」
「いまコーヒー持ってくる!」

仕方なく毛布を掛けてマナを待つ。
ランタンに照らされた伏し目がちの横顔が絵画のようだった。

「はいこれ」
「あァ」
「こっちも持ってて」

マナが座って毛布に包まる。

「きれいだね」
「…そうだな」
「普段はこんなふうに見えないよね」
「街が明るいからだろ」
「そっか。ちょっともったいないかも」

今日、横になったとしても確実に眠れないだろうと思っていた。

普段より、コーヒーの香りが濃く感じる。
中身のない雑談が、昂った神経を解いていくのが分かった。
この日ほどマナに癒されたと感じた日はなかった。



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