居残りの由布院を置いて、四人はスーパーへ急いだ。さっきはまともに取り合わなかったが、あんなに寂しく見送りをされたにも関わらず、のんびりするような奴はいない。
スーパーに入ると、店長の田中がすぐに鬼怒川に気づいた。
「お、今日は大人数だね。君は確か、前にも……」
「はい。ご無沙汰しています」
「え、何なに、イオ前も来たことあんの?」
「まあ、一度」
「もしかして、この子たちが前言ってた後輩たち?」
「はい。今日からみんなでルームシェアすることになって。あ、今はいないけど、煙ちゃんもいますよ」
つい話を始めそうになってしまったが、有基に袖を引かれ、我に返った。今煙ちゃんって言ったばっかなのになぁ。
さくさくと、且つ丁寧に野菜を選び終えると、鳴子と蔵王には肉か魚か、入れたいものを探してきてもらうことにした。鬼怒川と、居残った有基でカレールーを探す。少し来ないうちに売り場が変わっていたのだが、そこは有基が「あ、あったっす!」とさくっと見つけた。
ルーを二つ取ると、有基が不思議そうに首を傾げた。はたから見ても、「なんでだろー?」という声が聞こえてきそうな動作に、思わず笑う。
「違うルーを二種類入れると、簡単にブレンドできるんだよ。例えば同じ辛さでも、会社が違えば使ってるスパイスも違ってたりするからね」
「へぇー!」
「ふふっ、ユモトはすごく驚いてくれるから、話し甲斐があるなぁ」
先に生鮮食品売り場の冷蔵コーナーに向かっていた二人と合流すると、鳴子がじっと肉に目を注いでいた。
「現在お買い得になっているのは、豚バラブロックですね。量に対して、この金額はかなり理想的かと」
「コスパ云々は置いといても、俺もこれがいいっす。こう、がっつり肉食いたいなーって」
「なら、豚バラカレーにしようか。ユモトもこれでいい?」
「いっすよ!」
由布院以外の同意を得たところで、会計を済ませた。意外と重たくなった袋を、何となく全員で分けて持つ。
「煙ちゃん、寂しがってるかなぁ。早く帰ってあげないと」
「結構時間かかりましたしねー。まさか勝利者があんなにオチるとは思ってなかったっすけど」
「あそこで一人勝ちしてしまうところが、由布院先輩の由布院先輩たり得るところでもありますね」
「カレー楽しみっすー!」
最後の一人は、既に意識がカレーへ全振りされているらしい。
「ただいま、煙ちゃん。ご飯準備してくれた?」
「第一声それかよ……。お帰り、やっといた」
どことなくほっとした様子の由布院も参加し、カレー作りがスタートしようとした。
の、だが。
「流石に五人は狭いね……」
そう狭くはない台所だが、五人で入るものではない。再びじゃんけんを行うことになったが、今回は先に【勝った二人が調理補助をする】と決めておいた。因みに先陣を切って決めたのは、由布院だ。
「じゃんけん、」
『ポン!』
「お、また勝った」
「由布院先輩、嬉しそうですね」
「日頃何でもめんどくせーって言ってる人とは思えない笑顔」
「勝ったっす! ってことは、俺も手伝いっすね!」
「おうっ。任せたぜ、ユモト!」
「お任せしてしまうのは、少々心苦しいですが……。宜しくお願いします」
今度は有基・由布院が補助、鳴子・蔵王が休みになった。先に野菜の下処理を始めていた鬼怒川に合流すると、本格的にカレー作りが始動した。
既に皮を剥かれた野菜を、有基が適当な大きさに切る。強羅の手伝いをしていたとはいえ、あまり包丁は持たせてもらえなかったから、少しだけ覚束ない。
「ユモト、ゆっくりでいいからね」
「うっす……! ゆっくりゆっくり、猫の手っす……」
はらはらしながら鬼怒川が見守っている間、由布院が鍋ににんにくとオリーブオイルを入れて火をつけた。鍋が温まったら、切っておいた豚肉を投入する。一応有基の横で切っていたのだが、鬼怒川の関心は目下有基にあるので、あまり気づかれてなさそうだ。
肉をさっくり炒め、下味を軽くつける。長く鬼怒川の助手を務めてきただけあって、雑に見えても正確だ。いい感じになったところで、有基が野菜を切り終えた。手は切らずにできたようで、一安心だ。
炒めた肉を皿に一旦移し、まずは玉葱を入れる。今度は鬼怒川が鍋の前に立ち、真剣な面持ちで玉葱と向き合った。その間に、有基は使った包丁とまな板を片づけた。勿論、ゆっくりだ。
「煙ちゃん、人参!」
「はいよー、…………はい、じゃがいも」
「ありがとう!」
「……すっげーっ、息ぴったりっす!」
隣ですげーすげーとはしゃぐ有基に、由布院は何となく恥ずかしくなるが、外が目に入っていない様子の鬼怒川は変わらずだ。
全ての野菜に火が通ったら、肉と合わせた鍋に水を入れる。じっくり煮込めば、いよいよカレー作りも終盤だ。
「ユモト、炊飯器のスイッチ入ってるか?」
「えっと……、保温になってるっす!」
「炊けてんな。ほぐしとくか」
由布院が杓子を濡らしてから、炊飯器を開けた。ふわっと炊き立ての匂いがして、思わず有基のお腹がぐぅっと呻く。正直なこって、と笑ってから、ほぐしてすぐに閉めた。
「まぁもうちっとだし、我慢な」
「うっす……! ……そういえば、今日のは鬼怒川カレーじゃなくて、防衛部カレーっすね!」
「防衛部カレー?」
いつの間にか意識がこっちに戻ってきていた鬼怒川が、聞こえてきた単語を復唱する。有基は大きく頷くと、「だって、」と続けた。
「アツシ先輩とイオ先輩とリュウ先輩が材料買ってきて、煙ちゃん先輩とアツシ先輩が作ったっす。だから、防衛部カレーっす!」
「なるほど、そういうことか」
「でも、一人忘れてない?」
「一人? ……えっと、アツシ先輩と、イオ先輩と、リュウ先輩でしょ、で、作ってるのが煙ちゃん先輩とアツシ先輩で……五人いるっす!」
「いやいや、アツシ二人いんだろそれ」
「本当に、忘れてない?」
首を傾げた鬼怒川に合わせ、首を傾げてみせる。一人、あと一人?
「……あっ、俺いないっす!」
「どういう凡ミスだよ」
「ユモトも防衛部だろ?」
有基も防衛部。当たり前のことで、当然の話なはずなのに、胸の辺りが痛んで、有基はそっと胸を押さえた。
「……ユモト?」
急に黙りこくった有基に、鬼怒川が手を伸ばす。が、その手が届くより先に、「あっ!」と声を上げたものだから、驚いて引っ込めてしまった。
「もう煮えたっすかね?」
そういえばそうだった。意図せずして目を離していた鍋に戻ると、ちゃんと煮えていた。放置してごめん、と心の中で謝る。
一旦火を止め、ルーを割り入れるとゆっくりかき混ぜて溶かす。中途半端に溶けていないと、うっかり塊を引き当てた人が悲しい思いをする羽目になるので、丁寧に。
目視では判らないくらいに溶けたら、再び火をつけて、とろみがつくまで弱火で煮込む。最後にインスタントコーヒーの粉を隠し味で入れれば、完成だ。
「完成っすー!」
「うん、いい感じにできたかな。じゃあ、あとはみんな好きなだけご飯よそって。カレーかけるから」
「っす! 俺、大盛りがいいっす!」
有基が炊飯器を開けた時、声を聞きつけた鳴子と蔵王も現れた。「俺も大盛りー!」「私も少し多めにします」とそれぞれ皿を出すと、有基の後ろに並んだ。ご飯の待機列だ。
最後に由布院が二人分ご飯を用意し、鬼怒川がカレーをかけたら、全員分揃った。
「じゃ、せーのっ」
『いただきます!』
防衛部で声を合わせて「いただきます」だなんて、随分久しぶりだ。そんなことが、ちらっと有基の頭の端を過った。
「……ん、うっま! 防衛部カレーうっま!」
「防衛部カレー?」
「とは、なんですか?」
さっきの会話を聞いていなかった鳴子と蔵王が首を傾げたので、「今日のカレーは、」とさっきと大体同じ説明をした。途中、「で、一人足りなくね?」と同じことをツッコまれた。
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