とても短い話


1000文字に満たない話、ネタなどを置いています。
名前変換はありません。

放り投げられた贄*荀攸


モブ視点


―――最近、蜀から降った女将はやけに声が大きい。

「あっ!!じゅんゆー殿発見!おはよーございます!」

「…………はい」

「今日も暗いお顔ですねじゅんゆー殿!一緒に体伸ばしますか?とっておきの場所知ってますよ」

「……いえ、大丈夫です。問題ありません」

「遠慮しなくてもいいのに」

そして態度も大きい。降将という立場もなんのその。目付け役と宛てがわれた荀攸殿に甚く懐いてみせ、彼が居るところには彼女が居るとまで揶揄されている。降った経緯が彼の説得というのも相まって、二人は男女の仲だ、なんて下馬評も疎らに耳にするが、起因となっている彼らは知らないようだ。女将の気性を考慮して知っても態度を改めることはなさそうだが。

「あ、そういえば。聞いてくださいよじゅんゆー殿。昨晩じゅんゆー殿が寝てしまわれた後にかっか殿と賈詡殿とも飲み交わしたんですが、そこでじゅんゆー殿の話になったんですよ」

宿酔で青を通り越して白いまである荀攸殿の様子など視界に入っていないのか、はたまた己の話に熱を入れすぎているのか、女将の口は止まる気配を見せない。何故行動を制限されている身分がおいそれと軍師たちと酒を共にできるのかは謎だが、それはそれとして宿酔で今にも崩れ落ちそうな眼前の軍師殿には目を向けないのかと柄にもなく助け舟を出したくなった。

「じゅんゆー殿ってば全然自分の話してくださらないと相談したところ、お二人は快く教えてくださったんです。じゅんゆー殿ってあれなんですね、釣りがお好きなんですね。私もよく釣りしますよ。質の良い餌使うとそれに見合った獲物がわんさか釣れて楽しいことこの上ないです。上手くいく秘訣はなんといっても餌にかかってます。質が高ければ高いほど獲物を釣れる確率は高くなりますから。そうだ!今度一緒に釣りしませんか?とっておきの穴場を教えます!どうです?どうです?ちょっと暗い場所ですけど大丈夫、じゅんゆー殿ほどの達者であれば多少の暴力沙汰なんてちょちょいのちょい、ですよ。なんなら自分が護衛しますから。ね?ね?ね?」

「……お聞きしますが、釣れた獲物というのは」

問われて一瞬きょとんとした彼女が言う。

「そりゃ勿論憎い政敵ですけど」

至極当然の風情で放たれた言葉に肝が冷える。人畜無害な態度で人に接しながら、その実相手に付け入る隙を虎視眈々と窺っているとも捉えられる気性に戦慄が走った。紛れもなく彼女は敵だったのだ。人好きする笑みを浮かべていても一廉の将、というべきか。額から伝った汗を拭って荀攸殿を瞥見すると、彼にしては珍しくわかりやすい顔をしていた。苦虫を奥歯ですり潰したかのような表情。末恐ろしい敵を招き入れたものだと後悔しているのか、頼もしい味方が増えたと喜ぶべきか、決めあぐねているのだろう。親しくない自分でもその心中は推し量れた。同時にそんな彼女の目付け役に宛てがわれた彼を心底哀れんだ。


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