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アイナが、居た。どこか見覚えのある槍を持ったアイナがユーリと対峙している。彼女の無事を喜ぶ暇もなかった。
「フレン!目も耳もダメだ!暴走してる!」
「見たらわかる!全員離れろ!どこか陰になる所へ隠れるんだ!」
真っ先に声を上げたふたりが武器を構えてアイナを挟む。ハルカ達は訳もわからず、ただ怒鳴るように急かされて転がるように岩陰に身を隠した。
「うわあああぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴にも似た声を上げながらユーリの剣を振り払ったアイナは、そのまま体制を崩した彼に向って突進しながら斬り付ける。なんとか避けたユーリだったが、遠くても右腕を怪我したのはわかった。
その勢いのまま、ぐるりと槍を華麗に振り回した後で空中に飛び上がった彼女が、大地を穿つ勢いで槍を突き立てる。休む間もなく雷をまとう鋭い突きがフレンを襲った。なんとか盾で受け止めた様子のフレンだったが、攻撃の勢いでじりじり後ろに下がっている。しかし素早く体勢を低くした彼女に足を払われたフレンは、いとも簡単に転がった。すぐにユーリがフォローに入る。
すごい戦いだった。ハルカの目では追えない動きもあって、見えた部分だけで判断しても、ドンとユーリが戦った時より激しく、凄まじいと感じる。アイナは圧倒的に強かった。鳩尾を打たれたように声も出せない。
「シゾンタニアを警護していたフェドロック隊はね、未だに騎士団の中でも最高峰の質だって言われてるのよ」
ふと、レイヴンがそんな事を言った。ハルカ達は思わず彼を見上げる。
「フェドロック隊は、ひとりひとりの戦闘能力が高くて連携力も他と比べ物にならないって、今でも言われてるくらいよ。青年達は新人だったとは言え元フェドロック隊。そんじょそこらのやつより、よっぽど強い……逆に言っちゃえば、今のアイナちゃんを止められるのは、あのふたりしか居ないって事よ。他の隊にはない特殊な訓練をしてたしね」
レイヴンはメルゾムという、当時共にシゾンタニアに居たギルド仲間で上司だった男に連れられて訓練現場を見た事があるという。その時見た多数の敵に対してひとりで対処する訓練であり、圧倒的強者に対して連携して対処する訓練は、今でも忘れられないらしい。
「あのふたりの連携はね、当時今より強かった無敗のアイナちゃんに、たった一回だけど勝った事があるそうよ。だから、だぁいじょうぶ。ねっ」
ハルカ達を安心させる意図があるのだろう。レイヴンはほんのちょっと硬い笑顔で言った。そして暗に忠告の意図もあるとハルカは感じた。助力のつもりで参戦しても、逆に足を引っ張ってしまう状況だと。
けれど確かに、見ているしか出来ない。ユーリとフレンがどんなに怪我を負っても、いつもだったら飛び出していくエステルすら足がすくんでいるようだった。無理もないとハルカは思う。
ハルカだってアイナが心配だし、飛び出して行って止めたい。ユーリが「目も耳もダメだ」と言った意味も、ふたりはアイナがなぜ襲いかかってくるのか瞬時に理解したようだったのも気になる。しかし、それを知るより先に、この状況の打開が最優先だというのは理解出来た。ハルカ達は見ている事しか出来ないが。
そして、それは瞬きの間だった。
ボロボロになったフレンがアイナを羽交い絞めにし、抵抗されるより先にユーリが一気に距離を詰める。右手を頭の後ろに、左手で武器を持つ手首を抑えて額に口付けた。するともがいていたアイナが突然静止する。
「…………ユーリ?フレン?」
言葉で答えず、ふたりはそれぞれ前と後ろから彼女を抱き締める。それで理解したらしいアイナは、槍から手を放して肩の力を抜いた。次の瞬間、見た事のない術が広範囲に展開する。それが治癒術だというのは、すぐにわかった。さっきまで戦っていたハルカ達の傷が癒えていったのだ。距離があるというのにここまで届く治癒術なんて、ハルカでも高い技術でそう簡単じゃない事だと理解出来た。
「ごめん……ごめんなさい。ユーリ、フレン」
「これくらい大丈夫だって。それより目と耳は?」
「耳は、もう大丈夫。でも目がまだぼやけてよく見えない」
「そっか。ま、無理するんじゃねぇぞ」
「うん……ごめん」
「……ユーリ、少し時間をくれ。アイナと少しふたりで話がしたい」
「早めに済ませろよ」
「わかっている。アイナ、おいで」
目がぼやけているというアイナの手を取り、丁寧にエスコートするフレン。ユーリは複雑そうな表情でハルカ達が隠れる場所に来た。ざっと見て怪我は見当たらないし、ユーリ本人もピンピンしている。どうやら先程の治癒術で完治したらしい。つい先刻まで激戦を繰り広げていた人物には見えない。
「ユーリ!大丈夫です?」
「大丈夫じゃないように見えるか?」
「見えませんけど、でも」
「アイナに治癒術かけて貰ったからな、当然だ」
「そんな事よりユーリ、さっきの何?目も耳もダメって?アイナに何があってあんな事になったの?」
矢継ぎ早に質問するハルカの勢いに押されながら、ユーリは少し言い辛そうに、それでもきちんと答えてくれた。人体実験の影響だ、と。
人体実験をされた経験のあるアイナは、昔その体にエアルを大量に浴びせられたらしい。それが何を目的とした実験なのか定かではないが、エアルを浴び続けた影響で視力、聴力を失った状態で暴れまわったそうだ。フェドロック隊はアイナの身に何かあり、再び暴走した時に止められるよう、様々な事態を想定した訓練を重ねていたという。それは新人だったユーリとフレンも手加減なしに参加させられ、赴任当初から相当揉まれたらしい。
「ま、その時に比べたら楽だったよ」
「あれで楽だったの?ユーリ、正気……?」
「そんくらいの訓練だったんだよ」
それは見てみたかったような、見なくてよかったような。複雑な気持ちになったのは、きっとハルカだけじゃないとは思う。リタは「銀の戦乙女」のファンだと言っていたし、さぞ見たかっただろう。
あれよりも激しい戦闘訓練がどうだったのか想像するのが怖くて、目を背けるようにフレンとアイナの方を見る。すると丁度、アイナが両手で顔を覆って俯いた。震えている。こちらにまで聞こえてくるくらいの泣き声を上げて、フレンはそんな彼女をあやすように抱き締めた。背を優しく叩きながら、ユーリを見詰めながら顎を動かす。ユーリに来い、と言いたいらしい。
どこか緊張した様子でふたりの元へ歩いていくユーリの背中を見詰めていると、ハルカの脳はヘリオードの夜を思い出した。あの日、あの夜ユーリとアイナの間に何かあったのだろうかと不安になって、つい呼び止めてストレートにそう尋ねる。すると彼は情けない声で言った。
「愛しの恋人に泣きながら、愛しているなら聞かないでくれって縋り付かれたら、オレはなんも出来なかったよ」
頭を殴られた気分だった。あの夜、やはり一緒に行けばよかったと酷く後悔した。ユーリには話せなくても同性で親友の自分だったら大丈夫だったかも知れない。それか彼女を想う者ふたりがかりなら、アイナだって胸の内を打ち明けてくれたかも知れない。仮定の話なんて意味がないのは理解していても、ハルカは考えずには立っても居られなかった。後悔が次々と押し寄せてくる。
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ほたるび