とても短い話
1000文字に満たない話、ネタなどを置いています。
名前変換はありません。

それは寒い夜だった。*徐庶
吐き出す息は白く、動かす手脚は冷たさに痛み、闇を映す目は乾燥して瞬きが多くなる。背中を追ってくる数々の足音。山草を踏み、鬱蒼と茂る道を勝手知ったる足取りで迫ってくる。闇を突き抜ける都度、心臓が嫌に跳ねて呼吸ができなくなる。それでも立ち止まれない。限界などとうの前に迎えた体でもそれは理解しているようで、弱音を吐いて泣きじゃくる理性ごと引きずって駆ける。
「ぁ、あっ!?」
刹那のこと。跗を何か硬い物が遮り、それに掬われて体が前のめりに倒れる。気付かぬ間に沼地に入ったらしく、泥の飛沫が頬を掠め、あわや顔ごと落ちるところだったのを寸前で突き出した両手のひらには泥がこれでもかと覆っている。逃げないと。でないと奴らに。唇を噛み締めて立ち上がろうとした時のこと。突如、背後からどよめきが広がった。何事かと振り返るも当然そこは夜の闇に塗り潰された光景しかなく、山ということを理解している脳が勝手にそこに立っているであろう木々を脳裏に浮かべる。月はあいにくと隠されていて、それが夜気の辛さを倍増させる。ついぞ理解できずにどよめきは鳴り止み、代わりに安定した一つの律動が響いた。それは確かにこちらに近づいて来ていて、心臓が肉食獣を前にした小動物のように逐一跳ねる。
「―――大丈夫かい?」
茂みを掻き分けて現れる顔。相手が掲げる松明の明かりにぼうっと浮かぶ顔貌に、心当たりはなかった。けれど見知らぬ相手だという状況にも関わらず、示した気遣いと追っ手の解放を理解して涙がついに決壊してしまった。
「140文字で書くお題ったー」様より引用
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