はぁ?とキレたい心を押さえて返事すると、向こうは「じゃあ宜しく」と上機嫌で電話を切ってきた。面倒事が片づいた、と浮かれているのだろう。全く許したくない。
人が足りないんだか何だか知らないが、とにかく明日から一ヶ月もの間、家を出る時間をぐしゃぐしゃにかき乱されることになってしまった。例えば早い遅い早い遅い、というように規則的に決めてくれるならまだマシだったというのに、それすらもばらけるそうだ。シメたい。
蔵王は頭を抱えたが、すぐに切り替えて鬼怒川の元へ向かった。というのも、朝ご飯を担当してくれているのは、彼だからだ。何でも、今までずっと鬼怒川家の朝食担当を務めていた名残で、妙に早起きしてしまう癖があるとかで。
「本当に起きようって時間まで暇だし、作るよ。まあ、できる限りだから、あんまり期待はしないでほしいんだけど」
そんな風に笑った鬼怒川に、由布院が「そこで二度寝じゃねぇのがアツシだよなぁ」と半ば呆れたように呟いていたのが印象的だ。
とにかく、これから一ヶ月は朝ご飯を準備されても、食べることができないかもしれないこと、それ故に作らなくていいことを報告する必要がある。
帰宅していた鬼怒川をつかまえて伝えると、目を丸くしてから、柔らかく「お疲れさま」と微笑まれた。どうやら奴のぶっ飛び具合は伝わったようだ。
「一ヶ月もかぁ……。一応作るだけ作るから、時間あったら食べて。もし食べられないようなら、冷蔵庫に入れておくから」
「すいません、それでお願いします」
軽く頭を下げると、いやいやと手を振られた。これで任務完了かと思ったが、話を部分的に聞いていた様子の鳴子に声をかけられた。
「どうかしたんですか」
「実はさぁ、完っ全にあっちの都合でこれから一ヶ月、出かける時間ばらばらになんだよ。で、暫く朝飯いいかなーって」
「朝食を抜くということですか? ダメですよ、朝食というものは、ただ単に空腹を解消する為のものではなく、」
「あー、うん大丈夫、何とかするって!」
殊の外熱く諭してきた鳴子を遮ると、蔵王は部屋に戻った。とりあえず、明日の起床時刻は午前五時三十分、いつもより一時間早い時間だ。緊張はするが、やるしかない。いつもより一つ多く目覚ましを仕掛けると、その日は少しだけ早く寝た。
目覚ましが鳴っているなと思った。小さく唸りながら時計を確認する。
昨日、五時半を起床時刻に設定したのは訳がある。今日指定の到着時刻は、午前六時五十分だった。家から最寄りのバス停まで歩いて十分、次のバス停までに二十分、バス停から目的地まで五分。トータルで三十五分の道のりになる。つまり、家を六時に出れば充分間に合う時間だ。
で、今は?
「……やっべ、寝坊した!」
蔵王は六時十分を指している時計を掛け布団に放り投げると、急いでクローゼットを開けた。今日の服をざざっと選んでいくが、もの凄いタイムロス感にやるせなくなった。明日からは前日に服を選んでおこうと決意して、部屋を飛び出す。まだ有基は寝ているだろうから、心なし静かにドアを閉めた。
「はざますっ!」
「おはようリュウ、朝ご飯は?」
「いらないっすすいません!」
鬼怒川へ簡潔に返すと、洗面所へ直行した。パジャマを洗濯機に投げると、洗面台へ飛びかかるように向かい、顔を洗って、髪をセットする。他の面子よりも手慣れている自信はあるが、それにしたって今日は一段と早い。多分最速記録は更新した。
最後に一瞬だけ全身を見て、おかしなところがないか確認する。大丈夫、今日もかっこいい!と言うのは、心の中に留めると、リビングを突っ切った。途中、うつらうつらしている由布院の前に置かれた、朝ご飯を悔しげに見遣ってから、コンマ一秒で逸らす。
靴に足を突っ込み、お座なりに「っきます!」と挨拶してから家から駆け出していった。歩けば十分の道のりを、走れば五分、といくかどうか判らないが、やるしかない。次のバスの時刻、六時二十分を逃せば、いよいよ遅刻の二文字が蔵王を貫くことになる。
とにかく走って走って、どうにかバスに乗り込むことに成功した蔵王が到着したのは、六時四十三分、ちょっとだけギリギリだった。息を切らす蔵王に対して、奴はなぜか半笑いで「明日からはもっと早く起きた方がいいんじゃない」なんて言ってきたものだから、本気でシメたくなる。
結局、あまりの忙しさに、昼ご飯を食べに行く暇もなかった為、二食抜く羽目になった。じわじわと体が悲鳴を上げているのを感じる。明日はどうにかしよう、と決心して、強く頷いた。
しかしその決意も空しく、こんな日々は半月も続いてしまったのである。
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