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手に汗を握りながら見守っていると、言葉も合図もなくアイナは門を目の前にうずくまる青年に、ユーリは少女に駆け寄った。彼は足に怪我を負っており、アイナは治癒術を詠唱して治す。彼女は先に青年と共に門を潜った。少し遅れて少女を小脇に抱えたユーリが戻る。ゆっくりと地に下ろしてやると、少女は目にいっぱいの涙を溜めてユーリを見上げた。

「お人形、ママのお人形〜!」

それを聞いたユーリはすぐに踵を返し、再度迫り来る魔物の方へ向かっていく。先程少女がうずくまっていた場所まで戻ると、可愛らしいピンク色のぬいぐるみがポツンと寂しく落ちていた。

「ったく、めちゃくちゃ目立ってんじゃねぇか!」
「ユーリ!」

アイナが叫ぶようにユーリを呼び、門が再び閉まり始める。走る彼のすぐ後ろに魔物が居て、残り数センチという隙間をギリギリ滑り込んで門の内側に帰った。ほんの数秒遅れて閉まった扉にドスンと重い音がして、魔物が衝突したのを知らせる。

そのまま座り込んで荒い息繰り返すユーリに先程の青年と、少女とその母親と思わしき女性が頭を下げてきた。

「なんとお礼を言えばいいか」
「怪我まで治してもらって、本当に助かりました」
「困った時はお互い様ですから」

アイナが微笑む。もう一度頭を下げた彼らは、それぞれの旅路へ戻っていった。

「みんなが無事で本当によかった……」

呟いたエステルがその場に座り込む。ハルカも思わずペタンと腰を落とした。どうやら安心して力が抜けてしまったらしい。

「安心した途端それかよ」
「だってさ、ユーリもアイナも無茶するんだもん。見てるこっちがヒヤヒヤしたよ」

間一髪すぎて、酷く肝を冷やされた。ごめんごめん、と困ったような笑みを浮かべてアイナもその場に座る。そこへラピードが自身の役目を終えて戻ってくると、彼はユーリとアイナの間に腰を落ち着けてゆらゆらと穏やかに尻尾を振った。

「だから、なぜに通さんのだ!魔物など俺様がこの拳で、ノックアウトしてやるものを!」

不意に怒鳴り声がして、ユーリ達の視線は自然と動く。そこには顔や腕に幾つもの傷跡のある筋肉質な男と、フードを被っていて目元がよく見えない若干細身の男が騎士と対峙していた。こちらに背を向けているため顔はわからないが、彼らの後ろには武器を背負う少女もひとり居る。

「簡単に倒せる魔物じゃない!何度言えばわかるんだ!」
「貴様は我々の実力を侮るというのだな?」

細身の男がそう言うと、傷跡のある男が無言で背中から愛用しているであろう大剣を抜いて振り下ろした。また細身の男が吠える。

「邪魔するな!先の仕事で騎士に出し抜かれたうっぷんをここで晴らす!」
「お、おい!」
「これだからギルドの連中は!」

別の場所に居た騎士達も剣を抜いて応援に駆け付ける。なんだか本格的に荒れそうだ。

「あの様子じゃ、門を抜けんのは無理だな」
「騎士に捕まるのも面倒臭いよね」

ユーリとハルカがそう言うのを耳にしながら、アイナは不安げに俯いているエステルを見た。
身が危険だと伝えるためにフレンを追っているエステル。彼女はこの先に彼が居るはずなのに、目の前にして進む事が出来なくて気が焦っていた。

「大丈夫だよ、エステル」

声色と同じく優しい手付きで髪を撫でられて顔を上げると、わざわざ目の前に来たアイナの微笑がある。訳がわからなくてエステルが瞳を見詰めていると、彼女は口を開いた。

「そう簡単にやられたりするような人じゃないもん。フレンならむしろ、ユーリやエステルの事聞いたら面白いくらい心配するよ」
「そうでしょうか……」
「そうだよ」

アイナは笑う。未だ撫でられる頭が心地良くて、先程よりも幾分か気が軽くなっていた。

「ありがとうございます、アイナ」

話がひと段落ついて、沈黙が流れそうになる。すると「よし」と零して立ち上がったユーリが、ハルカ達を見下ろして言った。

「別の道でも探すとするか」



門から少し距離をおくと突然、ユーリは声をかけられる。濃いピンク色の髪で赤いフレームの眼鏡をかけている女性だった。上着の胸元が大胆に開いていて彼女の色香を存分に引き立てている。

「私の下で働かない?報酬は弾むわよ」

ニッコリ笑って金の入った袋を顔の高さまで上げて強調する。面倒臭そうにユーリが無言で視線を逸らすと、一緒に居る男が眉間に皺を寄せた。

「社長(ボス)に対して失礼だぞ。返事はどうした」
「名乗りもせずに金で釣るのは失礼って言わないんだな。いや、勉強になったわ」

ユーリが棒読みで返すと、腹を立てて男が前へ出た。それを手で制すと少し楽しそうな笑みを浮かべて彼女は言う。

「予想通り面白い子ね。私はギルド『幸福の市場(ギルド・ド・マルシェ)』のカウフマンよ。商売から流通までを仕切らせて貰ってるわ」
「ふ〜ん、ギルドね……」

興味なさ気に返すと突然、数回にわたって足元が揺れた。するとカウフマンと名乗った女性が閉ざされてしまった砦の門へ視線を投げる。

「私、今困ってるのよ。この地響きの元凶のせいで」
「これって、魔物の仕業なんですか?」

尋ねたハルカの方に目を戻したカウフマンが静かに頷いた。

「えぇ、平原の主のね」
「平原の主?」

ハルカが耳慣れない言葉を聞き返すと、彼女は魔物の大群の親玉だと言う。

「あの群れの親玉って……世の中すげぇのがいるな」

確か、先程襲ってきた大群の中にひと際大きな魔物の姿があった。遠巻きに見ても巨大な、猪に似た姿……あれが平原の主だろうか。しかしハルカは、今は魔物の事を考えても仕方がないと頭の奥にそれを押しやる。すると、不意に彼女の隣に居たエステルがひとつ前へ出た。

「どこか別の道から、平原を越えられませんか?先を急いでるんです」
「さぁ?平原の主が去るのを、待つしかないんじゃない?」
「焦っても仕方ねぇって訳だ」
「待つしかないみたいだね……」

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ほたるび