カレー鍋を火にかけ、残ったカレーを温める。その間に葱を適当に切り、お湯を沸かした。カレーが温まったら、葱とお湯を入れてから、味つけの昆布つゆをまたしても適当に入れる。
由布院の作るカレーうどんを、鬼怒川が【テキトーカレーうどん】と呼ぶわけは、この雑さにある。味つけの昆布つゆだが、計量は一切せず、目分量とその時の勢いで入れている。だから毎度味が違うし、同じものも作れない。味の決め手は鬼怒川のカレーを使うところ、というよりそれが全てだ。
味を見たが、少し薄い気がした。昆布つゆのボトルを取ると、とぷっと一度鳴るくらいに傾けた。少し濃くなってしまったので、次は水を足してみる。料理というより、実験に近いものはあるかもしれない。
「……ん、いいんじゃね」
何となく納得いく味になったので、一旦終了。あとは鬼怒川が戻ってきてからの方がいい。
漠然とテレビでも見てみようかと思ったが、ラインが来ていたことに気づいたのでやめた。《地球防衛部(笑)》にメッセージが来ていて、ん、と立ち止まる。最初は蔵王が言い出したようで、次に鳴子、最後に有基が大騒ぎしていた。中々楽しいことになっている。ふっと笑ってから、メッセージを一つ送った。ものの数秒で既読がついて、少し怖くなる。
携帯を置いたと同時に、鬼怒川が戻ってきた。帰ってきた時より血色は良く見えるから、一安心だ。
まずは冷凍うどんをレンジに入れてから、味つけを済ませたつゆに、卵を直接割り入れる。ぽたんと落ちた卵は、みるみるうちに真っ白の塊になっていく。鍋を覗き込んだ鬼怒川が「……何か美味しそうだね」と呟いた。
最後につゆに片栗粉を入れ、軽くとろみをつければつゆ作りは終わった。うどんが温まったら丼に移し、その上につゆと卵を乗せれば、由布院特製【テキトーカレーうどん】の完成だ。
「ほら、二にメシなー」
「はいはい。……いただきます」
自分で味見もしているわけだし大丈夫だとは思うが、それでも作った料理を、他の人が食べているところは不安になる。あまり表には出ないけれども。
「……うん、美味しい。懐かしいな、これ」
「そうか? ……あぁ、そういやあん時も、アツシがすげー疲れてたんだっけ」
鬼怒川は少し恥ずかしそうに、「俺成長してないなぁ……」と目を細めた。
以前もこの【テキトーカレーうどん】を振る舞ったことがあった。いつも隣にいるのが当たり前だったお互いが、それぞれ仕事を始め、全く会えなくなってしまった頃だ。あまりにも連絡がつかないものだから、一人暮らしをしている、という家を訪ねた。そして、そこに広がっていたのは、今までの鬼怒川だったら思いも寄らない光景だった。
物が散乱した部屋、ほぼ空っぽの冷蔵庫。優しい光をまとう瞳も、薄く濁っていて、今の状況が凄まじく不味い状況なことは一目で判った。あの時もまず風呂だ、と風呂場に放り込んだ。
冷蔵庫に、残り僅かにもほどがあるカレー鍋はあったから、鬼怒川が風呂に入っている間にうどんを買いに行き、このカレーうどんを作った。
「しんどいのに我慢させようなんて気は、更々ねぇよ。俺もあいつらも。アツシだって、ユモトたちがしんどそうだったら助けてやんだろ? じゃあ、俺たちがアツシを助けるって選択肢だって、あって然るべきだ」
「……でも、迷惑になっちゃうから」
「何の為の共同生活だよ。つーか、アツシは自分の人気軽視しすぎなんだよ」
ほら、と携帯を見せられ、目を見開く。
思わず俯くと、ドアがバン!と開く音がした。
「ただいまーっす! 由布院先輩が料理とかマジすか!」
「ただいま帰りました! 由布院先輩、あまり無茶しないでください! 私も決して得意ではありませんが、頑張りますから!」
「ただいまっす! 煙ちゃん先輩、俺手伝うっす!」
「……お前らなぁ」
予想通りの反応に、鬼怒川は含み笑いを零す。拗ねた由布院は、「そんなに言うなら食えよ」とカレーうどんを用意していた。たたっと駆け寄ると、由布院の耳元で囁く。
「ありがと煙ちゃん。今日はよく寝られそうだよ」
ちらりと目線をやったあと、由布院は一言、「あっそ」とだけ返して、満足げに口角を上げた。
その日、鬼怒川は随分久しぶりに、夢も見ずに眠った。
《鬼怒川先輩、今日は俺がメシ作るの代わりますよ!》
《リュウだけでは心配ですので、私も手伝います。鬼怒川先輩も偶には休んでください》
《なんだよそれ!》
《俺、料理できないっすけど、頑張ってリュウ先輩とイオ先輩の手伝いするっす!》
《まぁユモトもこう言ってるんで、心配しないでください!》
《待ってください、この場においての料理ができない発言はマイナスではないですか?》
《確かに! 料理苦手ーって言ってるやつが台所入るとか、爆発フラグじゃん!》
《俺、バクハツなんかさせないっす!》
《今日は俺が作ってるから、心配すんな》
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