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「こちらこそよろしくお願いします!」

ふと、ユーリとアイナが振り返って下町を見上げる。

「しばらく留守にするぜ」
「みんな、行ってきます!」

その言葉に返事は返ってこない。しかし、ハルカには下町を包む雰囲気が優しくふたりを見送っているように思えた。



襲いかかって来る魔物達と対峙しながら移動する、というのは想像していたよりも時間のかかるものだった。帝都からだいぶ離れたものの、未だその姿は後方に霞んで見て取れる。陽も傾いてきたが、まだ沈むには早く明るい。
しかしユーリとアイナは夜になるとより凶暴化する魔物が多いから、と野宿の準備を始めようとした時であった。馬車を連れる一組の男女、リッチとカレンに出会う。旅籠「冒険王」と称し、旅をしながら宿を提供しているという彼らの世話になって今日は休む事になった。

「……アイナ、元気みたいで安心したよ」

夕食を終えて焚き火を囲みながら、ハルカは思い切ってそう声をかける。なんの前置きもなく切り出された話題に目を丸くして瞬きを数回繰り返すと、彼女は嬉しそうに笑った。

「ハルカも元気みたいでよかった。また会えて、すごく嬉しいよ」

変っていない。雰囲気も、話し方も、以前よりも大人っぽい目鼻立ちだけど笑った顔も変っていない。今、目の前にアイナが居る事を実感してハルカは安堵したと同時に、嬉しさが一気に込み上げて気分も上昇していった。

「ねぇ、アイナはこっちでどうしてた?」
「え?」
「あたしは、アイナのお兄さんと一緒にずっとアイナの事、探してたんだけどさ。アイナは何してたのかなって」
「え、えっと、私は……」

目を彷徨わせた末にユーリをチラリと見るアイナ。その視線に気付いたユーリが代わりに口を開いた。

「別に、下町で生活してただけだろ。特別なんかしてた事なんてねぇよな」
「……うん。下町に住んでると、毎日その日を生きるのに精一杯だからね」
「そっか……そんなに大変なんだ」

きっと自分が想像しているよりも厳しい生活なんだろう、とハルカは思うと自然と目線が下がって目の前で燃える明かりを見詰める。少しの沈黙が流れ始めたかと思うと、突然ユーリが立ち上がった。

「悪い、ちっとふたりで話してくるわ」
「何を?」

唐突過ぎて思わず目を丸くして問うハルカに向かって、彼は少し意地悪な笑みを浮かべる。

「野暮な事聞くなよ」

優しい声色で呼ばれたアイナが立ち上がると、ユーリは慣れた様子で彼女の腰に腕を回す。寄り添って歩きながらその場を離れるふたりの背中を見送っていると、それまで口を閉ざしていたエステルが呟いた。

「……やっぱり、フレンの言った通りです」
「何が?」
「ユーリとアイナは結婚していないけれど夫婦みたいだって、フレンが言っていたんです」

エステルはまるで自分の事のように嬉しそうな顔をする。アイナを取られた気がして複雑な気分だったが、ハルカは彼女が幸せそうだからいいのだと無理矢理に完結させた。

「あぁいうのを未婚夫婦っていうんだろうね」

ハルカが笑う。
そうですね、とエステルも笑った。



「ダメだ」

低い声でユーリが唸る。彼は目の前で眉を下げるアイナの細い腕を掴んだまま、叱るようにその瞳を見ていた。彼女は逃げるように、けれど悲しげに目を伏せる。

アイナは理解していた。ユーリがダメだと言う理由も、そうする事で自身に起こるだろうリスクも。
そうだとしても。

「……私、ハルカをあんな目に遭わせたくない」

そうなると決まった訳ではない。しかし、知る事で当人が警戒する事も可能なのだ。そうすれば危険は少しでも減るかもしれない。
ユーリもアイナの想いは痛い程わかっていた。だからこそ辛い。けれどアイナを守り通すには黙っているしかないのだと考えていた。

「……ごめん」

聞き逃してしまいそうなくらい、小さな声を唇から紡ぐとユーリは彼女を引き寄せる。

「ごめんな……」

もう一度呟くと背中に慣れた腕が回されて、アイナを抱く腕を強くした。その逞しい胸に額を押し付けて、僅かに首を振る。

「いいの……ありがとう、ユーリ」

月明かりが嫌に明るい。
胸元がじんわり濡れ始めたのに、ユーリは気付かないふりをした。



to be continued...

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ほたるび