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翌朝。早めに冒険王を発ったユーリ達が魔物達に襲われる事なく無事デイドン砦へ到着したのは、午前のうちだった。これから帝都に向かうのであろう旅人達が砦の門を潜っている。このデイドン砦の管理や周辺警護担当の騎士達が当然に歩き回っていた。その姿を見たエステルが不安そうに呟く。

「ユーリを追ってきた騎士でしょうか?」
「どうかな。ま、あんま目立たないようにな」

ユーリが脱獄したという知らせが、もう回っているかもしれない。とは言ってもコソコソすれば余計に怪しまれてしまう。だからこそ変に意識せずアイナをユーリとラピードが挟み、その少し後ろをハルカとエステルが並んで歩いた。帝都を出発してから変らない、自然な雰囲気で門の方へ向かおうとする。

が、エステルが突然に隣から消えてしまった。それは本当に一瞬の出来事で焦ったハルカが大袈裟に辺りを見回す。彼女の姿は若干後方にある馬車の所にあった。何やら熱心に本を読んでいる。

「ねぇ、ちょっと待って。エステルが」

そう声をかけると前方を歩いていたふたりと一匹が立ち止まってくれた。ハルカの隣に居るはずのエステルの姿はそこになくて目を丸くしたユーリとアイナだったが、もう少し後ろに彼女の桃色の髪が見えて肩を落とす。

「ほんとに、わかってるのかね」
「いいじゃん、少しくらい」

アイナが苦い笑いを浮べて言うと、ユーリはため息を零した。引き返して馬車に寄っていく。すると、困ったようにも苛々しているようにも見える商人の男がユーリ達に気付いて表情を変えた。

「はい、いらっしゃい。今日はいい品入ってるよ。かの剣匠アッサムが打った、武能(スキル)の宿った名剣だ。旅をするなら武能は重要だよ。ぜひお試しあれ」

商売用だが違和感のない笑みを浮かべている。流石は商売人、切り替えが早い。だがハルカはそれよりも、また耳慣れない言葉が出てきて密かに息を漏らした。覚える事が多すぎて丸投げしたくなる。

「武能って?」

そんなハルカの心情を見透かしてか、それとも純粋にわからないのか彼女にはわからなかったが、それを尋ねたのはユーリだった。本に熱中していたエステルが不意に説明を始める。

「武能とは、武器に宿った戦闘技術の事。戦闘技術は本来、誰かに師事し教わるものだが、剣匠アッサムは特殊な方法を用いその技術を武器に封じ込めた。武醒魔導器(ボーディブラスティア)には、力を封じ込めた武器より技術を習得する機能がある。武器を使い続ける事でその武器に宿った武能を装備者に還元する事が出来る、んです」
「お嬢さん物知りだなぁ。まぁ、そういうこった」
「昔にクリティア族が人間に伝えたと本にありました」

驚きと感心で目を丸くした商人に少しだけ笑みを見せると、エステルは視線を本に戻した。どうやら余程、本が好きらしい。

「自分に合った戦いをするために武能を考えながら武器を選ぶってのが賢いってものさ。武能のない単純に攻撃力の高い武器もある。闘い方は好みだけどね」

そう言って彼はエステルの話を引き継いで説明を始める。掻い摘んだ要点だけであったが、知識のないハルカにはとてもありがたい時間だった。ひと通り聞き理解した所で、ユーリが次の話題を持ってくる。

「おっさん、こんな場所で商売やって繁盛してんの?」
「いやぁ、俺も好きでここにいる訳じゃないんだ。砦の向こうに魔物が出ちまって足止め食ってるのよ」

商人は門の方に視線を向けて肩を落とした。エステル以外の目が彼にならって門を見る。言われてみれば不自然な光景だった。帝都側へ向かう旅人達ばかりが砦を越えており、一方通行の状態だ。

「じゃぁ、ここ通れないんだ。どうしようか」

ハルカがアイナを見ると彼女はユーリを見て、ユーリはエステルに目を向けた。

「だ、そうだぞ?」

しかし、当のエステルは本に夢中で全く話を聞いていないらしい。

「聞いてない、と」

三人で顔を見合わせて、苦笑いする。エステルは本を読み始めると周りが見えなくなってしまうようだ。それだけ本に集中出来ているという事だが、自分達の状況を考えると欠点に思える。

「……え?何か言いました?」
「情報集めてくるから、エステルは本読んで待ってていいよ。ハルカも一緒にここで待っててね」

随分と間をおいて反応したエステルにアイナが返した言葉が予想外で、ハルカは目を丸くした。まさか、自分まで待ってるように言われるなんて思ってもみなかった。驚いている間にアイナはユーリとラピードと共に行ってしまう。

「待って待って。一緒に行こう、エステル」
「あ、はい」

読みかけの本を両腕で大切そうに持ったままのエステルが、酷く残念そうに元の場所に戻そうとする。しかし、彼女の様子を見て商人は微笑して言った。

「いいよ、持っていきな。そんな古くてページの抜けた本でよければね」
「あ……ありがとうございます」

深々と頭を下げて礼を終えたエステルと足並みを揃えてユーリ達に走り寄る。追いついたと思えば突然、鐘の音が何度も鳴り響いた。すると辺りの空気が変り、旅人達が走って門を潜る。どこからともなく女の声が響いた。

「早く入りなさい!」

ひとりの騎士が矢を持って来るよう叫び、別の騎士は早く門を閉めろと声を荒げる。ユーリ達の目の前を通り過ぎていった騎士は「やつが来る時期じゃない」と愚痴を投げていた。

「主の体当たりを耐えればやつら魔物は去る!訓練を思い出せ!!」

そして、門の上で弓を構えた騎士達から無数の矢が放たれる。もの凄い速さでこちらへ向かって来る魔物の群れに、雨のように降り注がれた。それでも魔物達の勢いは衰える事を知らない。大人達が慌てて門を潜り抜ける中で、ひとりの少女が恐怖のあまりその場にうずくまってしまった。砦の見張り台からは死角になっていて、少女の姿は騎士から見る事はできない。

「……よし、退避は完了した!扉を閉めろぉ!」
「閉門を待ちなさい!まだ残された人が……」

そう叫んだ女の声が届かなかったかのように、門が閉まり始める。魔物は止まらない。

「帝都を出て早々にとんでもないもんにあったな」
「なんか憑いてたりしてね。ユーリも私も」

そう言ってため息を零したユーリとアイナが、ラピードと共に走り出した。ラピードが門を閉めようとしている騎士に切りかかって吠える。そのまま威嚇していると騎士は怯えて作業を中断した。その隙に通り抜けたふたりの名前を叫びかけたハルカが、咄嗟に自分も行こうと飛び出したエステルの腕を掴んで止める。

「は、放してください……!」
「あたし達が行っても足引っぱるだけだよ。信じて待ってよ?」

エステルと自分自身に諭すように言うと、彼女は俯いて小さく「はい」と返事をしてくれた。安堵の息を漏らしてから解放する。

「(大丈夫だよね……アイナ)」

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ほたるび