有基はもぐもぐとカレーを平らげながら、色々なことを思い出していた。
初めてバトルラヴァーズになった日。ウォンさんをモフりまくって、逃げられて追いかけて。みんなで行った海に山に、黒玉湯。文化祭で作ったカレーが美味しかったことと、鬼怒川が草津と嬉しそうに笑い合ったこと。生徒会が留学に行った直後、また始まったバトルラヴァーズとしての日々。別府兄弟との戦いと、眉難ランド。歌対決して、みんなの愛を感じて、あんちゃんとももっと強く繋がれたこと。別府兄弟も生徒会も、防衛部も一緒に入った温泉。
「……ユモト、どうしたの? 辛かった?」
「どうし、って何でお前、」
泣いてんだ?と由布院に聞かれるまで、自分が泣いていることに気づかなかった。ぱたぱたと落ちてくる涙が、拭っても拭っても止まらない。どうしようもなくて、ばっと顔を伏せて叫んだ。
「泣いてないっす!」
「いや、どう見たって泣いてんだろ」
「何でそんなどうしようもない嘘つくの」
「別に何にもないっす!」
「お前何もないのに泣く奴じゃねーだろ」
「どうしたんですか、ユモト」
全員スプーンを置くと、有基の顔を覗き込む。伏せているので見えているわけではないが、動作として。
完全に伏している有基が、「違うっす」と呟いた。
「本当に、何もないっす。思い出しただけっす。カレー美味しかったって、バトラヴァ活動楽しかったって」
三年生の卒業式から、そのあとの日々。鬼怒川や由布院がいなくなってしまったが、鳴子と蔵王はまだいたし、別府兄弟や下呂も何やかんやで部室に顔を出してくれていた。二人も黒玉湯にはしょっちゅう来てくれていたし、あまり寂しくなかった。
でも、二年生が卒業してから変わった。もう待てども誰も「遅れた!」と入ってくることはないのに、部室でじっと待ってしまったこともあった。由布院たちは忙しくなって、黒玉湯にすらあまり来なくなった。鳴子も蔵王も、それぞれの日々に邁進していた。だから仕方ない、判っている、理解している。
でも、【理解している】と【納得している】は違う。
「……寂しかったって」
ぽとん、と言葉が静寂に溶ける。唐突に頭に誰かの温度を感じ、意図せずして顔を上げてしまった。
「ふ、ひっでー顔してら」
ぐしゃぐしゃと頭を撫でる由布院は、手を止めることなく撫で続ける。
「やめてほしいっす……」
「お前が言うか? それ」
「確かに。さっき散々モフられてたもんね、煙ちゃん」
「そーそー、仕返し」
鬼怒川までもが手を伸ばし、有基を撫でる。
「よっし、じゃあ俺も!」
「私も参加します、さっきの腹いせです」
「……もうっ、やめるっす!」
流石に我慢できず、ばっと立ち上がると、「お、立ち直った?」と由布院が笑む。
「ったく、さっさと言えって。お前が前言ったんだろ、寂しい時は寂しいって言っていいって」
「で、そのあとに大好きだよって言って抱きつくんでしょ?」
ずっと前、アッシュと過ごしたあの時。仕事ばかりの両親に、寂しいと伝えたところで意味なんてないと言う少年に、有基が言った。寂しい時は寂しいって言っていい、そのあとに本当の気持ちを、大好きという思いを言えばいい、と。
「でも、先輩ズ忙しいの、判るっす……」
「だーかーら、そこを言えって話じゃなかったのかよっ」
「暫く会わないうちに、ユモトも大人になったということでしょうか。素晴らしいことだと思います……ですが、ここは我慢すべきではないかと」
ぎゅうっと目を閉じた時、有基の脳裏に高校生の自分が浮かんだ。ぽつんと立ち尽くす有基の前に、今の四人が現れて、手を差し伸べた。おいで、と言わんばかりに。夢中で手を伸ばすと――。
手が、届いた。
そこで目を開くと、小さめの両手に、四人の手が納まっていた。
「体は正直ってやつ?」
「煙ちゃん言い方」
「うわぁサイテー」
「本当に由布院先輩は由布院先輩ですね」
「それどういうこと」
相変わらずのゆるさだ、何も変わっていない。っていうか変わってなさすぎる。
「……言ってよかったんすかね」
「今更だな」
「今更だね」
「いいに決まってんだろ! お前は俺の弟みてーなもんだし!」
「リュウが兄とは、不安しかないですが」
「んだとー!」
「……あははっ!」
こうなるなら、言っちゃえばよかったなぁ。浮かんできた涙を拭うと、改めて座り直した。
「カレー! 食べるっす!」
「急だなぁ」
「冷めたら勿体ないっす! 今日も明日も、みんな一緒なんすよね? ならっ、焦ることないっす!」
「……だな。食うか」
「うん。一番美味しい状態で食べたいもんね」
「あの、おかわりしてもいいでしょうか」
「イオはっや! 俺も俺も! いいっすか!」
「勿論。まだあるから、沢山食べてね」
鬼怒川が笑うと、二人は皿を持って台所へ向かった。二人を見送ってから、「ああ、そうだ」と鬼怒川が有基に声をかけた。
「なんすか?」
「そういえば、最初にこの家来た時に気になったんだけど。ユモト、家入る時なんて言ってた?」
「え。お邪魔しますって、ちゃんと挨拶したっすよ?」
「そりゃよくねーな」
由布院も参加してくるから、益々訳が判らなくなって、また首を傾げた。ちゃんと挨拶はしたはずなのに、と不思議に思っていると、鬼怒川が苦笑した。
「ただいま、でいいんだよ」
「……そっか。そっすね!」
「何なに、何の話っすか?」
戻ってきた鳴子と蔵王が目をぱちぱちさせている。二人に振り向くと、有基はにかっと笑った。
「ただいまって話っす!」
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