鳴子のメッセージから五分後、蔵王が鳴子と帰宅した。
 ただ、全身びしょ濡れになっていたが。
「ど、どうしたの!? 転んだ? 傘壊れた?」
「どれでもないっす……。聞いてください鬼怒川先輩! イオが来るほんと一分前っすよ、前通った車が水ばっしゃー!ってかけていきやがって! あんだけでけー水溜まりあんだから速度緩めろよ!」
 頭から湯気でも出そうな勢いで言い募る蔵王に、ひとまずタオルを渡してやる。髪と体を拭きながらリビングに入ると、寝転んでいたはずの由布院が起き上がっていた。
「雨の日までオツトメご苦労さん」
「ほんとっすよ……あぁ、マジで今日何で出勤オッケーにしちまったんだろうって何回も思いましたよ……」
 濡れた服を着替えなくてはと部屋に向かおうとしたが、蔵王の前に有基が飛び出してきて「お帰りなさいっす!」と笑った。荒んだ心に染み渡るような、澄み切った笑顔である。
「風呂、沸いてるっすよ!」
「は、風呂? いや、まだ流石に早くね?」
 まだ午後一時すら指していない時計を見たが、有基はぶんぶん首を振った。
「こういう時は着替えるのもそうっすけど、まずは風呂っす! 風呂であったまってから、乾いた服に着替えた方が気持ちいーっす」
「……まあ、そっか?」
「すっす。さぁ、肩までぐいーっと浸かって、あったまってきてくださいっすー!」
 有基に背中を押され、蔵王が風呂場へ消えて行った。その隙に、鬼怒川は台所へ移動した。確かここにあったはず、と引き出し内を探していると、目的のものを発掘できた。
「イオってココア飲める?」
「ココアですか。飲めますよ」
「俺も飲みたいっす!」
「んじゃ俺も」
「……もう、俺はイオに聞いたんだけど?」
 とは言ったものの、飲みたいと言うならば仕方ない。大分手間がかかる上、一人分ずつしか作れないから、大人数分作るなら早く始めなくては。
 みんな飲むなら、俺も飲もっかなぁ。折角だし。そう考えてから、ココアと砂糖、水、牛乳を量った。
 さくさくと五人分用意すると、小鍋をコンロにセット。まずはココアだけを鍋に入れて、軽く煎る。ココアの香りが強まったら、砂糖と水を入れて、練っていく。この作業こそが、ココア作りに中々の時間を費やすことになる原因だ。ただ、割と作業自体は嫌いではない。段々とココアが水と混ざって、とろりとペースト状に変わるのは面白いと思う。でも時間かかるのだけはいただけないよな、なんていつも通りの矛盾が覗いた。
 いい感じに練れたところで、牛乳を入れて延ばせば完成だ。さて、あと四人分。
「ユモトー、これイオに持って行ってー」
「はーい!」
 まずは外から帰ってきた人優先だ。有基は黄色いマグカップを慎重に運ぶと、鳴子に渡した。カップを受け取ると、少しだけ息を吹きかけてから、こくりと一口飲み。
「美味しいです……!」
「え、マジ? アツシー、次俺のー」
「ユモトが先! はい、ユモトの分」
「やったっす!」
 赤いマグカップを両手で抱え、ろくに冷ましもせずに飲んだものだから「あっつ」と小さく跳ねた。それから、今度はゆっくり飲んでみる。
「激ウマっす!」
「えぇー……アツシぃ……」
「何でそんな死にそうなの……。はい、自分で持って行ってね」
 出来立てのココアを青のマグカップに注ぐと、また次のココア作りに取りかかる。由布院はいそいそとカップを取ると、表面には出さずにわくわくしながら口に運んだ。
「うっま」
「ただいまーっす。……何か甘い匂いしてますけど、なんすか?」
 風呂から出てきた蔵王が、鬼怒川の手元を覗き込む。ココアを作っていることが判ると、「俺、こんな風に作ったココア初めてっす!」と目を輝かせた。こういうところは、有基に似ている気がする。
 カップを取ろうとすると、蔵王がすっと手渡してくれた。ピンクのマグカップに八分目くらいまで注いでやると、少し緊張した面持ちで一口飲んでいた。
「っっ、うっま! なんすかこれ、ほんとにココアっすか!?」
「ふふっ、みんな口に合ったみたいでよかった」
 少し安心したところで、自分のカップを取った。ココアの香りがしっかり漂ってくる。飲んでみると、ココア本来の苦さと砂糖の甘さを、絶妙にミックスできたことが判った。ココアに砂糖と水、それから牛乳のみのシンプルさだが、良さが際立ついい仕上がりだ。密かに満足する。
「しかし、これを飲んでしまったことによって、俺たちが今まで飲んできたものは、ただの甘いお湯だったことが露呈したな」
「これが本当のココアというものなんですね……。少しココアを軽んじていたかもしれません」
「俺はいつものも好きっす!」
「やっぱガキだなユモトは……。ま、俺も別に嫌いじゃねーけど、お湯にただ溶かして飲むやつ」
「そうですか。私は、少し粉っぽいところが苦手ですね」
「あぁ、判るかも。俺も何か口ん中でサラサラされるのヤだ」
「あのココアもちゃんと練れば大丈夫だよ。マグカップでできるから、今度やってみようか」
 楽しげにココアの話で盛り上がる四人の姿を見て、鬼怒川は嬉しそうに笑って、こう言った。
「こんな喜んでもらえたなら、有馬から分けてもらって良かったなぁ」
 途端に、有基以外の手が一瞬だけ止まった。何だろう、と思うより先に動き出していたので、気の所為かもしれない。

 いや有馬からもらったのか、これ。ならこのココア、本当はいくらするんだよ。

 そんなことを考えてしまった三人は、よりゆっくりと、ココアを味わって、飲むことになったのである。