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遠くでユーリが、フレンにチョップを食らったのが見えた。少しばかり会話をすると、フレンはあやしていたアイナの背を押してユーリと対面させると、フレンはそのままこちらへ来た。気まずそうに話をしているらしいふたりを背に、フレンは申し訳なさそうな顔で簡単に説明する。
「すまない。人体実験絡みの悪夢が連日続いていたらしくてね。心配させまいと、ユーリと距離を置こうとしたアイナが悪循環に陥っていたみたいだ」
ハルカは嘘だ、と直感的に思った。けれどエステル達に悟られまいと取り繕う。
「そっか。アイナ頑固だもんね。自分ひとりでどうにかしようとして負のループにハマった、いつものやつね」
「あぁ、そうらしい。毎回の事ながら、きちんと相談するよう怒るのも骨が折れるよ」
「だろうね。でも、そっか。それが原因で最近アイナ、なんとなく距離があったんだね。でも、もう大丈夫そう」
「そうだね」
遠慮がちにユーリへ歩み寄ったアイナが、彼の腕の中に納まるのが見える。今度はちゃんと、黒い背中にアイナのか細い両腕が回ったのが見えて安堵した。
抱き合うふたりを、ハルカ達は先程までより穏やかな気持ちで見詰める事が出来ていた。
落ち着いてすぐ、全員がジュディスとの自己紹介を済ませた。どうやら彼女は学者肌が多いクリティア族という種族で、魔導器(ブラスティア)の研究の旅の最中捕まってしまったらしい。ここにも魔導器がるあるので、どうせならばここにある物をひと通り見て行こうと考えたそうだ。魔導器についてはバルボスに吐かせるのが一番だ。ユーリとアイナの目的である下町の水道魔導器(アクエブラスティア)の魔核(コア)も未だ発見できていない。どうせ敵だらけならひとりよりも安全だという事で、一緒に来てくれるらしい。
アイナはそんなジュディスに、逃げている最中に敵から奪い取ったという槍を渡した。彼女が既に持っていた槍より、素人目でも上等な品だと理解出来る程の品だ。ジュディスは少し遠慮したものの、それでも素直に受け取って「ありがとう」と上品に笑って見せた。
ユーリ達は早々に楼閣の上を目指し進み始める。合流するより前に暴走したアイナが倒してしまったのか、障害となる敵は出て来ない。ユーリ達の靴音だけが響いて怖いくらいだ。
ふと、リタがジュディスの手元に注目し複雑そうに顔をしかめる。
「あんたも槍使うのね……」
「って事は、誰かあなたのお友達も使っているのかしら?」
「そういう訳じゃないわ。ちょっと嫌なやつ思い出しただけ」
「それってもしかして、あの竜騎士?」
「まぁね……そう言えば、ちょっとあんた」
「え、オレ?」
何やら仲直りしたらしい後からアイナの左手を握って離さないユーリが、話の矛先を突然向けられた事に驚く。しかしリタは苛立ちを隠しもせず、彼へ詰め寄った。
「そう。肝心のバカドラはどこ行ったの?」
「屋上ではぐれてな。無事だとは思うけど……」
「無事でいてくれないと殴れないじゃない!」
「おいおい、それが目的でここまで来ちゃったの?」
どこか引いた様子でレイヴンが、思わずといった様子で尋ねる。するとリタは更に怒りを露わにして地団太を踏んだ。
「あと、あのバルボスってやつが許せないの!アイナに手ぇ出して!魔導器にも無茶させて、可哀想じゃない!」
「だからってそっちのお姫様まで連れて来るかね、こんな危険なところにさ。フレン、お前も止めなかったのかよ」
「すまない。恋人の頼みを断れなくて、つい」
「リタもフレンも悪くありません、自分から行くって言ったんです。ユーリひとりで行かせたままになんて出来ません。それに人々に害をなす悪人を放っておくわけにはいきません」
「そうよね。あなたいい事言うわ」
「エステリーゼ様……」
「そんな事よりもフレン、ハルカの恋人ってどういう事なんです?」
「あ、それボクも気になってた」
自分の身の危険よりも重要事項だとでも言うようにエステルが尋ねると、カロルも同調した。ピクリとアイナが反応し、低めの声とどこか怖い笑顔をフレンに向ける。よくわからないがアイナの地雷でも踏んだらしいと感じたハルカは、以前会った時に絆されたと、それっぽい事を零した。本当はアイナに何かあった時、騎士団に所属しているフレンとスムーズに接触してふたりきりになり、詳細を伝えるための「張りぼての恋人」なのだが。フレンはニコニコ笑って頷いている。
まだ目がよく見えていないはずのアイナが、ユーリの手を離してフレンにダイナミックな蹴りを入れた。思わずハルカが一本!と言ってしまうような、キレイな蹴りだった。
「カロル先生、頼りにしてるぜ。貴重な戦力だからな」
「う、うん。もちろん!さぁ、この調子で行こう!」
ユーリが言うと、カロルも現実逃避するみたく、引きつった笑みを浮かべて先を急かす。フレンが吹き飛んだのは、ハルカも見なかった事にした。
上を目指すのは存外簡単だった。歯車が噛み合っていない部分を直したりしなければならないのは手間だったけれど、別に難しい事ではない。要はあちこちに見えているエアルの伝導管にエアルを通せばいいだけの話だ。見てくれだけは大層な仕掛けだが、そうまでして守っているのは盗み集めた魔導器の魔核だろうか。それともギルドとしてのプライドかなのだろうか。どちらだろうとハルカには関係ない、と目の前の男を睨みながら息を零す。
巨大な歯車がいくつも床から透けて見える頂上に辿り着いて、すぐにバルボスは発見出来た。見た事もないくらい巨大な魔導器の傍らに立っている。
「性懲りもなくまた来たか」
「待たせて悪ぃな」
「もしかしてあの剣にはまってる魔核、水道魔導器の……!」
「あぁ、間違いない……」
リタに言われてハルカもよく見てみれば、確かに水っぽい色をしている。それに剣自体がなんだか歪で少し不気味だ。刃の部分だけが剥き出しのチェーンソーのように見える。それをこちらに向けて威嚇しながらバルボスが怒りを露わにする。
「分を弁えぬ馬鹿共が。カプワ・ノール、ダングレスト、ついにガスファロストまで!忌々しい小僧共め!」
「バルボス、ここまでです。潔く縛に就きなさい!」
「間もなく騎士団も来る。これ以上の抵抗は無駄だ!」
「そう、もうあんた終わりよ」
エステル、フレン、リタと次々に状況が不利である事実を告げられても、バルボスは鼻で笑うだけだった。彼は余程自信があるのか堂々としている。
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ほたるび