とても短い話
1000文字に満たない話、ネタなどを置いています。
名前変換はありません。

怒られる紫鸞
彼の片付けの下手くそさは知っていたつもりだ。だからこそ出立する前に必要なものはあらかじめ一箇所にまとめておき、入用の際はそこから出すよう言いつけた。彼も頷いて理解を示してくれた。けれどほんとうの意味でわかっていなかったのだ。
「紫鸞。紫鸞」
二度、彼の名を呼ぶ。大仰しい名前を冠する彼の肩がぴくりと跳ねる。腹の底から出た低い声は明らかいつもの私ではなく、それに臆しているのか気まずいのか。黒い蓬髪の間から覗く明け方の空。下げられた眉尻は憐れな仔犬を想起させた。しかし。
「そんな顔しても駄目だから」
すぱっと切り捨て、眼前の光景を改めて見遣る。一時の住まいとして借りた狭い房を埋め尽くさんとばかりに散らばる私物。しまっていたはずの物も使い終わった物も、これから使うだろう物まで。水を張って布を浸しているあの浅い皿、あれ顔を洗う用じゃなくて花を活けるための物なんですけど。
「そう、なのか?」
「蓮の絵が描かれてあったでしょ」
「あった気もする」
駄目だこいつ。嘘でしょ、こんなにも抜けてて大丈夫なの?いや大丈夫じゃないのは房の有様を見れば一目瞭然だ。深く息をついてかぶりを振ると彼が申し訳なさそうに目を瞬かせた。転戦の都度、敵を圧倒するその武勇を幾人もの英傑に讃えられているとは思えない態度に、失笑してしまう。一度剣を抜けば獲物を定めた狩人のごとくというのに、今の彼はさながら怒られるのを怖がる子供だ。
「片付け手伝ってよね」
呆れ混じりに小突けば、彼は肩の力を緩めて頷いた。浮かべた微笑に何だか胸のざわつきを覚え、そっと目を逸らす。
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