鶏肉に胡椒を振りかけてから、由布院が炒めている鍋に投入する。急な具材の追加に戸惑ったようだが、すぐに対応してくれた。
肉の色が変わってきた頃、かぼちゃの用意が完了したので、レンジから出す。熱いから慎重に、と判っていても、気持ちは何となく急く。
「……わっ、あちあちっ」
「ユモト、大丈夫? 火傷してない?」
有基が材料を切り終えたあと、そぼろ煮作りに精を出していた鬼怒川が声をかけた。一旦調理台にかぼちゃを置いて、手を見てみる。うっすら赤くはなっているが、一時的なものだろう。
「……大丈夫っす、ひりひりしてないっす!」
「そう? 熱いもの触る時は、ミトンしていいからね」
「あの手袋、やってもいいんすか!?」
「勿論。例えばグラタン皿扱う時とか、必要な時は使って」
「うっす! ……あ、でももう今日は使えないっすね……」
折角ならやってみたかった、とちょっとばかりしょんぼりする。
「ま、またやる機会くらいいくらでもあんだろ。んな落ち込むようなことじゃねーよ」
「……そっすね!」
由布院が鍋から目を離すことなく、励ましてくれた。何で落ち込んでるの判ったんだろう、と不思議に思う。声音に色々出ていることに、当人は気づいていない。
かぼちゃを鍋に入れると、いよいよ鍋の中がぎゅうぎゅうになってきた。野菜がごろごろ入ったスープになりそうだ。
「煙ちゃん先輩、俺やるっす」
「大丈夫か? これ、結構炒めんの大変だけど」
「頑張るっす!」
「……あっそ。なら、今のうちに水でも量っとくかな」
「今日は働くね、煙ちゃん」
「……るっせ」
照れたようにそっぽを向く由布院に、計量カップを出してから、鬼怒川もコンロに火を点けた。そぼろ煮の方も、大分終盤だ。今日はかぼちゃ尽くしになってしまうが、そこに文句を言うような奴はいないから、別段気にしていない。
「煙ちゃん先輩、水ほしいっす!」
「はいよ」
「……すっげー! 煙ちゃん先輩とアツシ先輩みたいっす!」
「いや、俺は俺だけど」
「そうじゃなくて、普段の俺たちみたいなやり取りだなってことじゃない?」
「ああ、なるほど」
「あんっすね!」
「愛?」
「あんっす」
「あん?」
あんってなんだ。暫しシンキングタイムになった。あん。餡、杏、鞍。文脈から考えると。
「……それ、あんじゃなくて、阿吽じゃね?」
「そっす! あうんっす」
「煙ちゃんナイス推理」
そうこうしている間に、かぼちゃが煮崩れてきた。今のところ、スープというよりペーストだ。あまりスープを作ったことがない由布院は、ちょっと心配になる。有基が全く動じていない辺り、これで正解なんだろうとは思うが。
ペースト状になった中身へコンソメを入れる。溶けて姿がなくなったら、牛乳を入れてぐるぐる混ぜた。最後に味を調えたら、完成――なのだが。
「とりあえず、塩っす。……んー、何か別に変わってないような……。あ、醤油だったかも……?」
何やら迷いながら調味料を足していく有基に、漠然と不安が募る。恐る恐る、鬼怒川は有基に声をかけた。
「ユモト。強羅さん、何入れてたか覚えてる?」
「味つけ、忘れたっす」
「聞いてこい今すぐ」
由布院が速攻で電話を指すと、「うっす! あんちゃーん!」と走っていった。
「……料理下手なヒロインが、とにかく訳判んないもん入れてダークマター作るってやつあるよな。あれ、ああやって作られんのかって思ったわ」
「まぁ、シチューの隠し味に醤油入れるっていうのはあるから、すごい酷くはならないと思うけど」
「そうか? ……まあ、そういうもんか」
何となく納得していると、有基が帰ってきた。これで良かったらしい。と、いうことは。
「完成っすー!」
「……スープっつうか、シチューっぽいな」
「っす。もっと牛乳入れたらスープっぽくなるっすけど、入れるっすか?」
「んん……、とりあえずシチューで食ってもい?」
「いっすよ!」
「こっちもできたよ。スープだったら出そうかと思ってたけど、シチューなら明日にするね」
「明日か。つーことは、朝に食えるのな」
「うん。朝までには馴染むと思うから、楽しみにしてて」
そう言うと、鬼怒川は密閉容器にそぼろ煮を移した。自分が使った道具を片づけるついでに、スープ作りで使ったものも洗ってくれている。「やっぱ母親だな」というコメントは、結構苦労して飲み込んだ。
「アツシ先輩、母ちゃんみたいっす」
「言ったよ」
「え、そう? そんなことないと思うけどな」
首を傾げている鬼怒川に、今日母親っぽく見えた箇所を説明するかどうか迷ったが、何か逆鱗に触れそうな気がしたので、やめた。
「イオ先輩とリュウ先輩、早く帰ってこないっすかねー……」
自分で作った、というのもあってか、有基はわくわくと待ち切れなそうに動き回った。
「そうだね。イオとリュウ、何て言うかな」
「『ユモトが!?』ってなるのは間違いねぇな」
由布院と鬼怒川に微笑まれ、有基は首を傾げたが、すぐに鍋のスープを見つめた。
「ちゃんと【秘密の隠し味】も入れたし、美味しくできたはずっす!」
「【秘密の隠し味】? 醤油のことか?」
「秘密っす」
にこにこ笑う有基を見て、由布院と鬼怒川は少しだけ考え込んだ。何か変わったものを入れていた覚えはないが、何だろう。
「【秘密の隠し味】、俺にも教えてほしいな。明日から使いたいし」
鬼怒川も聞き出そうとしてみたが、有基は笑いながら、「アツシ先輩もいっつも入れてくれるはずっす」と返してきた。益々謎が深まる。
「何だ……? アツシがいつも使ってるやつ……?」
「塩くらいしか浮かばないんだけど……」
「アツシ先輩だけじゃなくて、煙ちゃん先輩も、イオ先輩もリュウ先輩も、みーんな入れてるっす!」
「え、全員……?」
謎が深まり続けていく中、有基は強羅の言葉を思い返した。
『あんちゃんがずっと使ってきた【秘密の隠し味】を教えてやる。それは、愛だ。相手に美味しく食べてほしい、という愛情が、料理を美味しくする。美味しい料理には、愛が籠っているんだ』
「……だから先輩ズのご飯は美味いんす」
「え、何それもヒント?」
「秘密っすー♪」
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