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「ハルカは聞いた事があるんです?どこでその台詞を知ったんです?懐かしいってどういう意味です?」

失敗した、と思った時にはもう遅かった。ユーリに助けを求めるように視線をやるが、彼は壁面に書かれた文字を見上げたまま動かない。どうにもならない、言ってしまったものは仕方がないと諦めた。

「あたしの故郷に古くからある言葉だよ。正確にいつ頃からか、誰が最初に言ったのかとか、そういうのは知らないけど。少なくともあたしの故郷では、かなり有名だよ。むしろあたしからすると、エステルはどうして知ってるの?って思ちゃったかな」

エステルがまた口を開いたが、言葉を音にするより先にユーリが「今はバルボスだ」と先を急かしてくれた。助かったが、その通りだ。今はユニオンの誓約書よりも、バルボスという男を追わなければ。アイナを助けなければ。

嗚呼、でもいい物が見られたと、気を引き締めた心の端で思った。



地下水道をあのまま進んでいくと階段があり、酒場らしき場所に出た。幸か不幸か人の気配がない。それに店内がまるで違う。あちらは整頓されていて清潔感もあったが、ここはなんと言うか、乱雑だ。酒瓶があちこちに転がっているし、椅子も整えられていない。

誰も居ない店内だがレイヴンが声を潜めてここは、と言う。

「バルボスがアジトに使ってる街の東の酒場。つまり、おたくらが忍び込もうとしてた場所よ」
「じゃぁ、このどこかにバルボスが?アイナもここに居るかな……」

カロルがそう呟いたのを聞いて、ハルカは思わず握った拳に力が入り過ぎて、爪が少し食い込んだ。

上から声が漏れ聞こえて更に上の階がある事に気付く。出来るだけ音を殺して階段を上がると、ラゴウともうひとりの男が言い争いをしているのが見えた。ラゴウよりも低い背の男は右側の目を大きく縦に傷痕が走り、左手を失っている。しかし目には義眼を、手には義手代わりなのか棘の付いた鉄球があった。どちらも金色である辺り、好みがはっきりしている。服装なんかハルカが子どもの頃イメージしていた海賊の船長によく似ているし、でっぷりとした腹もかなり目立つ。

そのまま影から様子を窺う。ラゴウがどういう事かと怒鳴れば、バルボスは何を言っているのかわからないと嘲笑っていた。ラゴウはその態度に激昂し、更に大きな声を出す。

「例の塔と魔導器(ブラスティア)の事です!私は報告を受けていませんよ!」
「なぜ、そんな事報告しなきゃならない?」
「な、なんですと?雇い主に黙ってあんな要塞まがいの塔を……それに海凶(リヴァイアサン)の爪まで勝手に使って!」
「ワシは飼い犬になったつもりはない。ただお前の要望通り、魔核(コア)を集めたのだ。そのお陰で、あの天候を操る魔導器(ブラスティア)を作れたんだろう」
「誰が余った魔核(コア)を持っていっていいと言いました!?」
「お互い不可侵が協力の条件だったはずだがな……ワシが貴様のやる事に口出しをしたか?」
「バルボス……貴様!」

なるほど、ハルカは心の中で呟く。ラゴウはバルボスを自分の指示通りに動く駒にしたつもりになっていた、しかしそれはラゴウの傲慢な思い込みで、実際は条件がある上での協力関係であるようだ。バルボスは「執政官様がおかえりだ」と嫌味ったらしく言うと、いつか痛い目を見るとか悪党がよく負け惜しみで吐くような事を叫ぶラゴウ。彼はそれにまた「貴様がな」と返して背を向ける。

悪党同士が会話のテンプレートのイメージをそのまま聞く事になるとは思いもよらず、つい鼻で笑う。ある程度情報も得られ、ふたりの会話も頃合いだとラゴウの行く手を阻むようにユーリが身を晒した。続いてハルカ達もラゴウとバルボスの前に立ち塞がり、いつでも武器を構えられるように警戒しながら睨み付ける。

「悪党が揃って特等席を独占か?いいご身分だな」
「そのとっておきの舞台を邪魔する馬鹿は、どこのどいつだ?」

ユーリの皮肉に皮肉を返しながらバルボスがこちらに目を向ける。彼はこちらを馬鹿にするような態度を崩さず、ニヤリと口角を上げた。

「ほう、船で会った小僧共か。小娘が一匹増えてるな」
「この一連の騒動は、あなた方の仕業だったんですね」
「それがどうした。所詮貴様らにワシを捕らえる事は出来まい」
「はぁ、どういう理屈よ」
「悪人ってのは、負ける事を考えてねぇって事だな」
「ならユーリも、やっぱり悪人だ」

心底理解出来ないと言いたげな顔でリタがため息を零せば、ユーリがいつもの調子で言い、カロルはそれを拾って少しばかり笑う。自分で極悪人だ、と肯定した彼の傍で眉間に皺を寄せたレイヴンが舌を打った。

「やれやれ、造反確定か。面倒な事してくれちゃって」
「ガキが吠えおって」

そう言ってバルボスも不快そうに眉を寄せると、片手を上げて合図した途端に彼の部下がユーリ達を取り囲む。すかさずユーリが剣を構えるのを見たバルボスが嫌みったらしく片側だけ口角を上げた。

「手向かうか?前に言ったはずだ、次は容赦しないと」
「その方が、暴れがいがあるってもんだ」
「とっとと始末しろ!」

遅れてハルカ達も臨戦態勢を整えた瞬間、どこか遠くから大砲を撃ったような轟音が響いた。それを聞いたバルボスが嬉しそうに大きすぎる窓から外を眺める。

「馬鹿共め、やっと動いたか!これで邪魔なドンも騎士団もボロボロに成り果てるぞ!」
「まさか、ユニオンを壊してドンを消すために……!」
「騎士団がボロボロになったら、誰が帝国を守るんです?ラゴウ、どうして――あっ」

喋る途中で狙いに気付いたエステルが顔を青くする。その隣でリタが眉間に皺を寄せながら、舌を打って忌々しそうに言った。レイヴンも厳しい顔をしてバルボスを睨んでいる。

「なるほど、騎士団の弱体化に乗じて、評議会が帝国を支配するってカラクリね」
「戦力的にひとりでも形成ひっくり返せちゃいそうなアイナちゃんを弱っているうちに排除したのもこのため。で、紅の絆傭兵団(ブラッドアライアンス)が天を射る矢(アルトスク)を抑えてユニオンに君臨する、と」
「騎士団とユニオンの共倒れ狙いって事だね。一石二鳥、漁夫の利って?そんなくっだらない事のためにアイナに手を出すとか、ふざけてるにも程があるわ!」

思わず声を荒げたハルカに目を向け、馬鹿にするように鼻で笑うバルボスがニヤリと口角をあげてた。まるで既に己が勝利しているかのように太々しく言う。

「今更知ってどうなる?どうあがいた所で、この戦いは止まらない!そして、お前らの命もここで終わりだ」
「それはどうかな」

静かにユーリが笑う。何かを確信している表情の彼に、眉を寄せたバルボスが声を出すよりも早く外から馬の鳴き声と足音が近付いて来た。遅刻だ、と皮肉を零すユーリの声をかき消すように、フレンの大きな声が辺り一帯に響き渡る。

「止まれー!!双方刃を引け!引かないか!!」

一触即発の緊張感が漂う中、フレンはギルドと騎士団の間で書状を掲げ、更に声を張った。

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ほたるび